カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2011/10/14(金) 08:33

クリエイティブ・イルネス

病は、創造的だ・・ということを言い出したのは、エレンベルガーだった。

私が、クリエイティブ・イルネスという言葉を知らずに、いろいろな人の人生を探っていて見つけたのは、「三年寝太郎の法則」。
とっくに、エレンベルガーがもっと洗練した考えを発表していたけれど、そんなの知らないので”三年寝太郎”だったのだった。

さらに、この件について、「時が来る」と表現したのは、河合隼雄さん。
んー、格好いい。”三年寝太郎”では、格好悪すぎるな・・・・・・・・・。
しかし、誰も、時が来たら、3年かかるのだ!とは言ってないので、ボクも偉いかもしれない(ウソ)。

さて、本題。
病は、深く落ちなくてはならない。
だって、クリエイティブなんだもん。
そして、今、そこらじゅうが病だ。

おそらく、病がもっと深まると、面白いことが起こる。
軽くスティーブ・ジョブス礼賛なんて吹っ飛ぶことだろう。
でも、時間がかかる。
後3年。
問題は、それまで持つか?
病では、死ぬ人もいるからね

【TAROの日記】

2011/10/13(木) 08:35

わからないことはわからないでいいんだろうか、どうなんだ・・?

最近、わからないで良かったのに、知ってしまって気分を悪くしていることがある。

それは、コーヒー。

コーヒーは、あまり好きじゃなかった。
だから、滅多に飲まなかった。

ところが、ブルックスのドリップパックが意外にも旨いではないか!
手軽でおいしいのだから、クセになって当たり前。

そこで、ドリップパックにはまり、いろいろなメーカーのものを買って飲んでいた。
ちなみに、最も旨かったのは、コンビニで売っているスタバのもの。あれは別ものだと思った。

そんなことから、最近、毎月届く、土居珈琲を飲むようになった。
スタッフの朝の楽しみだけど、私は口にすることもなかった。
けれど、匂いに負けて飲むようになってしまったのだった。
そして、そんな習慣が続き始めたら、楽しみが一つ減ったことに気づいた。

他のコーヒーがおいしくない・・・・・・・・。

実は、どんなに言われようと、私には、土居珈琲のどこがうまいのかわからなかった。
スタッフは大好きだけど、別に、コーヒーなんて一緒だと思っていた。

ところが、気づいてみたら、ブルックスに代表されるドリップパックがまったくおいしくない!!
毎日のお昼の楽しみが一つ減ってしまったのだった。
私の脇机には、ブルックスのドリップパックが大量にあるんだが、どうしてくれるんだい!である。

しかし、考えてしまう。
良い物を知らない方が良かったのか、それとも知った方が良かったのか?

良い物を良いとわかったのはいいけど、楽しみの一つが奪われたのも事実。そこら辺の整理がつかない。

それと、良い物が誰にでもわかる・・というものではないことも改めて考えてしまった。
私のように、わからん奴にはわからん・・のだ。

そして、わからん奴にはわからんから、世の中には、「手軽」が氾濫する。
カラオケのようなスカスカのサウンドみたいな「仕事」が氾濫する。

それを誰もが、わかって選択しているなら、いいけれど、そうではない。
極端な話、カラオケの音の方が、本物のサウンドよりも良い・・という人がいてもおかしくない。
私だって、ドリップパックのコーヒで十分うまいと思っていた。
そして、それで幸せなのだ。

鉄道以後の資本主義が見つけてしまったもの。そして、その見つけたものが主流の社会というのは、なんとも摩訶不思議だ。
生活は豊かになった。それは間違いない。しかし、「手軽」な延長物は、私たちを奴隷化する。ホールが60年代に見立てたとおりだ。

んー、気分は複雑だ。
自分が、良い物を良いとわかるのに時間が凄くかかったのも腹立たしいし
良い物を誰もが良いと思うとは限らないことも腹立たしい。
そして、良い物があるから幸せ・・ってことでもないというのも腹立たしい。
「別にこんなものでいいじゃん」というのも生き方の一つだし、それを否定したって仕方がない・・というのもなぜか腹立たしい。

個人的には、人生はそんなに長くないので、あんまり「別にこんなものでいいじゃん」と言わないようにしようと思った。
世の中には、弾かれなくなった普及品のギターやピアノが溢れているのも現実だもんな・・。

【TAROの日記】

2011/10/12(水) 08:54

昔のドイツと今の日本

1923年を迎えるドイツでは、マルク安が慢性していた。
でも、ドイツ国民は、マルク安を理解してはいなかった。
国民は、「何だか、物価が上がってるわね~」と思っていた。
貨幣価値が落ちているという理解はなかったのだ。

2012年を迎える日本では、円高が慢性していた。
でも、日本国民は、それを要因の一つとする物価安にはあまり理解していなかった。
国民は、「円高で、大変ね~」とだけ思っていた。
一部の値上がり商品にばかり目がいき、円高の恩恵には、なかなか気づかなかったのだ。

1923年。ドイツ国民は、事の重大性に気づかされた。
最後の砂粒が落ち、崩壊が起きた。

2012年。日本国民が何を経験するかはわからない。
ただ、どこかで砂粒が落ちる。
時期は、物理学者の研究でもわからないから、誰もわからない。

【TAROの日記】

2011/10/11(火) 08:34

スティーブ・ジョブズ

スティーブ・ジョブズをどう思う?というご質問いただいたので、少し反応します。

「少し反応」には、2つの意味があります。
一つは、それほど、スティーブ・ジョブズのことを知らない。おそらく、これからもそれほど知ろうとはしない。
もう一つは、ブログでの反応なので、当然、「少し反応」しかできない。

・・という条件下で少しだけ・・です。

ジョン・レノンのいなくなった12月8日と同じように、世間では、突然、ジョブズ・ファンが現れました。
アップル・ストアーでの献花も、21年前を思いださせます。

ある日、ジョン・レノン・ファンがあちこちで増殖していることに驚いた21年前ほどではありませんが、それでも、何だか、急に、世間が、スティーブ、スティーブと叫ぶのには違和感を覚えます。

そして、彼の偉大さが語られるのですが、どうなんでしょう?

だって、冷静に考えたら、本田宗一郎とそれほど変わらないと思うんです。
もちろん、スティーブ・ジョブズのことをよく知らないからそう思うのかもしれません。
でも、世間だって私と同じようなものでしょう。

「世界市場へ出て行くものは、単なる製品といった”物”ではない。それ以前にある思想だ、・・・・・」

これって、何も言わなければ、今なら、スティーブの言葉だと思いそうですよね。
でも、この言葉は38年前の本田宗一郎の言葉です。

時代のアンチとしてのスティーブは、過去では普通だと思います。
そういう起業家はたくさんいました。

だから、スティーブを特別視することになってしまった方に、問題があるように思います。

それはそれとして、彼が世に出した作品の多くは魅力的でした。
その作品も、時代の流れの中で寂れていくのでしょうが、鉄道の発明の後に都市社会が豊になっていったような、時代のインパクトは十分与えたと思います。
それは、次の”逆流の時代”に向けての砲火なんでしょうね。

【TAROの日記】

2011/10/07(金) 08:37

漫画が読めない

本は普通に読めるのだけど、漫画を読もうとすると、字が見えない。
老眼が進んだのは理解しているけど、どうして、漫画だけダメなのか?
絵と字の距離感みたいなのが合わないんだろうな・・。

「これは困ったなー」と一瞬思ったけれど、よく考えると最近つまらない漫画が多いので、どうでもいいような気もする。
過去に面白かった漫画も水戸黄門化の動きが甚だしい。

そもそも、最近の漫画は巻数が多すぎる。
こち亀と釣りバカとゴルゴだけを例外にして、後は10巻を超えたら法律違反にすればいいのだ(他にも、例外はありそうだけど、今は思いつかない)。

漫画も終わった。
もうサブカルとしての漫画が戻ってくることはない。
落語でも芝居でも映画でも、匂いというのがある。
昔の漫画にもあった。
立ち読みの匂いというのもあった。
それが今はない。
単なる情報と化している。

漫画にも今の日本が見えるよな・・。

【TAROの日記】

2011/10/06(木) 08:30

健康診断

人間ドックを放棄したけど、血液検査くらいしておいた方が良いだろう・・という中途半端な気分で、本日は健康診断に行く予定。

妻の話では、ドックよりも全然早く終わるから、ストレスがない・・ということだけど、また、あの健康話・・とか聞かされるのかと思うと気が重い。

毎度言っておりますが、ビジネスの世界では、相手が知っていることを偉そうに話すことは御法度。
まー、この御法度をしゃーしゃーと破っている人が多いので、世の中はあいかわらず競争がない。ありがたいことです。

話を戻して、健康診断。
こうした医療関係にお勤めの方にとって、一般人はバカに見えるらしく、相手が同じような情報をよく知っている・・ということを知らない。さらに、相手の体型とか態度によって、話の導入を変えようという知恵もない。

そこで、とうとうと、健康話を聞かされる羽目になる。
おそらく、健康話のおばさんは、緊張的な状態に気づき、これではいけないと思いながらも、毎年同じ事を続けているのかもしれない。

つまり、その景色は、そのまんま日本なのだ。

わかっているけど、続けます・・はこの国の反復強迫なのだが、それは末端まで随所に溢れている。
そして、そんなわけで、地獄に落ちる運命を享受しているわけだけど、まー、仕方がないな・・と思う。

そうなのだ。最早、仕方がないのだ。
私たちが日常で遭遇するバカな話というのは、そのまんま世界で、その世界は、そんなわけで崩壊に向かう。
それは、もう1973年あたりからはじまっていた景色で、私たちは、それは一部のバカな景色と勘違いをしてきたわけだ。

個は全なんだよな・・。

【TAROの日記】

2011/10/05(水) 08:30

真ん中シンドローム

私の周辺でお馴染みの”真ん中シンドローム”。
意外にも、私の近辺にも、たくさんあることに今頃気づく。
あっちも、こっちも、その先も、そうなのだ・・。
でぇ、それぞれが、それぞれに、予定されている結末に向かっていたり、すでに到着したりしている。

そもそもは、私のでっち上げだった(偉そうに言っていましたけど、最初はそうだったんです)。
なんとなく、そんな感じがしたので、でっち上げて言い放っていた。
だから、例外は、たくさんあると思っていた。
それが年月が経つごとに、でっち上げを証明する事実の方が多くなってきて、最近は、セミナーなどでも話をするようになってきた。また、数少ないが、専門家の仮説もいくつか発見し、裏付けとしてきた。

それにしても・・・・・・・だ。
当初の何となく感じていたことを、そのまんまでっち上げたわけだけど、このことが、これほどにも支配的なのかと最近は感動すらしていたところに、私の周辺の景色も、その構造の中に、まんま当てはまっていたというのは、感動を超えて、ちょっと怖いな~という感じがしてきた。

実存主義VS構造主義のどちらに軍配を上げるかはケースバイケースだと思っているけれど、無意識的である限りは、構造主義に軍配は上がる方が圧倒的に多いだろう。

しかし、どこまで、意識的にならなきゃいけないのだろう?
そう呟きたくなるくらいに、世の中は支配的だ。
100%そこから逃れることはできないに決まっているけど、できるだけ意識化したいのが人情だ。

今の日本、そして、大企業も残酷な構造下にある。
その景色を見ていると、実存主義の新たな定義が浮かぶ。
実存主義とは、とても厳しく、非人間的なものなのだとまで思う。
実存は、非実存の中にあるのだから・・。
今の日本の景色は、それを教えてくれているんだろうね。

【TAROの日記】

2011/10/04(火) 08:23

上越地域医療センター病院での一こま

母が入院している。
老人性の疲労骨折のためでリハビリ中だったのが、脱腸の手術をすることになった。

手術の同意書を、妻がサインしようとしたが、「実の息子さんから欲しい」ということで、夕方5時に医者の話を聞くことになる。
そして、約束の5時より前に母のところへ行き、母と話をしながら医者を待つ。

実は、看護婦に、「お呼びするので待っていてください」と言われた時、私は医者は時間通りには来ないと思った。
看護婦の様子からは、それが十分伺えた。

私は、言われた段階で15分という時間を頭の中で設定した。
おそらく、呼ばれない。だから、5時15分になったらこちらから行く。そう決めた。

予定通り15分は過ぎた。
ナースステーションに行き、静かに言った。
「帰りますね」

私のその申し出を聞いて、一人の看護婦が小声で言った。
「委員会だよ・・」
そして、医者に電話を入れた。

「少し待ってください」
と言われたが、
「約束が違います」
と静かに言った。

すると、一人の看護婦が言いはなった。
「急患とかもありますから、時間通りというわけにはいきません」

この一言は、「君の名前は、何というのだ」と反応する場面だ。
しかし、実は、前日に妻から言われていた。
「くれぐれも、何かあっても失礼な態度は取らないように・・」
彼女の予感が当たり、そういう事態になりつつある。
妻に、言われててなければ、おそらく、私は、彼女を追い詰めた。

でも、それができないので、
「そういうことなら、そういうこともある・・と事前に言うのが筋ですね~」
と静かに静かに言った。

本当なら、「ウソだろ。本当は、病院の委員会の方が優先なんでしょ」とか、もう少し押さえて「それなら、5時の段階で、そう言うべきでしょう」なんて言いたいとも思ったけど、止めたおいた。
私は、言えなくて、妻をうらんだ。

それから数分後、医者が飛んできた。
雰囲気は最悪。
ナースステーションは、真っ暗。

医者の説明をさえぎり、同意者にサインをして帰ってきた。

そして、心の中で、おまえらの責任回避の事務手続きに付き合っているのに、さらに信用を落とすマネをするとはどういうことか・・と思った。

この場面に、彼らの全姿が映し出されている。

彼らは、人を大切にしていないのだ。する気もないのだ。

彼らにも事情はあるだろうが、この事実は変わらない。
そんな彼らに託すしかないとは、本当になさけない話だ。

これが日本の医療なのだと理解しつつ、こいつらの世話にならないことを考えねばならないと思った。
この世界もまともな奴は5%なのだろう。

そこにアクセスできない限り、これをガマンするしかない。

医者は若かった。
私にモノを言った看護婦は、年配だった。
こうして、若者は人として堕ちていく。

自分の狭い世界でしか役立たない自己を省みることもなく、堕ちていく。
それは彼の勝手だが、周りに迷惑がかかるという現実。
まー、事故として理解するしかないのだろう。

ちなみに、みなさま、こうしたクレームを言いたい場面はよくわると思います。
基本は、私がやったように「静かに」です。
これは効きますよ。
周辺すべてを飲み込むことは、ギャーギャー騒ぐだけが手ではありません。

【TAROの日記】

2011/09/22(木) 09:09

秋好き

日本中が台風騒ぎのところをなんですが、秋が好きです。
もちろん、私以外にもたくさーーーーん秋が好きな人はいるでしょう。
そして、食い物がうまいからとか紅葉がきれいだから・・などなどの理由もそれぞれでしょう。

私の秋好きは、空気です。
ひんやりの体験が好きです。
だから、若い頃は、雨の秋山に一人でよく登りました。
もう少しすると、山は雪で覆われます。そんな時を狙って一人でふらりと出かける。
今日なんかも、雪には早いですが、冷たい雨がひしひしと降っていて、一人で出かけるには最適な感じです。

後、秋の夕方6時くらいが好きです。
どうも、高校生の頃の青い感じを思い出すのか、胸がキュンとしてたまりません。
あの頃って、何も知らないクセにいろいろ考えていて、それなりに悩みもあって、そんな感覚も秋のひんやりとした空気と共に蘇ってきます。

あの頃の感受力ってかなりのものだったと今頃になって感心することがあります。
今は、あれやこれや・・といろいろなことをしているので、あの頃のフォーカスされた感受力を取り戻すことはできません。
しかし、秋の空気は、その感覚を蘇らせてくれます。

新潟の冬は雪に覆われ厳しいですが、その厳しさゆえに秋はとても尊く感じます。
10月にはいると、少し時間ができるから、たまには山にでも行ってくるか・・と思いつつ、おそらく、このまま冬を迎えるのでしょうね・・。

追記
明日から出張。
また10日ほど帰りません。
『特別セミナー』参観者の方々は、会場でお合いしましょう!!

【TAROの日記】

2011/09/21(水) 08:28

説明不足

先週の土曜日に猫町読書会というところで、講演をさせてもらった。
あまり、講演を受けない私だけど、趣旨が面白かったので乗ってみた(私の前には、菊地成孔さんとかも話しているのもうれしいー)。

この講演で、最後の15分の質問コーナーで3つほど質問を受けた。
3つとも、「若いなー」という感じの質問だった。一言で言うと抽象的。

ところが、私も質問回答になったら気が抜けたのか、いつもの調子でやってしまった。いわゆるキーワードを投げて、考えさせる類の返答をしてしまったのだった。

これは他流試合では、御法度なのだけど、何だか良い雰囲気なので誤ってやってしまった。
そこで、ちょっと心が残るので、少し補足を・・・。

もらった質問の一つに、SNSなどを使ったバズ・マーケティングをどう思うか?というのがあった。

私の大きな回答は、ダメだろう。だった。
ダメな理由はいろいろあるけれど、
ここでは、一言で言い切った。
「大衆がいなくなる」
ここで、この回答を言い切ったのは、講演のラストで話したこととつなげているからだけど、それがわかった人がどれだけいたかが後から不安になった。

また、サブの材料として、2点投げた。
・大衆は、産業革命の産物
・「みんなの意見は案外正しい」はウソっぱち

今考えると、SNSのプロモーションがいかにうまくいっていないかを話した方が良かったと思う。
でも、そういう回答って、反射的にしないんだよなー。直接的すぎて、応用きかないから・・・・・・・・・。

でも、もし回答を覚えてくれていれば、来年以後、実感としてボクの言ったことがわかってくれると思うんだよな~。
この一言を付け加えるべきだったな・・。

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