月: 2014年6月
【TAROの日記】

2014/06/30(月) 08:38

ten years gone

コアのアコギを買った。
型は、マーチンOMである。

中学1年生の時に買ったモーリスの15,000円の”フォークギター”が00系だったけれど、それ以来のフィンガーピッキング向きのギターである。

20代のほとんどをフィンガーピッキングで過ごし、30代、40代もその余韻で過ごした私としては、とても遅いお買い物であった。
さらに、最近は、あんまりフィンガーピッキング系の曲は弾かない(&お好みではない)ので、とてもズレたお買い物であった。

ついでに、消費税が上がってから・・というのも遅いお買い物だったけれど、そもそもコアのモデルが市場にあまりないのでどうにもならない。

ドレッドノートとエレキばかり弾いている最近の我が身としては、OMは小ぶりでかわいい。
でぇ、このかわいい奴を手にしたら、『ten years gone』が浮かんだ。
おおー、意外すぎる選曲。なぜ、この曲が浮かんだのか・・?

でぇ演ったことのない曲なので、適当に音の記憶で拾ってみる。
うーーん、これがいい。
コアの音ととても相性が良い。
あまり音を前に出さずに、『ten years gone』な感じで弾いていると、段々、身に染みてくる・・・。

あっという間に、10年去っちゃったよなーなんて考えて、サビのジャラーンをアップストロークで入れるとたまらない。
きっと、またすぐに10年去っちゃうんだろうな・・・・。

ツェッペリンの『ten years gone』を初めて聞いたのは、中学3年生の頃だった。
『フィジカルグラフィティ』はクラスメートから売ってもらった。確か、初めて買った2枚組のLPだったと思う。
もう40年近く前のお話である。

そして、もうずっと聞いていなかった曲だけど、それが頭に浮かんだ。
どうも、このOMちゃんは、ラグタイムやブルーズではなくて、ちょっと哀愁の漂うジプシーな感じとか、アイリッシュな感じとか、中近東な感じ・・いわゆるツェッペリン中期のような音がお好みらしい。

道具というのは不思議なもので、主人に使い方を主張する。
これは、山の道具やチャリンコなどでも同様だ。
しかし、それを主にするのは、贅沢な使い方である。

だから、若いときには、できないことだった。
若いときは、一つで全部をこなす。
レーサーで何泊もする長距離ツーリングにリュックを背負って出る。
重い革靴で、四季全部の山をこなす。
マルチではないものを勝手にマルチで使う。

去った10年は、マルチな「私」の気合みたいなものが去ったのかもしれない。
グジャグジャになるけれど、本当はOMでパンクをやったっていいのだ。
その気合がなくて、『ten years gone』なんて言っているのは、アカン・・と思う。

【TAROの日記】

2014/06/27(金) 09:44

久しぶりに、今朝の夢は覚えている。
だいたい忘れてしまうのだけれど、今朝は発見があった。だから覚えているのだろう。

発見した時は、夢の中では衝撃で、世の中の理の一つを見た!と思ったけれど、今になってみると、「まーそうね」という程度ではある。

しかし、「まーそうね」なのだけど、その発見は大きいと思う。
なぜならば、「敵は我のうちにあり」という誰もが知っていることを発見、実感したからだ。

嫌な夢を見て、それを夢の中で分析して、「なんだよ、全部自分が望んでじゃないか・・!」と感じたら衝撃だ。
さらに、その望みは深く巧妙だとも思った。

人間の業は、かなり恐ろしい代物かもしれない。
そして、人はそれぞれに、それを持つ・・・。

だから、組織とは、その業の折り合いとぶつかり合いでしかないのかもしれない。
そして、それでも一方向に動くのは、敵がいるからだ。
ただし、その敵には、誰もが気づいていない・・というだけだろう。

この件、続きはメルマにでも書こうかな・・?

【TAROの日記】

2014/06/26(木) 08:26

怒っている

忙しすぎて、自分が何をしているのかよくわからない・・・。
もう少しで、地面に両足が着くかな~と思いつつ、勝負どころはまだまだ続きそうだ。
同時に、いろいろなことに怒っていることに気づいて、それに関する新しい仕事も思いついている。

でぇ、その怒っていることだけれど、そもそも世の中を怒っている。
別に、安倍晋三も中国もどうでもよくて、そんなこと関係なしに世の中を怒っている。

でも、その怒りは、フランスがUFOの目撃証言を真面目に扱っていることや、日本が海洋資源の開発に莫大な金を使っていること、ワールドカップの日本サッカーに大手企業サラリーマンの影を投影してしまうこと・・などなどとは少し関連していそうである。

簡単にいうと、○○○○と○○○○と○○が嫌いなのだ。
少し立川談志の影響もあるかもしれない。

ただし、そんなことを考えていると、明確な方向性が見える。
“境界線”は必要だという方向性だ。
責任を取らないと決め込んでいる世の中に、ものを言っても疲れるだけだから、”境界線”を引いてしまえばいい。
そして、”境界線”の外とは、貿易取引をすればいいのである。
気分は、古きアメリカのモンロー主義に近い。
ツマラナイ世の中は、見世物としては最高だ。
犯罪者に精神鑑定が必要だ・・などというナンセンスは、笑いとしては悪くない。ウディー・アレンの映画そのものである。

ジャ・ジャンクーの新作では、『水滸伝』の京劇のシーンがある。
あの映画を取ったジャ・ジャンクーの気分は、案外、私の怒りに近いかもしれない。

ただし、社会がどうの・・・・・はどうでもいい。
ただ、怒って生まれてきたから、それを解消して去りたいだけである。

でぇ、そんなこともどうでもよくて仕事である。
仕事は、最高の怒りの解消なのだと思う。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2014/06/12(木) 08:54

自分の”必然”

今年も本を書いている(年内、2冊ことになろうか?)。
昨年、久しぶりに本を書いてみて思ったのは、書くのが早くなっていること。そして、過去の仕事の遺産が意外にも膨大で、それを使うと好き放題やりたい放題らしい・・と少し感づいたところであーる。

でぇ、今書いている本も、忙しいから年内に書けるかどうか?と言っておきながら第三章に突入中。ほぼ半分は書いたようである。
夏が超忙しい予定なので、前倒しでも仕事を進めているから、かなりのハイペースでいろんなことをやっている。能力とは上がってくるものだな~と実感している。

今の本は、第三章に少し具体例を書くことになる。
それで、私の過去に作った経営計画書を出してきて眺めてみた。

すると、1997年の実行計画の項目に、「ハイジのおじいさん」というのがあって、数年この項目が続いていた。
このネーミングは、その後、『週間 岡本吏郎』の一つのコーナーにも使われるわけだけど、この頃が、このネーミングを使い始めたところらしい・・。

ところで、「ハイジのおじいさん」プロジェクトとは何か?
一言で言うと、「自然生活のための行動計画」のようなものだ。
そして、この年の4月から「田舎の土地探し」というのが計画されていたし、「こやし購入ルート確保」とか「登山道具整備」というのもあった。

今、私は、この計画によって行動をはじめ、今の場所に住んでいる。

この計画を立てたのは、私が仕事をはじめて丸3年になる数ヶ月前。
今から見ると、甘い計画だと思うけれど、現在の自分の必然が見て取れて面白い。

当時の計画のメモの中にも面白いものがあった。
「突き抜けた”未来”を見るには、まだまだ修業が足りない・・」
そして、自分が書いた「未来図」の先に、もっと突き抜けたものの存在を感じならも、「先を見るのは修業の後にしよう・・」と書いている。

んー、これ、今書いている本の「あとがき」にでも使うかなー?

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2014/06/11(水) 08:51

20周年記念

10年表彰の飲み会をやった。
今年は、10年表彰のスタッフが3人。
毎回、手製の個人のキャラを活かした表彰状と金一封を渡すことになっている。

でぇ、それで終わりと思っていたら、逆に、こっちが20周年表彰された。
とてもデカイ花束をもらって、突然、挨拶をさせられてしまった。

「社長、泣かないですねー」と言われたが、んー、これくらいじゃ泣かないわね・・。
横では、一緒に花束をもらった妻が大泣きしてたけど・・。

先週、『Dファクトリー』で、これから新規事業をはじめる人に、私の開業時のドタバタの話を披露していたので、そんな昔を少し思い出した。

前、勤めていた会社から、捨てる予定の机とイスをもらってきて、汗かきながら運んだこと・・、急にお客さんが来ることになったけど、応接の机イスがなくて大急ぎで買ってきて組み立てたこと・・、机とイスと本棚の思い出が多いのだけど、そんな景色が脳裏をよぎる。

ついこの間のことのように思えるけれど、ずいぶんいろいろあったし、いろいろ変わった。
思い通りにいかないこともあったし、誤解されたまま、言い訳もしないので、そのままになっているようなこともある。
でも、なんといっても、嬉しい事が圧倒的に多かった。

それは人に恵まれたからだと思う。
節目を迎えるといつも感じることは、無常ということ。常ならず・・を意識する。
でも、人の気持ちは変わらないと思う。
そして変わらない縁というのは大事だな・・と思う。

もちろん、人間関係にも別れはある。
残念な別れもわずかながらある。
相手には相手の人生観があるのだから、それは仕方がない。

それでも、自分の気持ちのスタンスは、一定にしておきたい・・といつも思っている。
周りがどう変わろうと、それがあればいいのだと思う。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2014/06/10(火) 08:31

飲み会で

会社の飲み会で、スタッフに言われる。
「今回の本は、難しいですよー」

そうかな~?と思う。
あれ以上易しくしちゃうなんて、ありえんな~とつぶやきつつ、10年前を思い出した。

10年前の処女作は、読者の想定をかなり落として書いた。
今回の本では、読者の想定をどこに置くかで一日ほど考えた。
一応処女作の改定も狙っているから、あまり離れた読者像で書くのはうまくないかな?と思ったからだ。

それで、処女作を開いて見た。
書いてから初めて開いたと思う。
そして、思った。
「あまりにも読者をバカにしていないか・・・」

こんなに読者の想定を落とすのはあり得ないことだ。
時代の雰囲気もあって、これを選んだけれど、当時もだいぶ悩んだことを思い出した。

「わかりやすさ」ということが言われる。
ある程度は正しいと思う。
しかし、落としすぎるのは違うだろう・・・と思う。

ニーチェは、「これ全然わからないだろー」という気分で本を書いた。
彼の狙いは、価値転換。すごい挑戦だと思う。

読者の想定はあっていいが、合わせてしまったらおしまいだと思う。
4度の連続で音程が上がっていく流行歌みたいに見た目だけを追いかけても仕方がない。

そんなわけで、スタッフに言った。
「別に、本など書く必要もないのだから、これ以上に品質を落とすくらいなら、本など書かんでいい」
「俺は、書くより、先哲の智慧を拝ませていただくほうが好きだ」

一応、今回は、私なりの分子分母論を狙ったのはそこら辺の気分がある・・。

【TAROの日記】

2014/06/09(月) 08:33

言語化

疲れがとれない・・ということに気分がフォーカスしていることが多くなってきた。

一週間の出張から帰ってくると、もう何もする気がしなくて、ウダウダしながら原稿を書いている・・という休日がけっこう続いているような気がする。
そういう日は、あまりアクティブでないから気分も晴れない。
そして、そんな気分だと、好きなことをしていても、あまり乗らない。

そんな2日間を過ごした後の平日、最初の出勤は何か気分がいい。
こういうのがメリハリというものだろうか・・・・・・。

会社の机の上は相変わらず混沌としていて、今の私の頭の中をよく表している。
ここ数日、言語化できない気分の言語化をしようと必死だったけれど、もう間に合わない。来週は『VIPミーティグ』だ。仕方がないので、これから言語化できるところまででコンテンツを作る。

言語化できていないことは、実際に起きてしまうと、説明ができるようになってしまう。
でも、その前の、なんとも言えない気分の時に、少しでも言語化できないかといつも悩む。
今は、それが頂点になっていて、机も頭も混沌で、しょせん、言語化できることなんて限られているのだ・・と諦めるのだった。

未来は、しょせん、何も言語化ができない。それは日常でもそう。それが唯一の真なんだろうなー

【TAROの日記】

2014/06/02(月) 08:29

犬がおかしくなった

週末は、妻がいなかった。
普段、そういう場合には、犬を近所のショップに預けている。

しかし、何を思ったか、息子が「おれが面倒見るよ」と言ったので、犬2匹と男2人の2日ばかりの生活となった。

結果、一匹は、超センシティブになり、
一匹は、凶暴になった。

まるで、行動心理学の実験みたいだ。

妻は帰ってきたけど、犬の調子はすぐには戻らないらしい。
一匹は、キュンキュンとうるさく声を出してウロウロを続け、一匹は孤高を守っている。

二度と男二人に犬を任せないと妻は固く誓ったようだ。
一回だけ、ランニングのお供に連れて行った私としては心外だが、結果を見ると何も言えない・・。

今日から1週間出張だ。
何の懸念もなく仕事に出られるのはありがたいことだ。

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