【TAROの日記】

2016/10/28(金) 08:36

そういうわけで、香り

別に書くこともなくて、強引に「音」のことを書いて、
さらに、書くこともなかったので、「光」ってことにして書いてみたので、今日は「香」で書いてみるか・・である。

企業の香り戦術は、最近、ウザさも感じられるけれど、匂いは強力だ。
私だって、新車の香りは好きだし、シティホテルの香りも心が満ちた感じになる。
あれらが、人為的に振りまかれていることを知っていても、やっぱりいい。
ただし、最近、そういう戦術を取る企業の香りの傾向が似てきているのは気になる。ちょっと、ウザい。
アパレルとかは、使わない方がいいんじゃないだろうか?
香りさえ過剰になっている昨今ってことなのだな・・。

改めて、「香り」ということに視点を当てると、浮かぶのは子供時代の景色だ。
母の匂いは当然として、子供時代のシーンは匂いとともにカプセルに封印されているような感じがある。
カプセルの中の画面は仄かな香りと共にあるのだけど、その匂いは目の先にあるけど思い出せなくて不思議な感じだ。

最近は、汲み取りの車はほとんど見なくなったけれど、子供時代の香りの記憶は、アレが一番だったりする。
近くにSB食品の工場があって刺激臭がすごくて、工場の前を走って通ったものだ。
田舎に行くと、牛を飼っている家が多くて、牛の排出物の匂いも凄かった。
パン屋の工場の匂いとか良い香りの思い出もあるけど、嫌な香りの方が懐かしい。

でぇ、その思い出全体を包む香りがあるんだけど、それは母の香りと共にどこかへ行ってしまった。
死ぬ間際にもでも思い出すのだろう。

・・ってこで、香りって普段は意識はされないけれど、それぞれの人生にとって重要なものだと思う。
香水くらいはいいけれど、企業が洗脳的に香りを使うのは、掟破りだと思うんだよな・・。

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