2017年3月28日 第607号

目 次
  1. TAROの独り言
  2. TAROくんの独り言拡大版
    ・・・冒険のお話
  3. まーけ塾レポート
    ・・・9. オートバックスのアクセス権ビジネス
  4. Q&A
    ・・・子どものスマホ依存について
  5. しょせん人の言葉  しかし、気になる言葉
    ・・・『オルダス・ハクスリー
  6. 砂漠の中から本を探す
    ・・・『ジョコビッチの生まれ変わる食事』
  7. 構造で映画を見る。時々、いいかげんに映画を見る。
    ・・・『ヒッチコック/トリュフォー』
  8. TAROの迷い言
2. TAROくんの独り言拡大版

■ 冒険のお話

北極点に初到達したのはピアリーとされています。
彼は、エルズミーア島北端のコロンビア岬から犬ゾリで
往復しました。

そして、このルートは定型化されます。
今では、飛行機でエルズミーア島北端に行き、そこから犬ゾリか徒歩で北上するのが北極点到達の“型”になりました。
植村直己もこのルートで北極点に到達しました。

では、こうした冒険を“冒険”と呼んでいいのでしょうか?
もちろん、1月に配信した第599号内の「23周年を控えて思ったこと」でご紹介した本多勝一の定義で言えば、ノーです。
植村直己の行動も、危険なスポーツという部類に入ってしまいます。
本多勝一の『冒険と日本人』の趣旨や、『北極探検ガイドブック』のようなものの存在を考えれば、スポーツどころか、旅行と言った方がいいかもしれません。

現在、私たちの仕事でも、多くのガイドブックが用意されています。
その内容には、おかしなものが多いですが、何の知識も経験もない
人たちには、それなりの効用があるため、重宝されています。

本来、ビジネスには競争の要素が絡みますから、
ガイドブックの存在自体がおかしなものですが、学者の研究対象にもされている現在、そんなことを言ってもはじまらないでしょう。

ただし、経営学の研究には、問題のあるものが多いと私は考えています。それは、『ユール・スルツキー効果』の存在を認めれば、当然のことです。
なお、『ユール・スルツキー効果』をネタにした文章は、
将来書くつもりですから、ここでは“表明”だけに留めておきます。

北極探検に話を戻します。
定型化された『北極冒険コース』の対極にある冒険行為があります。
それは、1893年にフリチョフ・ナンセンが行った有名な北極探検です。
ナンセンは世界初のグリーンランド横断に成功した探検家ですから、名前くらいはご存じの方が多いと思います。

そのナンセンは、シベリアから北極点を経由してグリーンランドに
海流が流れているという仮説を持っていました。
そして、それを証明しようと考えました。

できるかどうかは別として、証明自体は簡単です。
海流に乗って船で漂流するだけです。
ナンセンは、これを実行しました。

8年分の燃料と6年分の食料を積み、12人の乗組員とともにシベリアまで帆走したナンセンは、そこから漂流し、北極海の横断をはじめました。

しかし、2年が過ぎても、考えたほどに船は北極点に近づかなかったため、ナンセンはスキーで北極点を目指すことにしました。
その旅路は難航を極め、北緯86度14分という当時の人類最北記録地点に到達したところで食料がわずかとなり、北極点到達を断念。
陸地を目指すことにしました。

ところが、その帰路は北極海のど真ん中を1,000km近く
横断するために、巨大な氷丘を超え、カヤックで海を渡り、
セイウチやホッキョクグマの肉を食べながらの過酷なものでした。

そして、船から離れて5カ月後、
ナンセンはフランツ・ヨーゼフ諸島に上陸します。
しかし、そこもまだ人間の生活圏ではありません。
また、ナンセンは自分がどこにいるのかもわかりません。
そこで、越冬を決意。
シロクマを撃ち殺して食料を確保し、4カ月に及ぶ暗い冬を
耐え忍びます。

結局、彼が人間界に帰還するのは1896年6月。
彼は、3年間の漂流を終了しました。
その後、彼の漂流したルートに再挑戦する人は誰もいません。
彼の行動は定型化を許さなかったというわけです。

ナンセンには、相当な技術があったと思われます。
しかし、その果敢な計画は、常人にはデタラメなレベルです。
船で漂流後、その船を離れたわけですが、
船は彼を降ろすと再び漂流。
彼は、一度船から離れると、
二度と戻れない状況に身を置いたのです。
それも場所は、島も何もない、ただ氷が浮かぶ北極海です。

私は、ナンセンの『極北ーフラム号北極漂流記』を読んで、
冒険の定義はこの部分だと思っています。

・戻ることを考えない

禅には、「退路遮断」という言葉がありますが、
この言葉や「背水の陣」という言葉とは、ニュアンスの違う
「前に進むこと」です。

そして、人生とは、まさにそういうものであり、
仕事も同様だと思います。

ちなみに、船の名前は「フラム号」といいます。
「フラム号」は、後に、アムンセンの南極探検で使われることになります。
この船は、2度の大きな冒険を演出した孵化装置だったわけです。

私たちの人生にも孵化装置があります。
当初は、母の子宮が孵化装置で、そこを離れた私たちは何の目的も
ないまま漂流を続け、技術を磨きます。

そして、新たな孵化装置と出会い、離れ・・・。
それを何度か繰り返し、今があります。

今も、私たちは冒険中です。
カヤックで海を渡り、氷丘を超え、シロクマを撃ち殺し、
時には暗い冬を耐え忍びます。

ただ、問題があります。

私たちに、冒険の自覚があるかどうかということ。
その自覚の程度が、私たちの運命を決めているように思います。

もし、北極点への旅を冒険と自覚していなければ、
私たちは運命を呪うだけです。シロクマを撃ち殺すことも、
ビバークをすることもないことでしょう。

だから、冒険とは何か?を自らに問うておくことは大事なことだと
思います。

極北ーフラム号北極漂流記』はオススメです。

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