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リュックで通勤

1984年春。
私たちは、リュックで通勤をはじめた。

非常識なのはわかっていた。
でもね・・・・・・。

幸い、誰にも怒られず、こっちも鈍感なので、私たちはそれを通した。
今考えると、ヒンシュクは買っていたことと思う。

1984年冬。
私たちは早々に、ビジネスコートを放棄した。
冬の新潟では寒いのだ。
そして、私は、浜さんのアウトドアの店でピーターストームのウォータープルーフを買った。
下に薄いダウンベストを着て、ピーターストームを羽織る。
今見ても素晴らしいデザインだ。

非常識なのはわかっていた。
でもね・・・・・・。

幸い、誰にも怒られず、こっちも鈍感なので、私たちはそれを通した。
この時には、「またか・・」と思われていたことと思う。

同じ冬。
ビジネス用の靴は違うだろ!と思った。
もちろん、長靴はあり得ない。

そこで。再び、浜さんのところへ行った。
そして、ヴィヴラムソールのシューズを発見。
ワラビーに似ているので、これはイケる・・と思った。

もう非常識もクソもない。
長靴は履きたくないからね。

おそらく・・・・・・・。
日本中で、私たちみたいに静かに通勤の景色を変えた者たちがいたと思う。
今では、リュックで通勤なんて、普通すぎて誰も何も思わない。
でもね、この程度の習慣だって、ちょっと不便に敏感な者が、恐る恐る変えていったものだ。

ただし、当時は、そういうことだったので、リュックで通勤ってそれなりにオシャレだったと思う。
ピーターストームなんて、結構、振り切っていたし、あのワラビーみたいな靴もかなりイケてた。
そして思う。
最近は、小さな面白さが減った。
なんでも、普通の消費になってしまう。
もう一回、ココらへんは考え直さないといけないなーと最近強く思っている。

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小山田圭吾辞任という7月20日の記事に『追記』しつつ、さらに書き増し

(まずは次のように追記しました)

追記

その後、小山田圭吾のインタビュー記事の内容を知った。
これは子どものやることとはいえ、残酷過ぎる。

しかし、子どもが残酷だというのは変わらない。
それを教育するのが大人の役目で、
さらに、本人が大人になったら、いくら芸風としてもこんな風に話すことではない。
そして、小林賢太郎同様に検閲が機能しない悲しさよ。この雑誌の検閲機能は壊れている。

(そして、さらに書き増しです)

ウディ・アレンも追放された。
捜査を受けて無罪になった後、虐待疑惑を蒸し返されての結果。
アメリカでも「キャンセル・カルチャー」の嵐は吹き荒れている。

細田守は『竜とそばかすの姫』で、
「現実世界はやり直しがきかないが、<U(ユー)(インターネット上の仮想世界)の世界はやり直しがきく」と言った。

このくだりはものすごく違和感を感じた。
でも、「現実世界はやり直しがきかない」時代になったことは認めねばならないようだ。

今回のような犯罪行為に近いものは別として、何もかもやり直しがきかないとすれば、世の中のダイナミクスは失われていくのだろう。
清潔さを強調する世の中って、あのSFが描いている世界そのものだからね。

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『フジロック』断念

手元にあるリストバンド。
無念だが、事務局に送って返金処理をすることとする・・。

現在の「巡礼」が、歴史上の出来事と同じになるかはわからない。
だいたい、人がどれほど集まるかも謎(ただし、主催者が掟破りに集客する過去の行いはよーく知っているので公式アナウンスは真に受けない)。

だいぶ悩んだ。
そこにデルタ株が来た。
最初はよくわからなかった。
しかし、「かなり怖いよー」という資料が散見される。
少しビビりつつ、それでも気分はコロナ慣れ。

ところが、R0(基本再生産数)がわかってびっくり!!
「これは、・・・・・・」
最強ですよ、デルタ株・・。

世間様は、コロナ慣れで新規感染者数の桁違いの数字にもなんとも思わない雰囲気。
そんな状況下に、必殺秘密兵器が導入されている・・というのが事実なのかも?

思えば、昨春から秋にかけて、世間の騒然とした空気の中で、私は余裕をかましていた。
「コロナは怖くない・・」と言っているオオカミ少年みたいな人たちと同意見・・ということでもないけれど、感染がべき分布であるという事実が、私にかなりの安心感を与えてくれていた(もちろん、R0の低さも・・)。

いろいろ悩んだけど、ワクチン2回目が終わった。
今のところは打って良かったと思っている。
デルタ株にはこれしかないとも思う。

でも、この開放感のなさはナニ?
もっと開放感にあふれると思っていたのに・・。
そして、『フジロック』も諦めてる状況。

ほぼ1年半、あまりコロナを怖がらずに、それなりに正しく恐れてきたのだけれど、 次の1年半はどんな感じなものか?

ラムダ株の話も、嘘だろ!(おそらく、嘘)と言いたくなるくらい、ヤバい感じでもあるしね・・。

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パクリ?

昔、当社の『年末のご挨拶』を、そのままコピペして送信している人がいるという報告をいただいた。
私は、どんなコピペなのかを知らない。
発信者が誰なのかも聞かなかった。

ただ、つまらん世の中だと思った。
もう、15年以上前のことである。

それからも、ツマラナイことは時々起きた。
どれもこれも忘れてしまったが、イヤーな気分だけは残っている。

(独り言:ここまでの文章は自分の文章のコピペです。なお、原本の登場は1年後です。笑)

しかし、最近はそういうこともない。
本も書かないし、別に目立ったこともしていないし、そもそも私にそれほどの価値があるわけでもないので、普通のことだと思う。

・・・と思っていたら、最近、余計なことを教えてくれる人がいた。
そして、該当の本を見た。
頭のいい人らしい。これはパクリとは言わないな。
でも、どうなのか?
「オカモトさん、あなたがセミナーで話していたアイデアを使わせてもらいますね・・」って言えばいいだけの話ではないのか?たったそれだけのことである。
いわゆる仁義というものだ。

しかし、ここで安田登さんの言葉を思い出す。
「自分が何かをする力ではなく、相手に何かをされる力」

まーそういうこと。
悲しいけれど、私という人物がつまらないってことなのだと思う。

ただし、私は「自分が何かをする」ということについては、仁義は通してきたつもりだけどね。

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みかん

慶応大学近くでタクシーをひろう。
「恵比寿まで」
運転手は言った。
「恵比寿までの行き方がわからないんですよー」

このシチュエーションは、普段は即タクシーを降りる。
でも、この日は、やっと出会えたタクシー。
私は不機嫌そうに言った。
「じゃー、道案内するから行って。まず、その交差点左ね・・・」

車が左折してから私は言った。
「運転手さん、普段、どこ走ってるの?」
「足立区の方なんですよー」

朝、お客を乗せて足立区の方から港区に。
そして、帰ろうとしてるんだけど、次々とお客さんにひろわれて帰れない。
今度こそ帰るぞ・・と思ったら、また私にひろわれてしまったそうだ。
「今日中に帰れるといいねー」
私は言った。

突然、運転手が、みかんを差し出す。
「道案内代です。どーぞ」
「あ、ありがとー」
それから、運転手のワクチン接種の顛末なんかを聞かされながら目的地に着いた。

タクシーを降りて、懐かしさを感じた。
学生時代、夜のバイトが終わるとタクシーチケットをもらって家に帰っていた。
当時のタクシーはガラが悪いというのが一般的印象。
比較的マシと思われていた個人タクシーをみんなが選んでいた(今は印象が真反対になった・・)。
若い小僧がタクシーに乗ると、タクシーの運転手は「学生さん?」と話しかけてきた。
一度は、車内に忘れ物をして、自宅に伺ってケーキをごちそうになったこともある。

『ナイト・オン・ザ・プラネット』や『バカヤロー!私、怒ってます』など、タクシーを舞台にした映画は多い。
『ナイト・オン・ザ・プラネット』が描いた“対称性”も、『バカヤロー!私、怒ってます』が描いたことも私の乗った車内でも起きていた。
だから、運転手と会話している間、映画的なものを感じていた。
そして、なにかを拾った・・気がする。
みかんは、そんなことの象徴だった。

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