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近所のコーヒーショップ

都内でサードウェーブ系のコーヒーショップを開くのが流行ってずいぶん経つ。
私が住むマンションの近くにも、一昨年開店した。

開店してすぐに思った。
「こりゃ、数ヶ月しか持たないな・・」
そう思った理由はともかく、私のこの手の予想はあまり外れることはない。

数ヶ月するとお店は迷走をはじめた。
コーヒーショップだけでは成立しないらしく、夜はお酒を出したり、小さなイタリアンに変身したり・・・・・。

そこに、新型コロナが襲う。
お店はほとんど閉店。
東京都からの「感染拡大防止協力金」でずいぶん潤ったことと思う。

そして、最近、お店は閉店した。
不動産を借りて行った初手が大失敗だったわけだが、新型コロナに救われたの図。
撤退の言い訳も用意されているし、万々歳だったことだろう。

・・・という例もある。
協力金の難しさだ。

でも、どんな政策をとっても誤差はでる。
人生には、ある種のツキというものはある。

それを個別にとやかく言っても仕方がない。
ツキにはツキの意味があるかもしれないし、そのツキが当事者の将来を奪うかもしれない。

最低限言えること。
どんなに便利な世の中になっても、基礎訓練ができていない者は市場から淘汰される。

最近、登山道具が発達しすぎて、実力のない者が簡単に冬山に現れるらしい。
そして、最近の槍ヶ岳の滑落事故もそういうことの悲劇の一つだそうだ。
山は、道具ではどうにもならないことを突きつけてくる。

もちろん、商売も同様だ。

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帰ってきたウルトラマン

日本の人口が1億人を超えたのは1967年。
この年、ウルトラマンはゼットンに破れ、ゾフィーに連れられ、M78星雲に帰っていった。

4年後、ウルトラマンは帰ってきた。
ウルトラマンのことなんて完全に忘れていた子どもは歓喜した。
『ウルトラセブン』は別として、『キャプテンウルトラ』や『怪奇大作戦』では心が埋まりきらなかった子どもたちは、忘れていたものを思い出した。

ウルトラマンの喪失。それを実際に体験。
それから4年後という絶妙なタイミングで、今度はウルトラマンの帰還。
限られた世代の貴重な体験。
それを私もした・・・・・。

時代はオイルショック前。
子どもにはわからんが、日本は高度成長期の後半にあった。
ボウリングが大ブームになって、中山律子は子どもの目にも美しかった。
ペプシコーラのキャンペーン(王冠[フタ]の裏のアジア国旗)に踊った。
人口が1億人を超えた勢いみたいなものは、地方の子どもにも感じる何かがあった・・。

・・・・・・・

再び、人口は1億人に向かう。

1967年。
十分幸せだったと思う。
『おそ松くん』は終わってたけど、
『ひみつのアッコちゃん』がはじまっていたからね。
『マッハGoGoGo』も『パーマン』もはじまった。『黄金バット』だって・・。

今度は下り坂。
老人の方が多い。
同じ景色ではない。

『東京12チャンネル』は設立前だった。
これから、テレビ局の数はどうなるやら。
地方は間違いなく減るのだろう(新潟県にNSTという2つ目の民放局ができたのも1967年、現在は4局あります)。

日本語を話す人が増えた世界を経て、減る世界へ。
インターネットでさえ、日本語の市場は小さくなっていく。

それでも、1億人はいる。
お隣の韓国とは違う。

ヒントは、1967年。
このことをずーっと言ってきた。
コロナ禍で確信はさらに強くなった。

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うしろだに

約35年ぶり。
ひょんなことから、後谷(うしろだに)の廃村へ行ってきた。

このあたりで20代の頃によく騒いだ。
当時も村はすでにない。
訪れるのはダムの管理者くらいだった。

・・が、新興宗教の人たちが入村し、自給自足の生活をはじめた。
オウムの事件の前。だから、別に不気味な感じはなかった。
しかし、「この人たち、いつまで持つのかな~」と思っていた。

今回行ってみると、彼らの生活の場は廃墟と化していた。
まー、予想通り。
廃屋の様子では、山を降りたのは、ここ15年くらいか?
意外に、頑張ってたんだなーと思った。

この山では、イワナを手づかみで取ったりしたものだ。
小さな沢を登ると、そこらじゅうがポイント。
もちろん、山菜の宝庫でもある。
しかし、昔からそうだが、山菜採りの姿さえ、ここまで来るとない。

それでも、奥にダムがあるから、狭いながらも道はある。
その道をたどりながら思う。
「いつまで、この道の整備は続けることができるのだろう?」

山の奥の、また奥。
手前の道路の整備さえ、これからは危うくなるはずだ。
いつまで人の手が及ぶのだろうか?

でも、日本の人口が1億人を超える頃は、この廃村にはそれなりの数の人々が住んでいた。
もちろん、道は整備された今のものではない。もっと細い里道。登山道をイメージしたほうがいいだろう。

整備された道もいつかはなくなる。
今のように、車で訪れることもできなくなる。
ダムの管理はどうなるのだろうか?

今度は、イワナを捕りにこよう。
夏を過ぎた頃が、食べ頃である。

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納得はない

昨年、初めて外車を買った(ということは前にも書いた)。
「外車なんて、こんなものか・・」と嘯いていたけれど、まー悪くはない。

その外車。買った途端に、鳥の糞攻撃。
こんな集中攻撃ははじめて。
さすがに、洗車に行った(私は人生で初めて洗車をしました)。

なぜ、外車にしたら、こういうことになるのか?
誰かのイタズラ?・・なわけもなく。

でも、そのうち車はいつものように汚くなっていくし、鳥の糞攻撃も止んだので、そんなことは忘れていた。

あれから1年。
再び、糞攻撃。
鳥は、春になると車の上でもよおすのか?
だいたい、国産車ではこんなことはなかった。やっぱり、外車がわかるのか・・?

・・・・・・

おそらく鳥の糞攻撃は今までもあったはず。
しかし、それほど気にならなかったのだ。
理屈ではそうなる。それしかない。

んーー、納得できない。
フロントガラスが、あんなに狙われた体験など過去にない。

でも、そんなことないのだ。
きっと、今までもあったのだ。
理屈ではそうなる。それしかない。

んーー、納得できない。
・・・・・・
・・・・・・

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軽薄短小な依頼はやめて・・

内田樹さんが財務省の広報誌に原稿を書いたところ、没になったというエピソードを読んだ。

内田さんは言う。
「これが没にになるということから推論される事態のうちでいちばん蓋然性が高いのは、私に寄稿を頼んできた人物は私の書いたものを実は読んでいないということである」

これ、私も3回体験がある。
大手銀行から依頼され、送稿した原稿。
それを直してくれ・・という。
確か、連載がはじまって3回目の出来事だった。

私は言った。
「じゃー、連載やめます。今までの原稿料もいりません」
相手はちょっと困った様子だったが、さっさと電話を切った。

まー、こんなことはどうでもいい。
相手には相手の事情がある。
それが、こっちの主張とぶつかっちゃったんだから仕方がない。
引き受けたこっちにも非はあると思った。

「ちょっと待ってよ・・」
と呆れたのは、某社からのセミナーの依頼。
確か、セミナー2日前に案内を見てびっくりしてしまったのだ。
「え、このセミナー、オレが話すの?」

明らかに、相手は私のことを知らない。
そこでお断りの電話。
相手は、2日前に非常識だ・・と言う。
そして、訴えるとも。

あー、そうかい。好きにしてくれ。
こっちも代理人立てるから、あとは思う存分やってくれ。オレはどんな結果も受け入れる・・と思った。

鼻息が荒かった割に、その後何の音沙汰もなく。ずーーと忘れていた。けど、内田さんのエピソードを読んで思い出した。

後もう一回は・・。
もうやめた・・。
書くだけアホらしい。

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