【TAROの日記】

2008/04/21(月) 05:52

ど真ん中(1)

娘に言われる。
「お父さんって、どうして流行歌が耳に入ってこないの?全然、流行歌知らないじゃん。でぇ、変な曲はよく知ってる。普通、あんな音楽見つけてこれないよ・・・」

と怒られてしまった。

自分でも、”普通”が自分の目の前に現れないことには昔から疑念を持っている。
別に、避けているわけではない。だから、不思議。

でぇ、そんなことを今週は考えてみることにいたしました。

【TAROの日記】

2008/04/18(金) 05:40

飛行船(5)

くだらない飛行船話をダラダラと続けた2008年4月の第三週でした。あいかわらずですが、すいません。

詳しくは、ニュースレターで書くつもりなんですが、飛行船はいいです。
どうセラピーなのかは、体験した人にしかわからないでしょう。
だから、機会があったらお乗りになって!!

今は大阪上空を飛んでるけど、また東京に戻るらしいので、東京でもう一回乗りたいな・・と静かに考えております。

さて、来年の『ワイガヤセミナー』はどこでやるか?

ニュースレターに投稿するおつもりの方々は、お楽しみに~。

【TAROの日記】

2008/04/17(木) 05:39

飛行船(4)

さらに、窓が開いちゃうのだから感動!!

飛行機に乗っていると、あのデカくて暑いドアのノブをガチャって押したくなる衝動を消すのに苦労しますが、飛行船にはそのストレスがない。開いちゃうんだから当然ね。

それに、窓が広い。後方の窓は張り出していて、キモだめしに最高です。

一時間のフライトはあっという間で、小学生のガキのようにギャーギャー騒いでおしまい。

おいおい、どこがセラピーなんだよ!

【TAROの日記】

2008/04/16(水) 05:38

飛行船(3)

笑ったのは乗船方法。
二人ずつ乗っていくんだけど、前に乗っていた人が二人降りると、次に新しい人が二人乗船・・を繰り返す。
そうしないと傾くそうな・・。

ジャンボジェット機よりも大きいのに12人しか乗れない仕組みからして牧歌的。

なんと言いますか、すべてが牧歌的で浮世離れ。笑えます。

しかし、飛んでみると、その豊かさに拍手。

ジェット機が加速をして、ガーっと上がっていくのは貧乏くさいと思いました。

【TAROの日記】

2008/04/15(火) 05:37

飛行船(2)

どうもレッドツェッペリンは再結成ツアーを敢行する模様。
それとはまったく関係ないけれど、乗った飛行船の名はツッペリンNT号。

何も過去に落ちた飛行船の名前をつける必要はないのでは?と持ったけれど、”日本丸”とか”21世紀号”なんてのではどうかと思うし、”クリスタル・エア号”とか”ワンダフルライフ号”なんてのでも困るので、これでいいんでしょう。

ネーミングは素直が○です。

【TAROの日記】

2008/04/14(月) 05:36

飛行船(1)

今年の『ワイガヤセミナー』は飛行船の上で挙行!!

大阪上空を12名乗りの風船で飛ぶというのは贅沢。
一人あたりの乗船額は軽く海外旅行に行ける金額。

それをニュースレター投稿者6名にプレゼント(1名欠席)。

よーくわかったことは、飛行船に乗るということはちょいとしたセラピーだってこと。

それを予測して課題をみなさまに与えたのだけど、想像以上にそうでした。

【TAROの日記】

2008/04/11(金) 05:50

境界線(5)

「ひきこもり」になったことがないので、よくわからないけれど、あれは「自分」という病気の保存本能なのかな?

境界線があやふやになるのって怖いから、一生懸命ひきこもって自己保存しているのかもしれない。

でも、境界線があやふやで、動くと自分がばらけてしまいそうだから、じっとしているのかもしれない。

まぁ、そのどっちもなのだろう。

では、個人的には、前者よりも後者が好き。
境界線があやふやで、それがあやふや過ぎちゃうので、じっとしているというのには可能性を感じる。

ところが、あやふやになるのが怖くて、じっと安定を保っているとすれば、その先には滅びしかない。

ひきこもっていなくても、そんな感じの人はたくさんいる。

・・・・・・・・と「自分」という境界線のあやふや感を感じたら、思ったのだった。

田舎は、これからが桜の時期。
桜の花が織りなす境界線のあやふやは、酒の肴に良い。形を守ったら終わりなのだ。

自分に起こるあやふや感は怖い。でも、これが生きるということなんだね。

【TAROの日記】

2008/04/10(木) 05:49

境界線(4)

私という病気のことを考えていたら、会社も病気のような気がしてきた。

そう考えると、トヨタという病気はなんか凄みがある。
もし、あれをみんなが病気と認知したら、ゴジラみたいなものだな。

会社にも境界がある。
経済学では、会社の境界というのは重要な概念だ。

しかし、この境界もあやふやだ。
と言うか、境界があやふやな会社の方が業績が良いときたもんだ。

そういえば、昔、ヘドラという怪獣がいたよな。あれは、境界があやふやな怪獣で、1971年にゴジラと戦ったオタマジャクシだった。

きっと、トヨタというゴジラと戦うのはヘドラのような会社だ。
まぁ、映画ではヘドラは負けちゃったけどね・・・・・・。

【TAROの日記】

2008/04/09(水) 05:41

境界線(3)

「自分」という境界線のあやふやが極端になる病気に統合失調症というのがある。

その病の中で安定すると、チャネラーやらイタコやら教祖様になってしまう場合もある(教祖様たちの全部が病気だと言っているわけではありませんからね)。

しかし、そうした病が本当に病なのかどうかはわからない。

芸術家の創作は、こうした境界線の危うさから生まれる。

「自分」が、ガチンと確立していると創造性は生まれない。

だから、安定している方が病の可能性がある。

私とは、きっと病気なのだ(あらら、中村うさぎじゃないか!)。

【TAROの日記】

2008/04/08(火) 05:45

境界線(2)

隣の家と自分の家の境界線なんかも意図的なものだ。
別に、正確には言えないはず。

田舎に住む私の家の土地なんて、境界線がいい加減なために売買できない部分がある(じゃー、おまえはどうやって手に入れたんだーぁという疑問はここではナシということで・・)

地球だって、どこからが地球でどこからが成層圏なのかはわからないし、海と陸の境界もそう。

一応約束事として境界は設けているけど、あんな怪しいものはない。

そうすると、「自分」という境界線もあやふやが当たり前で安心していいのでは?

それどころか、境界線を意識すると、途端に問題は増えるような気がする。

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