【TAROの日記】

2008/02/22(金) 05:19

無貯蓄世帯の増加5

「大磯小磯」の記事に触発されてダラダラ書いてきましたが、本日、まとまらぬままに終わりにします。

現在、フローという大きなストックが目の前に現れた時代ではないか?と私は思います。
サイババがビブーティを空中から出すような無限エネルギーが目の前に現れつつあるのでしょう(言っておきますが、サイババがインチキなのは承知しています)。

そして、その空間へのアクセスは第三国と言われる国々でも起きています。

資本主義を動かす動力は、貯蓄であったわけですが、資本主義以前の世界で交換を保障した動力は、貯蓄とは反対のベクトルのものでした。

先住民族の交換の慣習は、クラ交換を代表に、交換に全人生を奉げるようなものです。資本主義を経験した私たちには理解不能な世界ですが、そうした無償の交換が人類の交易の中で重要な位置を占めていたことは多くの研究から明らかなことです。

どうも、資本主義の変質は、そんな感じで起こるのかな?という気配を感じます。

「貯蓄が出来ない」という現実は確かにあるでしょう。
しかし、「あえて、やらない」というものも現れてきている可能性がある。
そうしたことが可能になった・・。そういう時代の入り口にいるという仮説。

私はそんな仮説で世の中を見てみようと思っています。

【TAROの日記】

2008/02/21(木) 05:19

無貯蓄世帯の増加4

バグラデッシュが豊かになり始めている・・という事実。
2006年の一人当たり栄養摂取量が1946年とほぼ同じ・・という事実。

この2つの事実は個人的にとても興味のある事実だったりする。

私の個人的な考えをここで書く気はない(まぁ、セミナーなどで話しているので、聞いている人はいますが・・)。

ここでは、この事実をボーと眺めていたいな・・と思うだけなのだけど、この事実2つと「大磯小磯」の記事の中の「一般の家計が高貯蓄、すなわち金銭上の大きなゆとりを持つことが難しい時代が到来したこと表している」って言う表現が重ならないんだよなーぁ。
人類は、短い期間で見れば、明らかに、人類最大の悩みを克服しつつあるんでないかい?
あの仏陀でさえ、最大の悩みと言ったメシの問題が解決しているのだ(あくまでも短い目で見たらね・・)。

そんな雰囲気の中で、「大磯小磯」だけが「一般の家計が高貯蓄、すなわち金銭上の大きなゆとりを持つことが難しい時代が到来したこと表している」と表現しているのは、なんだか間抜けに見えるのだけどどうでしょう?

在日のブラジル人が、一戸だての家を建てる時代です。
正直、日本はなんでもできる。

そう思うのだけど、どうでしょう?

【TAROの日記】

2008/02/20(水) 05:18

無貯蓄世帯の増加3

ところで、この間、退職するスタッフとメシを食いに行った。
最後なので、旨いメシを食わせてやろーと連れて行ったけど、まずかった。
すごーく、まずかった。
さらに、店員の態度は最低だった。

さらにさらに、、ワインのリストは充実してたけど、こっちに選ばせてくれない上に、勝手に選んだワインの説明もないときたもんだ。いいかげんにしろよ!!!!(ちなみに、コ○○○○ホテルのフランス料理屋です。もう絶対に行かねー)

そんな腹立たしい店に行った翌週、居酒屋に7人で行った。
久しぶりに会ったので、私が勘定をした。

払うときに、「えー、なんでこんなに安いのー」と思った。
「先週2人で食ったアレはなんだったんだ・・」とも思った。

こうして、岡本の「消費」は、また一つの壁を越えてしまった可能性がある・・。
確かに、こうしたジワジワが「消費」の価値関数を低減させ、いわゆる「マヒする・・」を常態化させるのでしょう。恐ろしい・・。

でも、世の中には、まずは自己重要観を上げるために、服や泊まるところを高級にして・・という無責任な論もある。こういうことを言う人は、収入は支出についてくると言うわけね。

たとえば、もし証明できたらノーベル賞もののこうした考え方を信奉している人が高額所得者にたくさんいたら、どうなるだろー?

当然、貯蓄なんてしませんな・・。

そして、「大磯小磯」の「”高額所得層”でも従前の消費水準の維持が困難となり、貯蓄のない世帯が増えている」とは言い切れなくなりますなー。

それどころか、こうした高額所得者の中には借金が多い人もいるわけで・・。

それを、単純な「消費像」からだけ、物語を描くのは無理があると思うのですがどうでしょう。
基本的に、人は「未来はもっとよくなる」と思えなきゃ消費なんてできないものね・・。

【TAROの日記】

2008/02/19(火) 05:16

無貯蓄世帯の増加2

一般的には「マヒする・・」という表現で使われることは、行動経済学がアスペクト理論などで説明していることだったりもする。その「マヒする・・」ということが高額所得者をも無貯蓄にしているという「大磯小磯」の主張は本当だろうか?

確かに、一杯目のビールが一番旨い!のはその通りで、最近、ワインにはまっている私はビールさえ飲まなくなった。
この間、仲間と居酒屋に行ったら飲むものが焼酎しかなくて、みんなと別れてからホテルのラウンジでグラスワインを一杯やった・・。
昔なら、最初のビール一杯を「プハー」って飲んでいたのに、どういうことでしょう?

でぇ、こんな「マヒする・・」が、どんどん自分を貧乏にするという話だよな。
確かに、収入よりも支出が多ければそうなる。でも、そんなことは昔からそう。だから現在の状況の説明になっていない(と思う)。

それに、貯金と言う行動にも「マヒする・・」(=「価値関数」の呪縛)は起こる。
最初は10万円でも貯めれば、うれしい。でも、着実に貯金をしていると、そのうち100万円でも「んー、あんまりできなかったなーぁ」って思うことが起こる。

つまり、消費だけではなく、貯蓄にも「マヒする・・」は起こるし、収入にも起こる。
だから、消費だけ「マヒする・・」を適用することに少ししっくりこないものを感じる。
ってことで、「大磯小磯」の記事が、高額所得者の無貯蓄を「消費」だけのせいにしているのには違和感なのだった・・。

【TAROの日記】

2008/02/18(月) 05:15

無貯蓄世帯の増加1

2月9日の日経新聞「大磯小磯」では、無貯蓄世帯の増加を話題にしていた。

「無貯蓄世帯」の増加というと、低所得者などの「できない」人たちの無貯蓄が問題になるが、ここでは高額所得者の無貯蓄も話題にしている。

この記事での著者「真和」さんは、「高額所得層」でも従前の消費水準の維持が困難となり、貯蓄のない世帯が増えている」と書いている。
果たしてそうなのだろうか?

そして、「一般の家計が高貯蓄、すなわち金銭上の大きなゆとりを持つことが難しい時代が到来したこと表している」と書いてある。
本当にそうなのだろうか?

と思ったので、今週はこの話題について、フラフラ書きます。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2008/02/15(金) 05:46

フォトリーディングをやめたので・・4

最後の『フォトリーディングセミナー』では、自分らしく終わりたいということで希望者だけの4日目を設けました。
そして、みなさんに古典を3冊一気に読んでいただく機会を作りました。

また、この4日目には、私が考える「読書感」について本音で話させていただきました。
きっと、多くの方が通常考えてきたものとは違ったので「あちゃー」と思ったと思いますが、最後にこのことを伝えることができたのはうれしいことでした。

ちなみに、4日目は10人も来ればいいかな?と思ったら約70名の方においでいただき、変人の多さにびっくり。急遽、会場を変更しての実施となりました。

当日は、時間の見立てが甘く、時間が足りない感じでしたね。
そこで、最後に私が話した内容は再度ゆっくり録音してアップしてありますので、参加いただいた方はお聞きください。

この4日目に、参加者の方々が口々に肩が痛い頭が痛いと言っていたのはうれしいことでした。
「読書ってね、これくらい本気でやらないといけないのよ!」なんて生意気にも言いましたが、やはりこうした読書が人を成長させるものなんだと私は思っています。
そして、開始の1時間で私が説明させていただいたこと。そして終わりの30分で話させていただいたこと。このことが知的生活に不可欠な知恵と思っています(当然、まだあるけど・・)。

これで、フォトリーディングを辞めるのに何の後悔もなくなりました。
ただし、アンケートを見させていただくと、こうした「知的アプローチ」の機会を作って欲しいという要望をけっこういただいていますので、もしかしたら続編もあるかもしれません。
まだ、わかりませんが、そんなことをする気になりましたら、またお付き合いください。

人間は、どこまでも頭が良くなっていく・・。この信念を胸に自己改革を続けましょう!打倒、○○○○です。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2008/02/14(木) 05:29

フォトリーディングをやめたので・・3

フォトリーディングのセミナーでは、ライセンスの関係もあり、言いたくても言えないことが多くありました(最終回では、再受講の方が半分を占めたので、ずいぶん掟をやぶってしまいましたが・・)。

ところで、「説明モデル」というのは、説明のためのものでしかありませんが、フォトリーディングにも多くの「説明モデル」が道具立てでありました(す)。

しかし、それはどう転んでも「説明モデル」でしかありません。
右脳・左脳なんて典型ですよね。
デーゲンに言わせれば、「セミナー屋が自分の都合のいいように使っているだけのもの」ということでしょう。

でも、「説明モデル」が悪いということはありません。誰にでもわかりやすい「方便」として便利です。
問題は、それが「説明の方便」でしかないということ。そして、それ以外の考えもあると言うところでしょう。
ところが、セミナーをやる側がそこを無視して「説明モデル」を真実のように話してしまえば、これは罪です。

ですから、ここら辺は最も気をつけたところでした。

ところが、今は、こうした説明モデルを信じてしまっている人が多いのには驚きます。
インターネット時代の弊害ですね。
それも安易な説明モデル(正にデーゲンが言うところの”都合の良い説明”)が真実として理解されているのには驚きます。

時々、受講生のこうした洗脳をはずすのに苦労した場面もありました。

まぁ、たくさん読書をし、経験も同じように増やしていけば、そんな誤解もいつかは解けます。そのための速読ですからね。

ですから、ライセンス上の都合で言えないこと同様に、セミナーの中ではどこまで話すかが一番気を遣いました。気づきというのは時期も大事ですから、「余計なお世話」の距離感というのは本当に難しいものでした。・・・・・と言いながらも飲み会ではずいぶんいろいろなことをしゃべらされた感じも残っています。みなさん成熟度の高い方々(・・なんて言い方ができるほど私自身は成熟していませんが・・)なので大丈夫だとは思っていますが、ここら辺の案配にはずいぶん悩んだ6年間でした・・。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2008/02/13(水) 05:12

フォトリーディングをやめたので・・2

「速読」ということで、みなさまが期待されることって、案外、都合の良いことなんですよね。

「早く、楽に、何でも!」

だいたい、こういうイメージでいらっしゃいます。

まぁ、冷静に考えればあり得ない話ですよね。
超能力でもあるまいし、自分の既存の知識を無視して読書力を飛躍的に上げることなんてあり得ません。

セミナーでは、「医学大全」を例に挙げて、いくら速読ができても、私には医学の知識がゼロなので「医学大全」はわからない・・などと言っていましたが、ここは速読などと対峙するときに非常に重要な態度です。

「楽」もそう。
今までの能力のままで速く読もうというのですから楽なわけはない(これは、今回、思いつきでやった「古典3冊読破セミナー」で思い知った方々多数だと思います)。

ここら辺の誤解は大きいですよね~。

「速読」は「速」しか言っていないのです・・。

でも、こうした誤解は非常に現代的ですね。
それは、私たちが子供の頃、ウルトラマンにあこがれ、仮面ライダーのように変身しようとした態度と似ています。
まぁ、だれでも「へんしんー」と叫んだだけで無敵になれればこんなに良いことはありませんものね。

「速読」なんて昔からある技術です。
別に新しいものではありません。

フォトリーディングもそう。
セミナーでもお話ししましたが、その一つ一つは昔の技術です(それもほとんどが東洋の技術です)。

それは、「へんしん」願望の道具ではなく、とても足に地の着いた技術です。

この誤解を解くのがセミナーの中では結構大きな材料でした。
本当はそうしたことは必要ないはずなのですが、それが時代ですね。

どうも正論が正論のままでは通らなくなっている。でも、言い方さえ間違わなければみんな正論に納得する。そんな要素が速読の中にあったなーと思います。ここって重要な点ではないですかね・・?

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2008/02/12(火) 05:37

フォトリーディングをやめたので・・1

1月に行った『フォトリーディングエグゼクティブコース』をもって、このセミナーを行うことを終了したので少し振り返ってみたいと思います。

まず、このセミナーは自分にとっては不思議なセミナーでした。
不思議な縁からはじまった感じが強くて(縁の内容は、一部の方にはお話ししたことがあると思います)、「まぁー、縁だからちょっとやるかーぁ」ではじめてみたわけですが、それが6年。
これは重力以外のないものでもありません・・(絶句!)

6年も続いた理由は、いつもキャンセル待ちの方々がいらっしゃったから・・。キャンセル待ちが出て、そのまま止めたらクレームが出ますものね・・(半年前には埋まってしまうという異常状態も長く続きました・・)。

でぇ、6年間で約900名の方々とのお付き合いがありましたので、ちょっと総括してみようと思います。

【TAROの日記】

2008/02/08(金) 05:59

出版社の功罪5

ニュースレターの4月号の原稿に書いたことなので詳しくは書かないけれど、著者でありながら出版をはじめたのは福沢諭吉。
彼は、当時の出版業界の暗黒大陸度に驚き、自分でやった方がいいことに気づいた。
まぁ、矛盾をそのままにしておかないというのはビジネスの鉄則と言うことです。

著作の世界での重要な環境変化としては、著者のリスクが昔よりも増えたことがある。
著作に対する反感が読者に生じれば、著者に対する攻撃が可能になったのだから当然。

ところが、そうした現実を無視して、営業サイドの販売方針が決まる。

自分でも思ったけれど、よくこのままみんな見逃しているよな~。
自分の責任でやったことは、どんなに批判を浴びても仕方ないけど、やっぱり自分の意志を無視して行われたことの責任を取るのは誰もが嫌なはずなのに・・。

これはじっくり考えないといけない問題ですよ。
今更ながら、もっと抵抗しておけば・・・と感じています。
アレも、コレも、ソレも、アッチも・・・・・・・・。みんな抵抗しておけばと思いましたね。

でも、黙ってやられることも多いんだよなーぁ。どうしたことでしょう・・。

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