【TAROの日記】
2008/03/07(金) 05:29
そもそもないのにアテにするお話4
でぇ、最終日です。
とりあえず、これを打っているパソコンは今のところアテになっています。
・・・なんて書くと、急にアテにならなくなるのが、このパソコンです。このパソコンとも付き合い1年ですが、よく我慢して使ってるよな~。
でぇ、そういう風に周りを眺め回せば、我慢して使っているものだらけでしょ。
最近、ヘビーローテーションの『i-pod touch』でさえ、我慢して使っているし、家だってなんだって、100%ではないですから・・。
だから、我慢ができないと何も進まない・・ですよね。
こうしたことを我慢しないで、思い通りに使い切る(特に人を・・)という風潮はますます盛んで、病気の人の行動や刑務所の管理システムの応用などを組織で使う考えも流行してますけど、こうしたことって、多くのハリウッド映画が警告したテーマだったんじゃないかな~と意地悪にも思ってしまう自分がいます。
でも、みんなで我慢したら進歩なんてナシですから、さて、どっちが正しいのかはわかりません。
ただ、人生の半分はアテにする生き方を、残りの半分はアテにしない生き方がいいのかな~とは思います。我慢の種類が変わってくるんでしょうね。
結局、自分の年齢がギヤチャンジの時期に来ているのでこんなことばかり考えるんでしょうね。
でぇ、結論的には、何もアテにしない自分をアテにする・・というのがいいな~なんて思っています。
追記
今週は、結構、具体的な攻撃対象がいくつもありましたが、それについて書かないで書いたので、訳のわからない文章だったと思います。こういうのがしてみたかったんですよね・・。でも、わけのわからない文章じゃダメだし、ちょっと揺れもでたな~(反省)。
【TAROの日記】
2008/03/06(木) 05:28
そもそもないのにアテにするお話 ?幕間?
一度、今週のような感じで、わけのわからないことを堂々巡りで書いてみたかったので、思っていたことが達成できましたが、4日目にして挫折です。
まさに、自分はアテにならなかった・・というところですね~。
立川志の輔の小話にこんなのがあります。
患者「先生、ボク、コーヒーを飲むとき、いつも右目が痛いんです」
医者「それは、困りましたね。ちょっと見ますので、私の前でコーヒーを飲んでみてください」
患者(コーヒーカップを口につけてコーヒーを飲みながら)「あ、イタタタタタ」
医者「あー、スプーンを入れたままコーヒーを飲むからですねー」
患者「あー、そうですね~」
字で書くと面白さが10%くらいになりますが、このナンセンスが好きです。
こういうのを、違う形で目指そうとしたのですが、んー無理ですね~。
仕事をしながらでは絶対に無理。朝の思い付きでは絶対に無理。
これから『初音ミク』に挑戦のつもりですが、これも、無理だな・・。
【TAROの日記】
2008/03/05(水) 05:27
そもそもないのにアテにするお話3
でぇ、「私はアテにならない・・」と強引に結論付けて、昨日を終えまして、結局、私たちって、何をアテにすればいいんでしょう?
・・と問いかけてみると、答えは簡単です。
「アテにならないものをアテにする」
ということでしょう。
「アテにならないけど、彼に頼るしかない」
とか
「アテにならないけど、コレに頼るしかない」
という言葉がありますが、
そもそもアテになるものなんてないんだから、頭の「アテにならないけど」という部分は必要ないんですね。
私たちは、いつも、「彼に頼るしかない」「コレに頼るしかない」で生きているというわけです。
でぇ、自分にも頼るしかないんだから、本当に、「ガンバレ!自分」ですわ・・。
でも、アテにならないものをアテにすると、結構、アテになること多いわけで、「自分をアテにせざるを得ない」だけだとしても、積極的に「自分をアテにする」のは、やっぱり間違っていませんわね(だんだん、何を言っているかわからないなってきたぞ・・)。
最近の「自己実現」解釈の違和感は、こんなところがベースかな?
でぇ、自分の頭もちょっとアテにならなくなってきたので、本日はここでやめます。
【TAROの日記】
2008/03/04(火) 05:26
そもそもないのにアテにするお話2
この「そもそも完璧じゃないのに、アテにしてしまうお話」が最も頻繁に起こるのは最新技術よりも人でしょうね、やっぱり・・・。
任せておいたら、とんでもないことになった・・という話は誰でも経験していることです。
組織というのが凄いのは、こうした最新技術や人や小道具という「アテにならないもの」をたくさん抱え込みながら全速力で走っているというところでしょう。
イメージとしては、『ハウルの動く城』みたいな感じかな?
でぇ、このアテにならないものは、別にいつもアテにならないわけではなくて、アテにもなるわけですねー。
まぁ、アテにならなきゃ、買いもしないし、雇いもしませんわ・・。
でも、大きくなればなるほど、アテにならないものが集積していくわけで・・・。
さらに、一番アテにならないのは、自分だったりするんですから、たまりません・・。
まぁ、わかっていないより、わかっている方がマシだけど。
【TAROの日記】
2008/03/03(月) 05:25
そもそもないのにアテにするお話1
先週、テレビ会議をやっていたら、回線の調子が悪くなりました。
そういえば、月曜日の朝礼もテレビ会議でやるのですが、調子悪かったな・・。
しかし、その前までは非常に順調でした。
話は変わりますが、最近オーディオのパワーアンプが壊れました。
そうでなくても腰が痛いのに、パワーアンプの故障はとても困ります。
でぇ、重いパワーアンプをはずして直しに出しましたが、直ってきたら、音はまったく出なくなってしまいました。
しかし、忙しくて、こんなものにばかりかまっていられないので2週間ほど無視。
そして、2週間後、もう一度かまってみると、鳴るじゃないですか!!
それも良い音。
ここのところ、オーディオちゃんのトラブルが相次いだので、久しぶりに良い音を聞いた感じでした。
「キカイ」という奴はデジタルなイメージがあります。
電話回線なんて、そもそもデジタル回線でしょ!
でも、とてもデジタルぽくない。
いい加減というかなんというか、そんなフワフワしたものを土台にして私たちは生活しています。
そもそも、電話回線なんて、昔からそうだったんでしょうけど、24時間つなぎっ放しの経験がなかったから、これほどお天気ボウヤだとはわかりませんでした。
ところが、今となっては、電話回線が起こす時々の不調は、当たり前ですね。
人というのは、いつも「絶対」とか「完璧」というのを求めるわけですが、そもそも、そんなものはない・・ということですね。
でも、「絶対」とか「完璧」を前提に仕事や生活をするから、コトが起こると大変になる・・・と不調な電話回線に怒りつつ思うのでした(ブログやっているのに、回線不調です・・)。
【TAROの日記】
2008/02/29(金) 04:06
どうして若くなっているのか?5
ってことで、今は非おじさん(非おばさん)運動の時代です。
でも、みんなで若くなっちゃうと、「若い」というのは所詮比較から生まれる言葉なので、おじさんの人もいます。そして、そこが重要。
これからの時代、おじさんは重要です。
「保護P」が少ない人が多い時代には貴重な存在です。
豊臣秀吉は、そんな「保護P」が少ない人が多い時代に、「保護P」が多くて天下を取りました。
いつの時代も少数って有利なんですね。
えー、まったく意図していませんでしたが、「おじさん、がんばれ!」というのが、結論です。
おじさんは、この沈み行く日本を助ける重要な存在です。
そして、この殺伐とした世の中の救いの存在です。
若く見えるおじさんよりも、おじさんらしいおじさんが正しい・・。
絶対にそうなのです。
「自己愛」の時代。おじさんは若くなります。
戦国時代もそうでした。
幕末もきっとそうだったんでしょう。明治維新だって、結局、自己愛の産物です(きっと・・)。
そんな「自己愛」が頂点にある。それが今です。
若いおじさんは、自己愛の塊です。
スティングなんて、筋肉オタクですから、いつも鏡見てるんでしょうね(逆に、アンディー・サマーズにはそういう性格的な方向はまったくなさそうです)。
実は、ずいぶん、わかりやすい時代ってことかな?
さて、そんな自己愛社会の頂点が今です。
それは次の時代の兆しです。
まぁー、それはそれとして、おじさんが若くなる。そういう生存に関係ないことが人々の興味の大半を占める時代が来るとは、マルクスも釈迦も孔子もびっくりですよね。
えー、ということで、結論らしくない結論を半端にかかげたまま今週も終わります。
【TAROの日記】
2008/02/28(木) 05:05
どうして若くなっているのか?4
明治時代に生きていないのでよくわからないけれど、明治時代のおじさんって江戸時代から見ると若かったんじゃないかな?
例えば、『福翁自伝』を読んでると、福沢諭吉っていかにも・・・でしょう。
『高橋是清自伝』を読んでいても、そう思う。
諭吉の婿の福沢桃助なんて、なおさらでしょ(会ったことないからわからないけど・・)。
松永安左エ門なんて、名前に騙されちゃいけません!
確かに、彼らは髪は染めていなかったでしょう。
でもね、オシャレだった・・。
あれ、オシャレで思いついたんだけど、戦国時代もそうだよな。
「カブク」とか「バサラ」なんて言葉があったわけでしょ。
あれあれ、そう考えると、人類は、若くなるというベクトルを絶えず歩いているだけ?
いやいや、そうは言い切れないな。
だって、幕末前史の登場人物って結構おじさんでしょ。
いきなりですが、ガンジーもおじさんだよな。
おじさんと非おじさんの循環運動があるのかな?
でぇ、昭和は、おじさん運動の時代だった。
逆に、平成は非おじさん運動の時代というわけ。
明治時代と大正時代も非おじさん運動の時代ね。
江戸時代は、田沼時代は明らかに非おじさん運動だよね。
おおおおおおお、こんな歴史観って過去にないぞー。
もし、これを分析したら、ワタシは嚆矢だーーーぁ(意味ないけど・・)
ってところまで話が展開(?)して、明日は最後です。
【TAROの日記】
2008/02/27(水) 05:04
どうして若くなっているのか?3
子供のままでも生きていけてしまう世の中は、おじさんを若くし、子供を子供のままにし、思春期を遅らせ、世の中から多くのイニシエーションを奪ってしまっている・・・なんてことを昨日は一応書いたつもりなのですが、例外があるんですよねー。
それが、正しいおじさんであります。
まぁ、心の中は子供なのかもしれないけれど、とりあえず、外見がおじさんなのだ。
そういえば、当社にも、若干一名、おじさんがいた。
昨年、退職したので、今は、おじさんがいない。
でぇ、彼がいた場面といない場面を考えてみると、トトロが1匹いなくなった・・という感じかな?
抱っこしたくなる存在がいなくなったってこと。
もう少し言葉を変えると、”安心”ということでしょうか?
昔のおじさんの役目の一つは”安心感”だったと思うんだよな。
だから、若いおじさんというのは、”安心感”の対極にある。
ミック・ジャガーにもスティングにも加藤和彦にも安心感なんて感じないでしょ。
父という存在もそうだったよな。
大黒柱という表現があったくらいです。
だから、今、私という父親は、子供から”安心感”とか”大黒柱”なんていう位置にはいないと思う。
TA的に言うと「保護P」の強い人が減ったんだろうな・・。
昔も今も、保護的な要素が強い人に名経営者が多いと思うんだけど、でもでも、明治時代の名経営者には、そうじゃない人が多いでしょう。
んー、待てよ。
確かに、生存の恐怖がなくなったことが、いつまでも私たちを子供にしているとは思うけど、それだけじゃないな・・。
なるほど、明治時代かーーーーぁ。
【TAROの日記】
2008/02/26(火) 05:02
どうして若くなっているのか?2
考えてみると、私も頭を染めている。
スティングを見て、「あ、この髪型、してみたい・・」とも思った。
46歳である。
昔の46歳は、こんなこと考えなかったはずだ。
私が10歳の頃、私の父は46歳だった。
父は、いつも鉢巻をして腹巻をしていた(あれ?バカボンのパパじゃん!)
それが、正しい日本のおじさんだったのだ。
今の私は、父の時代だと30歳代の雰囲気もないだろう(と思う)。
理由の一つは、明らか。
生きるのが楽になったのだ。
こういう言い方は誤解を生むかもしれないが、基本的に楽になったのだ。
どう考えても、昔よりも生存の恐怖がない。そういう世の中なのだ(目先をだけでみたらという前提でね・・)。
ガキも大人になる必要ない。
大人にならなくても生きていけてしまうのだから・・。
ひきこもり・・という現象(あえて、「現象」と表現しておきます)もそう。
それどころか、ひきこもって、一日中、面白いプログラムを作ったり、相場を張っているような人のほうが稼いじゃっている例もあったりする。
人は、生きていけないことをあえてやったりはしないでしょう。
ただ、逆もある。
今でも、正しいおじさんっている。
私よりも年が下なのに、「どうして、あなたはそこまでおじさんなんですか?」という人もいるのだ。
あれはどうしてなんだろう?
【TAROの日記】
2008/02/25(月) 05:01
どうして若くなっているのか?1
ポリスのコンサートに行く。
3ピースバンドの再結成。アンディー・サマーズにいたっては65歳。
大丈夫なんかい?という疑心暗鬼は、はじまる直前まであったけれど、それはスチュアート・コープランドのドラムの音一発で吹っ飛んだ!!
それにしてもスティング。
確かに、音程を下げて歌ったものもあったけれど、なんちゅー声なのだ・・。
とにかくカッコがよろしい。
筋肉オタクな毎日らしいが、本当にニクタイビ?でもある。
でぇ、コンサート当日、加藤和彦を見る。
アリーナ入り口に立っていたのだけど、あまりの若さにびっくり。そして、スマート。とても60歳過ぎには見えない
明らかに、おじさん達は若くなっている(おばさんもかな?)。
こうした有名人だけではない。
明らかに、先進国の人類は若くなっている。
どうしてなんでしょ?
・・・・・・ってなことをフラフラと考えてみましょうかね。
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