月: 2017年8月
【TAROの日記】

2017/08/31(木) 08:49

ライブ~マダガスカル

次に、このブログを更新するのは、9月18日になるだろうか?
もしかすると9月28日まで書けないかもしれない。

9月2日は、適当に遊んでたらライブまでやることになったバンドの”発表会”(ライブとは言わないのだそうだ・・)。

そして、9月6日からマダガスカルへ行く。
出発まで出張でバタバタしているうえに、マダガスカルから帰っても時差ボケしている余裕もないくらいに出稼ぎの連続だ。

まずは、ライブから消化していくことになるが、我々のバンドは今最悪の状況にある。だいぶ音のヌケが良くなってきたなーと思っていたのに、最後の練習日の音はサイテーだった。当然、雰囲気も悪くなっている。

でぇ、その雰囲気の悪いまま、60名近くの人たちに来てもらってライブをやるというのだから恐ろしい。アーメンである。
まー、しかし、それも実力。この遊びを続けていくためには定期的に恥をかく必要がある。そうならないことを祈るけど、まー奇跡は起きないわね・・・。

そして、そういうマイナス面が大量でも、バンド遊びは面白い。ガキの頃なら、即解散みたいな状況でも、少し丸くなったオヤジたちが価値観と耳のセンスをぶつけあって、ガチャガチャやっているのは、経験できなかった“方”の会社遊びの雰囲気がある。
欠けているものがあると何が起こるか、大した知識、実力のない素人が、「シロウト理論」をぶつけあうとどうなるかの実験場である。

遊びだから続くけど、仕事ならあり得ない。その“ゆるさ”がいいのだと思う。しかし、“ゆるい”だけでは、水遊びで終わる。そこに“発表会”(ライブって呼ばせてよ!)をビルト・インしたところが乙だ。悲劇だ。冗談だ。アーメン!

まー、そういうわけで、おそらく仕事よりも辛いであろう苦行を通過し、癒やしも兼ねてマダガスカルへ行ってくる。
フランス統治時代を含めて、シャーマニズムが支配する国では、ポップ・ミュージックさえ儀式との関連で成立している。ただの旅行者が、その一旦を垣間見るのは難しいとは思うが、気にしながら歩いて来ようと思う。遠いフランスでは、マダガスカルの精霊に憑依された人たちが結構いるそうなので、そこんところは気をつけよう・・(笑)。

【TAROの日記】

2017/08/30(水) 08:53

可笑しみと悲しみ

昨日は、朝から微妙なサウンドの警報を聞かされた。でも、疲れていて全然起きることができない。心の中で「どうせ、北朝鮮だろ!ついに打ったか・・」くらいにしか思えず、爆睡。

起きてテレビを入れれば、同じことを繰り返すばかり。NHKの教育チャンネルだけが日常だったので、青虫が主人公らしい粘土アニメみたいなものを見ながら牛乳を飲む。

そして、仕事。この日は家で音声収録。そのため、お昼ごはんを食べるまで書斎で仕事をして会社へ。                              9月に入るとマダガスカルに行かねばならない。それで、前倒し仕事のため机の上は飽和状態。よくまー、こんなスケジュールで仕事をしているよなーと我ながら感心しつつ、全速力で仕事をこなして家へ。

2日はバンドのライブ。最早、この段階でできることなんてないので、粛々とストレッチ系の基礎練習。指が痛い。御飯の時間が来たので母屋へ

ビール一杯と焼酎ロックを飲んで風呂入って寝る。

・・・・という情景に『この世界の片隅に』とか『明日 tomorrow』的な匂いがしてならない。昨日って、普通の日だけど映画のシーンを生きたみたいな・・・。

きっと、それは間違いない。北朝鮮のミサイルが来ることはないだろうけど、別のアレはやってくるのだから。                          無理に前を進んでいく人間の人生には、可笑しみのようなものがあって、それを楽しんでいるところがあるのだけど、悲しみも間違いなくある。           そんなことを考えさせられる機会になっちゃったよ。でも、あの変なサウンドは気持ち悪いのでやめてくれ!

【TAROの日記】

2017/08/28(月) 08:57

サイトウ・キネン

ふっと行こうと思ってから10年以上が経つ。なかなか日程が合わず、もう縁がないと諦めていたら、今年初めて行くことができた。日程はヤバかったが、チケットが手に入ったのだから、無理やりなんとかした。待望のサイトウ・キネンの名前は『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に変わっていた。

クラシック音楽は門外漢だ。実は、ちゃんとナマで聞くのもほぼこれが初めて。席が前から2番目のど真ん中で、少し管の音が辛かったけれど、弦の音がナマでビンビンくるので、これはこれでアリだと思った。

そして、頭でいきなりヤラれた。四分休符ではじまった・・と思ったら、さらに8分休符? でぇ、さて・・と思ったら、さらに16分休符・・・・・・? スコアを見ないとわからないけど、そんな感じだった。

ベートーヴェンって『運命』くらいしか知らないんだけど、「へー」と思った。テンションの音が目立っている・・というかなんというか、JAZZにそれなりに近い印象。案外、ベートーヴェンは、こっちの人なんだなーと思った。

そして、音のダイナミックスが素晴らしい。時々、会場の空気が見えそうになる。第一バイオリンが、蚊の羽音みたいな音を出した時はかなり驚いた(きっと、普通なんだろうけど・・)

一番感動したのは、トランペットの音。隣の部屋で吹いているみたいな音。もちろん、ミュートなんてしてない。それに、音的に、そっと吹いている感じじゃない。でも、オフな音。クラシック知らない私には、???????だった。

マーラには、『ペットサウンド』を感じて驚愕し、時々フォーカスぽくなるので、フォーカスの出自を知り、ドボルザークの#9の音(クラシックだと、増2度?)で、「あー、クラシックを誤解していました。すいません」と謝り、別にベートーヴェンだけではないのだと知った・・・・・・・・。

小澤さんのステージを見るのは2度目だけど、音のヌケの良さとみずみずしさに驚いた。年を取ると音が若くなる・・みたいな話を聞いたことがあるけど、そうなんだろうか? 同じオーケストラで別の指揮者が振った時との差は、曲が違うからなのか?小澤さん自身の音の変換みたいなものもあるだろうし、そこらへんが知りたくなった。

まずは、チケットを手に入れて、いろいろなオーケストラを見てみよう。
まさか、オーケストラの音の向こうに、アート・テイタムやジミヘンが佇んでいるとは思わなかったので、ちょっと通ってみたいと思っている。

【TAROの日記】

2017/08/18(金) 08:57

開業医

医者に行かねばならなくなった。忙しいのに困ったことだ。           どこでもいいので、ネットで探した。                     事務所近くの医者がヒット。大して口コミ数はなかったが、ネット上の評判は悪い。

そういえば、この医者には前に一度行ったことがあることを思い出した。     確かに、そんなに愛想はよくなかった。偉そうに当たり前のことを言うだけ。2時間待たされて症状聞かれて薬を出すだけ。そんな印象。でも、そんなもんでしょ。

私みたいなのは、そっちの方が安心する。医者になる人で愛想がいい・・というのは個人的にはあまり信用できない。私の知っている腕のいい医者たちは例外なく変人だ。

5つ星で絶賛されている医者も近くにあったが、こんなのは一番信用できない。だいたいデーター数が少なすぎる。5つ星じゃなかったら、おそらくこっちに行ったのにね・・。

そういうわけで、最初にヒットした医者に行ってみる。空いているかも?と予想したが、そんな予想(期待)に反して院内は大混乱。お盆明けの木曜日のせいもあると思うが、難民収容所みたいだ。

仕事をたくさん持っていったので、ざわつく待合室でお仕事三昧。そして、2時間経過(一瞬だった)、お昼をとっくに過ぎた頃に呼ばれた。

部屋に入ると、以前は無愛想だった医者が、異様に愛想がいい。「ありがとうございます」という言葉を何度も口にするので吹き出しそうになってしまった。「この人たちも大変だな~」と思った。

そういえば、先週、同窓会があった。隣に、現在、勤務医をやっている人が座った。お互いに知らない人だったけど、しばし話をした。               私は聞いた。                               「独立して開業しようと思ったことなかったですか?」            「もちろん、ありましたよ。でも・・・」

その後、開業医がいかに悲惨かという話で盛り上がった。知人の開業してしまった元外科医は、「腹切りて~」というのが口癖。                  基本的に職人なのだから、お金よりも良い仕事を選ぶという道もあったわけで、彼のつぶやきはとても悲しく聞こえる。

昨日の「ありがとうございます」も、とても悲しく聞こえた。

 

【TAROの日記】

2017/08/17(木) 09:04

最早2000時間を超えて働いてはいない・・というお話なのかも?

世の中の流れとは逆のことを言うことになるが、なんでこんなに休みが多いのか? 11日なんていつから休みになったんだ?今までなぜか気づかなかった。

休むのはいい。とても大事だ。しかし、休み過ぎはいけない。身体が戻るのに時間がかかる。ただし、大量に休んで海外旅行に行く・・というのは悪くないと思う。新しい欲望の発見につながる休みなら年に一回はあった方がむしろいいだろう。

・・・と今頃立腹しているが、遊びも含めて鬼のように忙しかった私には疲れが取れる良い休みではあった。正直4日くらいで十分だけど、まーいい。ギターの面白い基礎練習もいくつか発見できたし、9月2日のライブ用の数曲で、自分のパートを大幅にリアレンジする状況にあったけれど、それも終わった。

問題はソロパートの暗記。これが今だにあやふや。いつもは暗記はするものの、本番は適当なフレーズでごまかす手を取ることが多かったけれど、今回はそうはいかない。暗記したほうが絶対に失敗が少ないことがわかっているので、今日から毎日暗記だ。

実はもう2日くらい休みがあったほうが・・・・・。いやいや、そんなことになったら仕事が大変だ。・・というか休みに仕事をしないで、ギターの暗記に集中していたらよかったって話か・・? いやいや、それもダメだ。

つまり、やることを減らす。ということしかない。いやいや、これもダメである。

今更ながら。時間が欲しい・・・。

【TAROの日記】

2017/08/10(木) 08:47

ヤンチャ

ある仕事師と遭遇した。

その仕事がいい。とてもヤンチャなのだ。

思わず「ヤンチャですねー。いいですねー」と言ってしまった。相手は、私の言葉には答えずに「結構、批判が多いんですよー」と言った。             私は、その彼の言葉には答えずに「生き方の参考になります。これからもがんばってください」と言った。

良い仕事の上に”ヤンチャ”が乗ると、テキストが増える。           「うーん」と唸るだけではなく、大量のテキストが生産される。新しい価値観とコミュニケーションが生まれる。                         その仕事を味わいながら、そう思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・

このお話。あまりにも感動したので、ここに書きはじめたけど、もったいない。ここまで書いたのをムダにしたくもないので、書き直しはしないけど、これ以上書き進めるのはやめた。別のところで、書くことにしよう。

でも、ここのお話は、ここのお話で結論づけなくてはならない。困った。「ヤンチャっていいですね!」なんて終わり方はあり得ないし、「おれも、もっとヤンチャしよー」という結論も、まーないわな・・。

ここでは、問いだけを残して終わろう。                   「ヤンチャの源泉は何か?」

この問い、簡単すぎる。でも、かなりイケテル問いだ。             簡単だろうが、何だろうが、正しい問いからいつもはじめなくてはならない。   だから、この問いは重要だ。

【TAROの日記】

2017/08/03(木) 09:17

バイキング

バイキングが嫌いだ。

取るのが面倒くさいうえに、のんびりした人が前にいるとイライラする。     特に、後ろにたくさん並んでいるのに、別にそんなこととは関係なくのんびりしている人がダメだ。

段取りの悪い人・・と言うと言いすぎかもしれないが、たかがご飯を盛るだけでも若干の段取りがある、時間にして数秒の節約でしかないが、それをしない人も私は許せない質だ。

屋台などでもそう。長い列をじっと待って自分の番。しかし、そこではじめて「何にしようかしら~」と考えている人や「財布どこだっけ?」ってやっている人も嫌である。

そう言えば、昨年の『フジロック』で、注文があってから、玉こんにゃくを串に刺している冗談見ないな店があったが、噴飯ものだ。もちろん、列はとても長く続いていた・・。                                 「何にしようかしら人間」と「注文聞いてからのんびり串刺し店」のW攻撃に出会ってしまったときには、この世の終わりだと思った。おおげさじゃないよ。気が短い人間なんてそんなものなのよ・・。

こういう景色は、日本中にある。あって当然。でも、それによって効率の悪いものが膨大になっているように思う。                        3年くらい前に雑誌にあったアクセンチュアのトップの発言は、結構共感した。そこに私のような嫌な奴の気分の寄せ集めを見事に昇華したものを見た。       そして、私は理解した。「なるほどー、AIの推進というのは、エリートの革命なのね。フランス革命の逆だ(だから、世の中良くなるかもしれない)。でも、革命だから、みんな追い落とされるんだな~。エリートって怖いね~」

今のところ、AI賞賛は、冗談だろう。でも、それを推進する者に、革命の気分があるとすれば、それは着々と進むはずだ。だって、私の嫌バイキングな気分は、結構、根が深くて、執拗だからね。

 

【TAROの日記】

2017/08/02(水) 08:56

みんなどこにいたのでしょう?

『フジロック』の来場者数が発表された。
125,000人で過去最高数だった昨年と同数。金曜日が2,000人増え、日曜日が2,000人減っている。

昨日書いたように、この数字、私の実感とは大きく乖離している。昨年までは数字を少な目に発表していたと聞いているので、その差かもしれない。出版物の発行部数に代表されるように、発表数字を鵜呑みにできないのは、この国がアメリカと戦争をしていた時から変わらない景色だ。

まー、しかし本当のところはわからないので、過去の数字を含めて発表数字をそのまま鵜呑みにすることにしよう。そうすると、私の実感との違いは、会場の整備が整ってきたこと、シャトルバスの増便(増便していたかどうかは知らない)、入場者の分散・・・というのがいろいろ絡まって起きたことになる。

グリーンステージのメインアクトで、3日間とも例年ほど混雑していなかったのも、みんな別のどこかで楽しんでいたからだろう(その割には、ホワイトの入場制限とか聞こえてこなかったけど・・・)。元のオレンジ・コートがただの休憩所になったから、みんなそこで休んでいたのかもしれないし、みんな熟練してきて大通りを通らずに、我々同様にけもの道を歩きまくっているのかもしれない。テントでずっと寝ていたのかもしれないし、意外にゴンドラで山の方へ遊びに行っていたのかもしれない。

現場にいる我々には、目の前しか見えない。目の前が空いていれば、数が少ないと思う。でも、目の前以外で何が起きているかはわからない。だから、数字を信じるしかない。そして、戦争の時も、こんな感じだったのかもしれないよなーと思ったりする。

私の実感はまったく真実とは関係ない。あくまでも私の目の前の起きていた景色のお話。しかし、実感と発表の乖離には大いに興味が起こる。まさか、みんながけもの道を通っていたとは思えないし(誰にも会ってないし・・)、ゴンドラが混んでいたとも思えない。オレンジの休憩所はステージがあったときより人は多いが(笑)、それでもしれている。ラブサイケでヘブンに入場制限がかかっていたが、「昔より入れなくなったよなー」と言いながら私は通り過ぎた。

真実はわからない。でも、私は自分の実感を信じる。それは実社会でも一緒。私は今までそれでずいぶん得をしてきたのだから、仕方がない。

【TAROの日記】

2017/08/01(火) 08:54

『フジロック』終わる

夏がまた終わった。もう年末まで一足飛びだ。
『フジロック』が終わるといつもそう思う。

疲れはピークで、何もする気がしないけれど、仕事は追いかけてくる。長岡の花火も行かねばならないので、超速でたまった仕事をこなせばならない。毎年の恒例の『フジロック』後遺症だけど、まー、仕方がない。

今年は、楽しみにしていたアヴァランチーズが最高だった。ビョークは別格なので除外して見たら圧倒的だ。
今年は、前夜祭、金曜日は例年よりも人が多いと思ったが、土日は少なく感じた。ビョークをステージ前で見ることもできた。帰りにタクシーの運転手に聞くと、昨年より入場者が多いと聞いていると言っていたけど、それはないだろう・・と思った。だいたい、昨年は完全に入れすぎで、本当の入場数は公表のものよりも多いと聞いている(そんな年がここ数年続いていたと思う)。

今年は快適だった。雨は激しくなることもあって、寒さを感じる時もあったけど、暑いよりもいい。毎年、これくらいの入場者数で、この天候だと助かる。

どんなものにもピークがある。まだわからないけど、フジロックの入場者数もピーク超えしたのではないだろうか? いろいろ環境が整って人の流れがよくなったので少なく感じた可能性もあるけれど、そんな予感がする。

ビョークのステージがああだったこと。水曜日のカンパネラを目指す群衆。そして、ミチロウの音頭とシュガー・ミーのS&G風ギター、コーネリアスもトクマルシューゴもああだったこと、そして、個人的にロードにケイト・ブッシュを見たこと。そんなことからそう感じた。

ポップ・ミュージックはとても曲がり角に来ていて、その出口は見えない。ビョークは脱出し、アヴァランチーズは大量に詰め込んで再構築。でも、最後は、汗する女というのがキーワードだと思った。

考えてみたら、すでにそういう景色だ。

2017年8月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
ページトップヘ