カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2013/09/30(月) 08:34

価値観の相対性

土曜日に、20代の若者(大学生)に会う。
でぇ、普通に、
「君たちの時代は、お父さんのように、どこかに勤めて一生をまっとうすることはないからなー」
みたいなことを言ったら、
「え、そうなんですか?」
と、やっぱり普通に言われてしまって、とてもびっくりした。

毎年、学生の就職人気ランキングを見て、その勘違いしたランキング(仕方がないけどね・・)を笑っているわけだけれど、んーーーーーー、私たちが普通に理解していることって、ちょっと世代や世界が違うとまったく普通ではないのだ・・とあらためて思った。

最近、どういうわけか、自分の世界以外とのコミュニケーションが多くなっている。
これは私のようなものには、とてもおかしな状況なのだけど、別の価値観との出会いはそれなりに面白い。

ただ、あまりにも前提が違うので、会話に困る。
前提のすり合わせって結構難しい。
説明を始めたら、丸一日あっても足りないはずだ。
だから、前提の食い違いは、ある程度飲み込んで、表面的な日本語を交錯させることになる。
まー、一言で言えば、「わかってねーなー」ということである。

しかし、それはこっちから見たことであって、あっちから見れば、「わかってねーなー」はこっちである。
または、私はよほど、変な人物に見えているはずだ。

子供の頃、「変人」を褒め言葉だと思っていた私は、別にどう思われようと良い。
むしろ、自分の相対化ができるという点では、ありがたいことだ。

ただ問題がある。
「あんたって、わかっているね」だけでは、別に大した相対化ではないし、「言葉が通じねーな」なんてことも毎度のことなので、大した相対化にならない。

私は、もっと、こっちがギャフン!となるような相対化を欲している・・・・・・・。

追記
これから京都に1週間。
端っこの方にいるので、毎度のことだが、京都観光とは縁がない。
でも、京都の空気は好きだ。
理由はない。

でも、一番好きなのは、京都まで向かう北陸の鉄路の過程だったりする。
なぜか、このコースは創造的になる。
不思議なのだが、いつもそうだ。
だから、これから列車に乗るのが楽しみだったりする・・。

・・ということで、また当分書きません。

【TAROの日記】

2013/09/27(金) 09:03

学生街の喫茶店

『学生街の喫茶店』は嫌いな曲だった。

すぎやまこういち、という人がどういう人かは知らなかったけれど、「職業作曲家」の作った・・というのが気に入らず、そもそも、あのCSNY張りのギターが聴けない・・・・・・。

ところが、この曲は、大ヒットした。出世作になった。
私が小学校6年生の時のことである。

そもそも、このヒットがなければ、小学生のガキが、彼らを知ることはなかっただろう。
もちろん、彼ら経由でCSNYを知ることもなかったかもしれない。

やっと、アグネス・チャンとか桜田淳子とかに少し興味を覚えたガキには、基本的にアイドル指向が極端に欠けていたらしく、『明星』とか『平凡』とか買ってきたものの、アイドルにはすぐに飽きた。そんなものよりも良い音がある・・。それを発見してしまった。
そのきかっけをくれたのは彼らだった。

しかし、『学生街の喫茶店』はいけない。
あの曲で、彼らの世間的イメージができてしまったことも面白くない。

彼らには、今なら”ソフトロック”という枠組みで語れる名曲が多数。
ハーモニーもギターも秀逸だった。

私は、テレビで、マンドリンを弾く彼らに驚き、レコード屋へ走り、生まれた初めてLPなるものを買った。
その時買ったライブアルバムは、今見るとギクシャクした構成だけど、ガキが驚くには十分の出来だった。
CSNYを知らないガキには、「トゥ、トゥ~」とか「ラ~ララ~」とハモるのが、とにかくカッコ良かった。
後に、S・スティルスの1stやCSNYのライブで元ネタを知ることになるわけだが、ガキには適度な麻薬だった。

そして、あの頃、刷り込まれたギターの音が絶対基準になってしまっている。
すべての音の価値は、あの音が基準である。

マークが新譜を出した。37年ぶりだそうである。
新譜は『学生街の喫茶店』からはじまる。
アコギの音一発で勝負が決まった。面目躍如である。
こういう『学生街の喫茶店』こそ、GAROの曲だ。
40年経って、やっと本当の『学生街の喫茶店』を聞いた気分になった。

なお、同アルバムには、漣くんアレンジのマンドリンの曲もある。
悪くない。
でも、あのテレビで聞いたものが聞きたい・・・。
『4』に入っているのも、アレンジが歌謡曲でダメなのだ。
こっちも40年経ってるんだから、なんとかならないものか・・(1973年の歌謡番組の音源を持っている人いますか?)

ほとんど、日本の音楽史から無視されてきた感がある彼らが、再考されるのはうれしい。
数年前に、紙ジャケボックスが発売された頃から再考ははじまってたのだと思うけれど、今回の復活はインパクト大。

今やっているバンドのスピンアウト企画で、アコギ・バンドをやるという話がでているのもタイミングか?
メンバーの誰も知らないと思うけれど、ここは強引に『暗い部屋』をやりたいなー。

【TAROの日記】

2013/09/26(木) 08:53

必然性

50歳を過ぎたからだろうか、余計なことを排除することに気持ちがさらに強くなっている。
もともと、サンバ踊り、付和雷同、悪霊取り付き(悪霊については、今度の本に出てきます)は大嫌いな質なので、あまりムダのない、言い換えれば、面白味のない人生を生きている自覚はある。

でも、「必然性」という基準で見たら、まだまだ・・。多くのムダをやっていると思う。
それが、最近、無性に許せなくなっている。
だから、徹底的に、排除をしたいのだ。そして、「必然性」だけを残したいと思うのだ。

例えば、この仕事に、「必然性」はあるか?と聞いてみる。

答えは、直感で良い。
頭で、理屈をこねるのは、すでに、「必然性」のない証拠だ。

こういう質問もしてみる。
会社に、「必然性」はあるか?

こういう質問もある。
この人と一緒に仕事をするのは「必然性」があるか?

究極、今の家族と一緒にいるのは「必然性」があるか?という質問さえ成り立つ。

持ち物もそう。
私の書斎には、大量のギターやレコード、本が並ぶ。
これらに、「必然性」はあるか?

中学生の時に買った15、000円のギターは、今もある。物持ちは良い方なのだ。
このギターは、この間、モンゴルでも大活躍してくれた。現役なのだ。

でも、30万円近く出して買った黒のレスポール(好き者にはたまらない逸品)は、メンテには出したけど、弾くことはない。
「必然性」は怪しい。

アンディー・パートリッジのシグネイチャーという日本に数本しかないだろう変わり者の証明みたいなギターもある。
確か、36万円くらいしたはずだ。
音はいい。ハムバッキングの魅力を、フルに出してくれる逸品。
でも、これで一曲弾き切ったことはあったかどうか・・(こんど、バンド練習に持ってこ・・)。
やっぱり「必然性」は怪しい。

机の周りもそう。
「必然性」とそれ以外がぐじゃぐじゃになっている。
これを直感でエイヤーすれば、机さえなくなるかもしれない。

逆もある。
「必然性」があるのに、手に入れていないもの。
そういうものもあるはずだ。
どれも地味なものばかりだと思うけど、それを見つけるのも楽しいと思う。

若いにーちゃんが「必然性」とか言っていたらアホだけど、50歳のおじさんがコレを言うのは良い。
それも直感的に良いと思う。

でも、オカモトという男は、若い時からそういう傾向があったアホだと反省もしつつ、秋めいてきたので、そんなことを考え、少しずつ実行する腹なのだった・・。

【TAROの日記】

2013/09/25(水) 09:19

風景の変更

今日は、秋らしい気持ちの良い天気。
会社の窓から見える山もとても綺麗。
もう少しで松茸の時期なので、山に入りたくて無性に体が動いてしまう。(窓から見える山の中腹は、松茸が確実に取れる場所があります)。

・・と言っても、ここ数年は、山菜採りやキノコ取りで山に入ることはまったくない。
気づいてみると、10年はご無沙汰している。

ここのところ、いろいろなものを復活させているので、そろそろ山に分け入るのも復活時期かもしれない。
忙しいのと足を痛めているのとで、随分、好きな山からは遠ざかってしまって、ここ数年は家族登山と低山ハイクのレベルくらいしかしていない。

そうは言いつつ、ブータンの山やネパールのトレッキング(?)、ワイナピチュ・・・と日本以外の変なところは歩いていて、登山に毛の生えたレベルだけど、騙し騙しで楽しんでもいる。

おそらく、来年一年が終わると、仕事はかなり楽になってくる予定。
予定は予定だけど、時間は取られなくなってくると思っている。
だから、そろそろ、雪の山に行きたい。
高いところでなくてもいいから、無性に行きたいのだった。

少し、登山用具の整理をしてみますか。
ピッケルとか冬用の登山靴とかどこらへんに隠れていることか・・。

自分の”無性”って奴に突き動かされながら、風景が変わってくることを予感する。

おそらく、心象風景の変化が起こるのだと思う。
今までも、そうだったのだ。
ただ、最近は、そういうことに意識的だから、予感の理解が早くなっているのだ。

もう一度、理想の心象風景を作ってみよう。と思う。
なんだか、楽しくなってきたぞ・・。

【TAROの日記】

2013/09/10(火) 08:27

120で16ビート

ギターを本格的に再開して、1年と8ヶ月くらいになる。
その間に、ギターの購買欲ばかりが高まり、3台も増えてしまっている。

それでも、いろいろやっていると少しはマシになるもので、随分、指が動くようになってきた。
また、昔やっていた曲も、思い出しはじめてきた。
不思議なもので、指が動き出すと、曲も思い出す。
やっぱり、身体に入っているんだな・・とあらためて発見。

ただ、そんななかで16ビートだけは封印してきた。
バンドでジェームズ・ブラウンをやったり、J-POPの16ビート弾きまくりの曲もやっているけど、うまくごまかして8ビートでやっている。

16ビートは鬼門だ。
これがオチャノコサイサイだと、いくらでも膨らませることができる。刻みは無限になる。
しかし、中途半端にやると、どんどん下手になる。

そこで、封印して、16ビート風でやってきたけれど、ここ半年ほど少しずつ解禁している。
ただし、ゆっくり。
最初はBPM=80という超低速からはじめて、少し上げてきて、今は用心深くBPM=120でやっているが・・・・・・・。

今日からやめることにした。
安定してできているとは思うけど、少しゆっくりにする。
おそらく、BPM=110くらいで当分やっているのがいいだろう。
これでも十分実践はやれる。

挑戦というのは難しい。
「ちょっと高め」を選ばないと悪い癖がつくだけでロクなことがない。
・・といって、「できる」をやっていたら、進歩もない。
騙し騙しどこを選ぶかの連続である。

「ちょっとできない」も微妙で、その”ちょっと”が悪い癖をつける可能性もあると考えると評価が難しい。
でぇ、直感に頼るしかない。
本日、私は、ここのところやっていたBPM=120をやめた。
できていたけど、やめた。
直感である。

そして、もう少し安定感を獲得してから次に行くことにした。
そこで、BPM=110である。

年取ってから、楽器を再開したことのメリットはここにある。
さすがに、世に出て、一端に生意気をやってくると、知恵がつく。
そして、現在の結論は、ギターで表現するとコレ。
でぇ、1年8ヶ月のギターでの検証で、このことは正しい・・という確信になっている。

つまり、これを商売で言い換えると・・・。

あ!!これはもったいない。こんなところに書くのはあまりにももったいな過ぎる・・。

一応、この話からいろいろ想像してみて下さい。
とんでもない本質が隠れてますので・・。
表向きの「ちょっと高め」とか、そんなこと以上の本質があります・・。

明日から3日間は軽井沢。
数名の有志と合宿に入ります。

あっちは、だいぶ涼しそうだな・・。

追伸
本日、まったく関係ないメンバーで前夜祭みたいなことが突如勃発したようだけど、仕事してぇーーーーーーーー。

【TAROの日記】

2013/09/09(月) 08:28

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブをビルボードライブ東京で見る。
おそらく最後になるであろうオマーラのボーカルを見るためである。

実は、1998年にキューバに行った時にもブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブを見た。
体育館のような場所で食事をしながら見た。
食事は、肉を筆頭にどうにも食えない料理が出され、酒だけ飲んでいたと記憶する。
あのオリジナルメンバーで出演したのは一人だけで、後は全体的に若いメンバーで、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブも観光の一つになっていると理解した。

そのキューバで見た若いブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとは別物が目の前にいた。
リズムがまったく違う。
何なのだ、この何とも言えないアフタービートは・・。
オリジナルメンバーも数人いたように思う。

そこに、オマーラが現れた。
83歳。
彼女がステージに現れただけで、場ができる。
もの凄い存在感。
そして、変わらぬ声。
会場は興奮の坩堝と化していく。
もちろん演奏も乗ってくる。

円熟・・・などという言葉を、私は使える立場にないが、こんな風に熟れたい・・と思った。
最後は、存在感だけでいいのだ。

そんなことを考えていると、ペラペラしゃべるのが馬鹿らしくなってくる。
いれば、それでいい・・・ってのでないと人間はダメである。
しかし、そんなことを考えている男が本を書いている。
ペラペラと語っている。どうにも薄っぺらいではないか!

「目覚めよ、パリ!」
『ポンヌフの恋人』のラストシーンで、レオス・カラックスが叫ぶ。
アレックスたちは、老人の船に乗り、ポンヌフから旅立つ。
若者も年寄りも旅立つ。
終わりはないのだ。
老人夫婦と若者たちを乗せたボートは、どこへ向かうのか?
オマーラは、そんな船に乗せてくれたような気がする。
いつものやり方を続けていてはいけない。
形式美などクソ食らえ、である。

自分をさらに世界に投げてみようと思った。
ハイデガーが言ったのは、おそらく、自分を投げろ!と言ったのではないと思う。
世界の企てを投げろ!と言ったのだ。
でぇ、世界の企てなどクソ食らえであるけれど、自分を投げなきゃ始まらない。
自分を投げることは、世界の企てを投げるということなのだ。

世界よ勝手にしろ!オレも勝手にする。
パンタの「さよなら世界夫人」が頭のなかで鳴っている。

【TAROの日記】

2013/09/05(木) 08:22

想像力は貧困だ・・。

日本中が、熱帯みたいな天気になって、竜巻とかに襲われている。
ここ数年の、散発的なゲリラ豪雨にはじまり、確実に、橋を渡った感じだよな。

天気というのは、直線因果律で進むものじゃないので、来年は、これ以上ひどくなる・・という風には進行しないのだろうけど、紆余曲折を経ながら、年々、熱帯的になっていくのかもしれない。
だから、今年は「はじめのおわり」なんだろうな。

私は、なぜか、20年前にこうなることを予測していて、土地を買うときに、林に囲まれた場所を選んだ。
当時から明確に言語化していて、南には林がないといけない・・などと言っていた。

まー、南の林が効果的かは謎だけど、高台、林、水の心配なし・・という3条件で土地を探した。

しかしですよー、人間の想像力なんて貧困だ。
なんとなく思っていて、対策を考えた人間でも、別に具体的な経験があるわけでもなく、あまりよくはわかっていない。

だいたい、テレビ画面を見ていると私のとった策などちゃんちゃらおかしそうだ。
南と東に広がる林の機能も謎だ。

人生なんて短いなーということを発見して10年くらいになるけれど、短いながらも、なかなか変化は多い。
なんだかんだと歴史的事件も何発も見てきた。
今も、歴史の中にいる・・と実感できる。これは楽しい。
そして、日本の熱帯化も歴史の中の一つだろう。
まだまだいろいろ起こる。
浅間山が噴火して、ペストが流行して・・みたいな教科書で見た景色は、今も起こる。
人が生きていれば何でも起こる。ブラックスワンはいつもそこにいる。
生きているうちに後どれくらい経験できるものかね。

【TAROの日記】

2013/09/03(火) 08:25

健康診断

今日は健康診断であーーる。
健康診断は大嫌いであーる。
40歳になってからやるようになったけれど,胃の検査はしない。
人間ドックというのも好奇心でやってみたけど、今はやめた。
一応念のため、血液検査だけしておこう・・という趣旨である。

とにかく待たされるのが嫌で嫌で仕方ないのだが、一番腹立つのは、栄養士とかいう人のレクチャー。
あんな当たり前のことを長々とお、しかも毎日何人にも話せるというのは凄い能力だと思うが、迷惑だ。
ちょっとは、こっちがびっくりするようなことを言ってみろよ。プロなんだから・・といつも言いたいと思っている。
おそらく、態度には出ていると思うから、私は嫌なやつの一人だろう。

さらに、腹が立つのがお昼代です・・と言って2000円をもらうこと。
あのなー、それはオレが払ったお金なんだよ!
当社の全従業員が「ありがとー」と言ってもらっているそのお金の出所は、当社なんですけど・・。
よくまー、こういうことをやるもんだ・・と思う。
これは犯罪に等しくないか?

でぇ、いつもこんな気分で行くから、私は誰の顔を見ても不機嫌だ。
事務の人にも不機嫌だ。
世界で一番嫌な奴になっているかもしれない。

来年から行くのやめるか・・?と言って何年経つかな?

【TAROの日記】

2013/09/02(月) 08:22

優里くんのプロモにやられている

先週の金曜日に、久々のバンド練習があった。
バンド練習時には、課題曲の他に、個人芸を一発披露しないといけない。

しかーーーーーーし、今回は特に時間がなくて、課題曲の練習はおろか、いつも勝手に凝っている個人芸の準備もなし。
そのまま東京に仕事に来てしまって、日にちはたつばかり。

「どうしよー」と思ってバスに乗っていると、頭の中で『読書』がなる。
星野源をフューチャーした優里くんの名曲である。
普段、エレクトロニカとして聞いているけど、よーく考えてみると、これは単純なフォークである。

そんなわけで、『読書』をコピーして、やることにした。
・・と言っても、出張先には何も音源がない。
でぇ、youtubeを見ると、ちゃんとあるではないかい!
本当に便利になったものだ。
歌詩だってなんだってすぐに手に入るのだから、驚くべきだ。

そんなわけで、これを見た。
http://www.youtube.com/watch?v=SXrh7HmHr8k

これがたまらん。
コピーどころではない。
プロモの終わりの方で、女の子の手が伸びるのがたまらない。
差し出された手とは、これほどに魅力的なものか!!!!!
魔的さえ、ある。

歌詞と絡めれば、めくる手があり、差し出される手がある。
めくることで、手が差し出される。
そして、そこは別の世界なのだ。

これって、私たちの生き方そのものではないか!
ラストのサビは、そう読むとさらにたまらない。

当日の個人芸は、なんちゃってコピーだったので、まーこんなものか・・だったが、もう少しコジャレたアレンジをしてみたくなった。

【TAROの日記】

2013/08/22(木) 08:22

しばし待つ

朝、納豆を冷蔵庫から出して、醤油を入れて、クチクチした。
ご飯を入れて・・・と思ったら、ご飯がない。

炊き忘れたらしくて、炊飯器には研いだ米が入っていたので、ドキドキしながらスイッチを入れた。
よくわからないけど、スイッチが入ったので、ご飯は炊けるのだろう・・と思い、しばし待つ。

そのうちカチって音がしたので、さらにしばし待つ。
「5分くらい待てばいいよ」と言われたけど、さらにしばし待つ。

そして、納豆を再度クチクチして炊きたてご飯を入れて食べて驚いた。旨い!!
とにかく、むちゃくちゃ旨い!!

おそらく、納豆を冷蔵庫から出して、さらに空気に触れさせて置いておいたのがよかったのだ・・という結論に至る。
料理人というのは、こんなことをいろいろ実験して、旨いものを作っているんだろうな・・と思った。

「待つ戦略」というのは、私がよくお客様に提案する一見後ろ向きだけど、実は強力な戦略だったりするわけだけど、納豆でもそうなのか・・!!と妙に感心した。

ちなみに、現在、私は久しぶりに本を書いている。
書きたくない気持ちが最強で、ここんところ、ずーっと書いていなかったけれど、書き出してみると面白い。
何が面白いかって、納豆同様に、アイデアが熟成して形になる過程が楽しい。
ただし、そのためには、自分を一回谷底に落とす必要があって、それが嫌で毎度抵抗しつつ落ちていくわけだけど、その後旨いものが食えるというのは良い。

そういえば、人にも熟成があると思う。
しかし、その熟成に抵抗する奴は案外多いと最近感じている。
私には、「今のオレ」が通用すると思っていることが甚だ疑問だ。でも、通用すると思ってるんだよな。相当な自信家だよ・・。

そんなことを考えていたら、今年も年末恒例の「あの」セミナーはやらなきゃいけないな・・と思いつつある。
会場だけは取ってある。12月頭です。ピンと来る方は、田櫓にでも聞いて下さい。
本当は、モンゴルで燃え尽きたのでやりたくないんだが・・。

2026年10月
月 火 水 木 金 土 日
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  
ページトップヘ