■追い風
私が子どもの頃に住んでいた高田という町は、 海から10kmほど内陸にある。
自転車が趣味だった私は休みになると、 海に向かって自転車を走らせた。
海の反対側は長野県。10kmも走れば急な坂になる。 逃げ道もない。
その点、海に向かうのは楽だ。 日本海が見えてから国道をどちらに曲がっても比較的平坦な道が続く。
・・・と思っていた。
・・・が、実際は違った。
風がすごいのだ。
いわゆる、海風と呼ばれる向かい風が容赦なく行く手を阻む。
車に乗っていたら風があることなんてわからない。
歩いていてもそうだろう。
その向かい風が、自転車をこぐ者には凍みる。
風にはいくらかの法則性がある。
午前中は、陸から海に吹き、午後は逆だ。
だから、風が追い風になるように行動すればいい。
しかし、何の用事もない子どもにもいろいろ事情がある。
だから、そううまくはいかない。
こうして、私はいつも向かい風に耐えていたように記憶する。
でも、おそらく、その記憶は間違いだ。
私に残る記憶は、向かい風だけ。追い風の記憶はない。
仕事をはじめて24年がたとうとしている。
いろいろなことがあった。全般的には楽しい楽しい24年だったが、思い出すのは、やっぱり向かい風のことだ。
よくアレを乗り切ったな・・・という感慨ばかりで、 追い風については思いつかない。
しかし、今、私があるのは、向かい風のおかげではない。
もちろん、向かい風を切り抜けたことは自信になっているが、 それだけではここまで来ることはなかっただろう。
実は、意識することのない追い風があったから、今の私はここにいるのだ。
最近、面白い話を聞いた。
ネットの有名モールでの話。
そのモールに出店したある会社の商材が、 口コミで売上を伸ばしていた。
それに気づいたモール側は、この会社に広告の提案をしたそうだ。
「当社の一線級を投入します」
この話には、モール側の役員クラスが動いたらしい。
ちなみに、広告の結果は散々なものだったらしい。
散々・・・というのは、限りなくゼロに近かったそうで、 モール側は出店者に無駄な金を大量に使わせただけだった。
この話が2017年の話だということに驚くが、モール側は、 インターネット・モールにどういう追い風が働いているのかに 無頓着だったらしい。
私たちは、すでに、彼らが一線級と思っている人たちの仕事を 小バカにしていたわけだが、彼らもこの事件で、自分たちの自負など 関係なかったのだと知ることになったかもしれない。
そういえば、某ビール会社がおかしい。
10年以上前、あの会社はもっと謙虚だったと思う。
80年代の大成功でトップに立った彼らは、 どうしてトップに立ったかをよく理解していた。
マスコミは、当時の新商品の力を奇跡があったように喧伝したが、 そんなことはきっかけでしかない。
まさに、あの時、追い風が吹いたのだ。
そして、彼らはそれをよく承知していた。
だから、私も当時の営業マンからその話をずいぶん聞かされた。
今、あのビール会社は、その成功のきっかけを与えてくれた商品の 呪縛から逃れることができずに、タバコの『セブンスター』のような商品展開をしている。
すでに、関連商品を加えてもピーク時の半分の出荷量しかない・・というのに、やっていることがあまりにもズレている。
追い風と言えば、21世紀に入ってから一番大きな追い風は、 政府が意図的に吹き上げさせた。
そのせいで、私の家にはブラウン管テレビはない。
白黒放送は1977年に終わった。
カラー放送が1960年にはじまったからカラーテレビの普及が はじまっても17年間続いたのだ。
だから、白黒放送が終わった80年代になっても白黒テレビは、 家庭の片隅にあってもおかしくない光景だった。
しかし、「地デジじゃないと見れないよ!」の強引な政府主導の マーケティングは、容赦がなかった。
おかげで、ブラウン管テレビはどこにもない(どこかにあると思うけど、まず見ることはない)。
当時の政府のテコ入れは、 家電を買うとポイントをつけるという技まで繰り出した。
ところが、日本の家電メーカートップ3は大赤字。
売上トップは台湾企業にもらわれていった。
追い風って、なんなのだろう?
もちろん、追い風は悪くない。
追い風が吹くと、進むのは早い。ペダルをこぐ足も軽い。
追い風は、さりげなくサポートするから、 その存在を子供の私は認知するのに少し時間がかかった。
でも、経験を積み重ねることで、サポートする風と阻む風、そして、その癖を覚えていった。
何が実力で、何が実力でないかも知った。
だから、調子に乗って遠くに行かないことを覚えた。
もちろん、無茶をする時はあったが、その場合は状況の変化は計算内だった。
社会に出て仕事をはじめて24年。
たくさんの人に出会った。
そして、たくさんの人が消えていった。
追い風は吹いたのに、もったいない話だと思う。
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