2011/03/28(月) 08:37
Twitterにあげられる数々の「・・・べきだ」発言。
多くは政府や東電、そして、私たちに発せられたもので、
そのツィートに、「そうだー」という反応も多い。
まー、そう思う人が素直にしている発言なわけで、
批判なんて私にできませんが、
すごーい違和感があるのも事実。
まずは、これは私個人の問題。
私は「・・・べきだ」の人たちが基本的に嫌いで、
どんな良いことを言ってたって、聞く耳を持たないのだーぁ。
でぇ、この告白で、ひとまず勝負は終わるけど、
「まずは」と書いたので続ける。
もう一つは発言している人の問題。
私は、ほとんど、「・・べきだ」という言葉は使わない。
そんなものフィクションだと思っているから。
そして、私の周辺にもいない。
時々、「・・・べきですか?」と質問系で言う人はいるけど・・。
そういう人には、
「そんなことありません」
「そう思うならそうしたら」
「どっちでもいいんじゃない」
というクリシェが用意されていて、
いわゆる、こういう会話は儀式でしかないとみんなで認識がすんでいる。
言いたいことは、
ある程度、普通の人は「・・べきだ」なんて言わないんだよ。と思う。
私の妻なんて、学校の先生が子供相手に「・・べきだ」と言ってても
違和感感じてるもんな(少し極端だ)。
まー、しかし、こういうことを書くのは、
私自身が「・・べきだ」が嫌いという上記最初の理由が原因だろうから、
やっぱり、私の問題だ。
しかし、これは便利だ。
リスク管理になる。
あまり書くと問題発言になるから控えるけれど、
これはリスク管理になる・・。
ありがたいことだ。
・・こんなことを書きながら、
私は、1933年のドイツが浮かぶ。
あの時、ドイツ人が「・・べきだ」と言っていたのは想像がつく。
そして、その一番声が大きかったのが、ナチスなんだろうな。
彼らは、国民の「・・べきだ」を利用した。
大きな大きな超自我が時代を支配した。
私の「・・べきだなんて大嫌い!」も、しょせん超自我。
どっちにしたって、みんな支配されている。
時代は、そういうものも見せてくれることがあるんだなーと一人感心。
歴史って、面白い。
私たちがちゃんと主役になる局面ってあるんだもんな。
無責任体質の部下から、べきべきぺきべき書いてあるレポートがやってきて苦笑し、このエントリのことを思い出してしまいました。。。