子どもたちが小さかった頃、聞いた。
「学校にイジメっ子はいるか?」
「いるよー、Wくーーん」
3人は声を合わせて答えた。
人口2000人の村の小学校は、学年全員がそれぞれに知り合いだ。
私は続けた。
「Wくんは、なんでイジメをするかわかる?」
3人は、「うーん」と唸った。
私は聞いた。
「Wくんには、お兄ちゃんがいるだろ?」
3人は、「なんで知っているの?」という顔をした。
「さて、問題です。Wくんは、お家でどんな感じだと思いますか?」
3人はしばし考えて答えた。
「お兄ちゃんにイジメられてるのかなー?」
ピンポーン!!
では、「お兄ちゃんは誰にイジメられてるの?」
一人が自信なさそうに言った。
「お母さんかなー?」
ピンポーン!
「ではお母さんは?」
3人は声を合わせた。
「おとうさーーーーーん!!」
ピンポン、ピンポーーーン!!
「では、お父さんは?」
3人はそれぞれに、
「わかんなーい」
「お父さんは、きっと会社でイジメられているんだよ」
ナルホドーーーーー!
「では、お父さんをイジメている人は・・・・・」
連鎖は続く・・・・・・。
子どもたちは、こうしてイジメの仕組みを知った。人をイジメる気にならない自分たちの状況も知った。
さらに、末っ子は中学生になってからイジメられた。私が学校に乗り込もうとすると、「自分で解決するから、行かないでくれ」と言った。
・・・・・・・
小山田圭吾、辞任のニュース。
なんとバカな・・。
この国に限らないのかもしれない。
それにしても、デタラメだ。
そもそもが子どもは残酷なものだ・・という事実も、
当時の小山田の芸風にも、誰も触れない。
ただ、日常に不満がある者のはけ口。
そして、連鎖。
はけ口の最終出口が、有名人。
現代の魔女狩り。
追記(2021-08-27)
その後、小山田圭吾のインタビュー記事の内容を知った。
これは子どものやることとはいえ、残酷過ぎる。
しかし、子どもが残酷だというのは変わらない。
それを教育するのが大人の役目で、
さらに、本人が大人になったら、いくら芸風としてもこんな風に話すことではない。
そして、小林賢太郎同様に検閲が機能しない悲しさよ。この雑誌の検閲機能は壊れている。
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