2019年2月12日 第708号

目 次
  1. TAROの独り言
  2. コブラツイストは、ツボに効く
    ・・・準備
  3. まーけ塾レポート
    ・・・3. 相場の割高感 
  4. Q&A
    ・・・会社を経営してきて、「一番の失敗」は?
  5. しょせん人の言葉  しかし、気になる言葉
    ・・・『トーマス・エジソン』 
  6. 砂漠の中から本を探す
    ・・・『ノーベル賞経済学者の大罪』
  7. 構造で映画を見る。時々、いいかげんに映画を見る。
    ・・・『台北暮色』
  8. TAROの迷い言
2. コブラツイストは、ツボに効く

■準備

現場に出て、部下の仕事のチェックをするようになってから、
結構な時間が経過した。
そういうわけで、今では驚くことなどめったにないけれど、当初は、彼らの仕事のやり方に驚かされることが多かった。

その中でも、最も印象が強いのが、“想定”のことである。
私は、どんな仕事でも何かを“想定”する。

・相手は、どんな人か?
・相手は、なぜこう言ってきたか?
・これをやったら何が起こる?
・これをやらなかったら何が起こるか?
・そもそもの出発点はどこだったか?

挙げればきりがないが、いつも何かを考えている。

部下の仕事は、それが希薄だ。
私の目には、何も考えていないように見える。

例えば、Aさんにメールを出す。
そのためには、Aさんがどういう人かを想定しなければならない。
ところが、それがない。
そのために、
想定すれば思いつくであろう大事なことが抜けてしまう。

ある日、私が送信前のメールをチェックしていると、
まさにそういうメールがあった。
私は、それを見て言った。
「おい、Aさんはどんな人だとお前は思う?」

反応は、こんな感じ。
「んーーーー、○○な人ですかね~?」

その反応に、私は「バカヤロー!」の一言。そして、続ける。



(以下 要約)
Aさんを思い浮かべてみろ。
彼は、いつもどこかに不安があるんだよ。
彼の話すことの端々には、それがある。
具体的には、○○とか△△とか・・・・・・・。

だから、小さい小さい肝っ玉の不安おじさんにメールを出すと考える(言い過ぎですが、伝えるために、こんな表現を実際にしています)。
どういうメールになる?

あのな、メールの方向は、今のことではない。
未来のことが中心になる。
不安が心に強くある人は、足元を見ない。
「見ろ!」と言っても見ない。
だから、「○○は、こうなりました」という話だけでは、
不安が解消しない。

そこで、「次の△△を考えています。そして、これによって○○になる予定です」というようなことを強く伝えなくてはいけない。

「そんなのわかっている」は禁句。
わかっているとかわかっていないはどうでもいい。
目の前の相手の心がどこにあるか。それが最も重要だ。

そうじゃないと、不安の大きな人は、ちょっと何かが欠けていても
クレームになる可能性があるから、しつこいくらいでいい。

逆に、Bさん。
文章が長い。
この人は・・・・・・・・・・・・・



いつでも、どんな時でも、一番必要なのは想定だ。
そして、時には、じっくりとシミュレーションをする必要も
あるだろう。

こういうことを、日本語では「準備」という。
この「準備」に、できるだけのエネルギーを注ぎ込む。
そうすれば、後はロボットがやってくれる。

ロボットとは、AIのことではない。
私の中にいるルーティンワーカーだ。
例えば、私の場合ならば、
このメールマガジンの原稿も70%くらいはルーティンワーカーが
書いている、私はその仕事をチェックしながら、話の行先を調整しているだけだ。
時には、ルーティンワーカーが勢いで書いていった方向に、
私自身が「なるほどー、この方向があったかー!」と叫ぶようなことも起こる。

仕事の経験量にもよる。
そして、ルーティンワーカーの性能はさまざまだ。
しかし、このルーティンワーカーの存在を認識しつつ、
自らのエネルギーは「準備」に傾ける。

例えば、Aさんメールの話では、部下は、Aさんの性格を推測し、
具体的に過去の事実でそれを確認。
そして、メールの大まかな内容を決める。
ここまでが、部下自らの仕事。

そして、実際のメールは、部下の中のルーティンワーカーが書く。
その後の文章の確認は、再び部下の仕事。

送信前に「このメールを送ったら何が起こるか?」を
シミュレーションし、問題がなければ送信・・・となる。

文字にすると面倒な作業だが、
実際にやるのはそれほど難しくはない。
要は、どこが仕事の重要箇所かの認識だけの問題だ。

くどいようだが、ルーティンワーカーの性能はさまざまだ。
57歳の私に関して言えば、
仕事の多くはルーティンワーカーの領域だ。
最初からそうだったわけではないが、1日8時間くらいの
セミナーコンテンツは、ルーティンワーカーが作り上げる。
もちろん、ルーティンワーカーが稼働していても、
時間が短縮されるわけではないから、大量の時間はかかる。
しかし、私自身は、
資料作成にそれほどのエネルギーを投じてはいない。
その前の準備には、膨大なエネルギーを要するが、方向が決まれば、時間だけの問題だ。
そして、ルーティンワーカーがコンテンツを作り終わると、再び、
私の出動。
そして、できあがったコンテンツから次の場面を“想定”する。

ちなみに、毎朝やっているギターの練習には、
ルーティンワーカーが入るスキはない。
練習をしていると、慣れから漫然となってきて、
ルーティンワーカーが稼働しそうになることが多いが、そういう時は一度練習を止める。
そして、心の奥で休もうとしている自分自身を呼び起こし再開・・。

部下と仕事をしていて思うのは、
この私自身とルーティンワーカーの役割の逆転である。
大事なことをルーティンワーカーにやらせて、
作業を自分がやってしまうのだ。

もちろん、能力の低いルーティンワーカーの者もいるだろう。
その場合は、全てについて自分自身が働くだけだ。
それが準備を怠ったり、練習を漫然とやることにはならない。

そして、経験が少なくても、このことを意識していれば、必ず、
心の中のルーティンワーカーは育つ。
それは約束しよう。

・・・・・と部下にはまだ言ったことがなかったことに気付いた。
こういうところは、偉そうなことを書きつつも、私も
ルーティンワーカーに大事な仕事を任せてしまっている証拠である。
完璧に、自分を乗りこなすというのは難しい。
このことも部下に伝えておこう。

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