【TAROの日記】
ケムール人2016/02/23(火) 08:32
2月も終わろうとしている。
今のところ新潟には6日しかいない。
ブログを書くのも久しぶりだ。
東京にマンションを借りて10年以上になるけれど、最近やっと「東京の生活のようなもの」が定着をしてきたような気がする。
「東京の生活のようなもの」は「新潟の生活」とは大いにベクトルが違う。
“のようなもの”なんて言っているのはそこのところの気分がある。
その気分を一言で言ってしまえは”向上”ということになると思う。
仕事でもないし、生活でもない。
もちろん、仕事に行っているわけで、大いに仕事をし、同時に大いに遊んでもいると思うけれど、そこかしこに”向上”という要素があり、その流れを敷衍して生きているなーと思う。
「東京の生活のようなもの」の周辺を見てみると、いろいろな分野のサポーターが自分の周りに集まってきていることに気づく。
そして、そうしたサポーター込みで自分の人生になっているのだ。
晩年・・と表現したらいいのか、ちょっと違う感じもするが、壮年というのもニュアンスが違うので、ここでは晩年としておくけれど、晩年というのはこういうことなのだな・・と思う。
ガムシャラに働いてきてみたら、次のガムシャラ君たちが私をサポートしてくれていて、私はケムール人のように彼らの人生の一部を吸収して、自分の人生を作り上げている・・ってことになっていた。
なるほどー。
自分も若い頃から、人の人生の一部になっていたのかもしれない。
そして、今もそうなのかもしれない。
『ウルトラQ』のケムール人の回のラストは、当時、幼稚園児だった私に衝撃を与えたが、今は、「あーそういうことなんだ・・」という気分を与えてくれたりする・・。あの消えたおじさんは元気なのだ、きっと。