【TAROの日記】
2016/05/20(金) 08:36
休んで仕事
昨日は、午後から休みを取って仕事をした。
変な日本語だけど、私は時々休暇を取って仕事をする。
これがとても具合がいい。
仕事の自由度が増すのだ。
しかし、そんなことは土日に仕事をやっても同じだろーという意見をあると思うけれど、これが実に違うのだ。
何が違うのかは一言では言えないのだけれど、やっぱり土日は土日なのだ。
どこかに仕事をしている罪意識がある。
それに対して休暇を取ると、「おまえは何をしてもいいのだー」という気分になる。
そして、やっぱり仕事をするのだけど、私は「おまえは何をしてもいいのだー」の気分で仕事ができるからいろいろと広がる。
昨日は、大量のお片づけに時間を使うつもりで休みを取ったけれど、たまっている仕事が片付くだけではなく、さらに新しいアイデアも手に入った。そして、かなりご機嫌な気分で風呂に入り酒を飲み、ギターも弾いた。
ただ事務所で机に向かっていると、お片づけだけで終わるところが、休暇を取って仕事をすると大きな収穫があるのである。
そして、本日はその余韻で突っ走れそうだ・・と思っていたら、本日は『まーけ塾』。来客もあったか・・・。んーー、やっぱり、仕事は休暇がいい。
【TAROの日記】
2016/05/19(木) 08:45
仕事VS身体
昨日の午後くらいから左肩が重い。
鬼のような仕事量をこなしているからだと思われる。この痛みは数日続きそうだ。
身体の反応は、敏感だ。
少しでも緊張感や過剰な労働があると症状で現れる。
これは、50歳を過ぎた私には、ありがたい反応でもあり、健康の秘訣になっていると思う。
よく考えてみると、若い頃は肩の痛み重さは慢性だった。
年がら年中違和感があって、それが当たり前になっていた。
40歳代前半などは、今考えるとよく生きていたと思う。
あの頃よりも、今の方が仕事量は間違いなく多い。おそらく倍どころではないだろう。
しかし、今は慢性的な疲れや痛みはない。
ここ数年のメンテナンスが確実に効いてきたのだと思われる。
仕事と身体もトレードオフの問題だ。
若い頃はこのトレードオフ問題について身体を無視する手を使ってきたが、今はそれができないのでこのトレードオフ問題を真正面から解決するしか方法がない。
そう悟って早や8年。
トレードオフ問題は増えていくばかりだけれど、仕事VS身体が一つの嚆矢になって、他の問題の解決にも役立っているように思える。
ここ数年私がやって来たことは、結局、そういうことに尽きるのだ。パーツを解体し、それぞれのトレードオフ関係を視覚化し、満足数値を定めて優先化。後は、フラフラと実行。
しかし、この効果は大きかったと思う。
そして、この方法を死ぬまで続けていくのだと思っている。
トレードオフの認知は宝の山である。
そして、
【TAROの日記】
2016/05/18(水) 08:31
プリンス~冨田勲~蜷川幸雄
んーーーーー、今年は1月のデヴィッド・ボーイからはじまって悲しい知らせが連続だ。
まー、プリンス以外は年齢的にもそういう時期に入ったからで仕方がないとは思う。
キース・エマーソンまでは、このブログでも追悼してきたが、プリンスあたりからは追悼している間もなく、続報が届く。
昨日、ある人から「蜷川幸雄のいない世界で、代わりはいるか?」と聞かれたので、当然「いない」と答えた。
晩年になっても”初期衝動”を芝居の中に畳込み続けた人はないなと思う。
彼は唯一無二である。
同時に、戦略家でもあった。
テレビでは、「蜷川幸雄は、演出家の名前で人を集めた」と紹介しているが、あんなの嘘だと思う。または、自分が「蜷川」という名前で芝居を見ているので、みんながそうだと勘違いしている。または、実は見たことがない・・のどれかだ。
行ってみればわかる。
あの場には、ジャニーズなどの若い役者目的のおばさんたちがいつもたくさんいて、休憩時間に、「なんか、ぜんぜんわかんないね」と言っている。
そのシーンは、休憩時の”おなじみ”だ。一体いつから、そういうシーンが常態化したかはわからないが、もう15年以上そんな感じだと思う。
ヨーロッパなどと違い。
日本では市場は育っていない。
そういう仕組もない。
それは芝居に限らず、音楽でも映画でもそうだ。
正直、大衆のレベルはとても低い。
そんな土壌で、ちゃんとした芝居をやるのに、いちいち市場を育てていては間に合わない。
そこで、若い役者をセットにする。これで大衆を呼び「わからない」と言わせながらも、その熱量を経験させ、癖にさせる。
そして、その型は花開いた。
おそらく、音楽や映画よりも健康的な状態にあると思う。
大衆を騙しつつ、虜にする。そこに理屈はいらない。
それを熱量だけで勝負する。
数々の名演出が頭をよぎる。
どれが一番だったか?
私はアレとアレとアレだ。
そして、アレも入れたくて、アレも捨てがたい。
・・・あ、冨田勲やプリンスののこととか書けなかった。どうしても直近の事件に気持ちは片寄るなー。
【TAROの日記】
2016/05/17(火) 08:31
刻み
4年前、昔の会社の同期の一人が退職すると聞いて、送別会に乱入。
若干、後輩たちからヒンシュクを買ったように思えたが、そんなことはどうでもいいので、久しぶりに楽しい再会だった。
でぇ、ちょっとしたことがきっかけになって、今度は同期みんなで集まった。
集合場所も、昔遊んだ温泉なんかにして、乙である。
その乙な場所で、たかが4年・・・・を思い知った。で、それはそれは最近のこと・・・のはずなのだが、どうも4年の歳月は結構長いらしい・・・。
4年前の再会時の典型的会話は、
「みんな、あんまり変わらないなー」
それが、今回は、
「年取ったな~」
である。
一体、4年で何があったのか・・?
いやはや、いろいろあったのだと思う。お互いに・・。
そもそも、参加メンバーの多くがこの4年でずいぶん人生が変わった。
役員になったのもいれば、会社辞めちゃったのもいれば、新しい事業をはじめちゃったのもいる(案外、私が一番変わってない・・?)。
でぇ、そんな変化の中で、みんないろいろ刻んでいるのだ。
そして、これからも刻む。
酒を飲みながら、「俺は、これからの10年で何を刻むのかなー」と思った。
ちょっと、刻み過ぎも感じつつ、そんなことを思った。
刻まないではいられないのだ。
でも、だから、刻み方が問題だ。それはそれは大きな問題だ。
同期会が終わってから、一人で『はちみつぱい@再結成』を聞きに行った。
昔、彼らとよく歌ったバンドである(間違いなく、20代にこのバンドの歌を温泉で歌っていた私たちは相当な変わり者です)。
『塀の上で』が染みた。
【TAROの日記】
2016/05/10(火) 09:04
財布
2週間ぶりの出張のため用意をしていると財布がない。
財布を探していて思った。
新潟にいると財布の必要がない。
中には、免許書や保険証も入っているので、実は「必要がない」というのは微妙。ずっと免許不携帯で車に乗っていた可能性もある。だけど、田舎にいるとお金は使うところがほぼないのだと改めて思った。
今日から毎度のように過ごす東京は、1日ウロウロするだけで1万円はすぐになくなってしまう。
イチイチお金のことを考えていたら苦しくてやっていられない土地柄である。
そろそろ暑くなっても来たし、行きたくないな~と思いつつ、また1週間を財布くんと過ごす・・。
まー、それが普通だけれど、今回は、財布くんがずっと気になるだろうな・・。
【TAROの日記】
2016/05/09(月) 08:31
GW後半戦
別に、「GW後半戦」というタイトルで書きたいこともないのだけど、「GW前半戦」「GW中盤戦」と来たので、一応、このタイトルにしてみた。
ただ、「GW後半戦」としたものの、「ただの土日」でしかないので、んーー、どういうものかな~と思う。
昨日は夕方少し時間があったので、ルーパーにバッキングを入力して、ギターソロをやってみた。
味気ないメトロノームとは違って、ギター1本でもバッキングがあると気持ちがいい・・・・・・・と思ったのだが、長ーーいソロの後半に突入すると死角が待っていた。半拍合わない。
どうにも半拍合わない。
そして、ゆるりと原因追求に入るのだが、これが全然わからない。
メトロノームだと合うのに、なぜ?
試行錯誤すること、なんと1時間!!
横でコーチでもいてくれれば、数分の指摘で終わるというのに、全然わからない。
あーでもない、こーでもない・・とやるけれど、一度迷走がはじまるとわからなくなってしまう。
原因は、4小節のどこかにあるはず。そして、いろいろやる。でも、なぜかわからない。
これが一人でやることの大欠点である。
当事者になると、ちょっとしたことてもわからなくなってしまう。
そして、1時間を15分くらい過ぎた頃、原因がわかった。
「どうして、これがわからない?」
わかってしまえば、今度は、わからなかったことがわからない。
わかってしまえば、ここしかないじゃないか!と思うんだけど、わからないときはわからない。
そして、余裕があったはずの時間を無情に浪費して、一日が終わる。
発見があったんだから良かったとも言える。
でも、なんとかならないものか?
より向上して行こうと考えた時、客観的に見てくれる人、いわゆるコーチ的な人の存在は、迷走を避けてくれる重要な要素。
いろんなことを専門家にお任せして、人生後半の充実を組み立てている身としては、まだまだいろいろ足りないな・・と思うのであった。
でぇ、近いうちに、久しぶりに武者修行に行こうと思った。
やっぱり、武者修行なし・・ってのはない。
そういう点で、最近は楽をしすぎているのだと思う・・。
【TAROの日記】
2016/05/06(金) 08:37
GW中盤戦
GWの真ん中の3日間が終わった。
会社に来てみると、あんまり人がいない。
多くの者は今日休みを取って、6連休にしているのだろう・・。
でぇ、妙に静かな事務所は気持ち悪い。実に気持ちが悪い。
休みに誰もいない事務所で仕事をすることもあるが、そっちの静けさの方がいい。
それなりに人がいるのにシーンとした感じは、下手に物音を立てると負けた感じがするような・・・、んーー、なんなのだ、この緊張感は。
ところで、GW中盤戦。
人混みは嫌いなので、どこにもでかけない。
庭で朝ごはんを食べ、、お茶をする。
今読んでいる本に、エネルギーと時間の関係が書かれている。
エネルギーを使うから時間が短くなるのだそうだ。
この知見は思いつきではなくて、ナマコの生体などから来ているというのが興味深い。
私のGwは、そんなわけで長かった。
実に長かった。
そして、短かった。
エネルギーのことはとりあえずエポケーして、時間の感じ方には2種類あるのだと思う。
成果をめざす私には時間は短くて、ただ生きている私には時間は長い。
でぇ、どっちも大事だ。
ナマコと違って、どっちも選べるのが私たち人間だ。
さて、明日からGW後半戦。
ナマコになったり、カエルになったり、人間になったりするのだった。
【TAROの日記】
2016/05/02(月) 08:33
GW前半戦
ここのところ、遊びのWブッキングやど忘れが続いている。
買った落語のチケットを忘れていて逃したり、同日の落語とライブのチケットを買ってしまったり、お金を振り込み忘れてチケットを逃したり、お金を振り込み忘れて逃してしまったと思っていたチケットが郵送されてきたり・・・・・・・・。
んー、自分でも認知症を疑ってしまう。
そもそも忙しすぎるのが原因だと思うが、それにしても「それにしても」である。
そんなバタバタの日々の中でGWは楽しい。
のんびりできる。
数年前までは、GWに家にいることなんてなかったけれど、ここ3年ほどは家で家族とゆっくりしている。
そんなわけで、来年のライブでやる予定の課題曲にとりかかることにする。
曲が決まって半年くらい経つというのに、適当に触って遊ぶだけで、地道に身体にインストールすることを怠ってきた。
特に、今回はソロがかなり難しくて適当にやって避けてきた。
でぇ、そこんところの第一歩に踏み込み、まずは一番面倒な曲を片付けた。
嫌らしいほどに長いソロの曲2曲のうちの1曲である。
ソロの嫌らしいのは、すぐに原曲のスピードでやってしまいがちなところにある。
身体に十分イストールするまでは、ゆっくりじっくり塗りあげていく方がいいのだが、身体に入っているスピードがあるので、どうしても早く弾いてしまう。
原曲は、BPM=125。それを95ー105くらいでじっくりやっている。
しかし衝動が襲ってくると抗えない。
原曲の125は現段階では無理だけど、115くらいまでならできてしまう。
これがいけない・・・・・・。
別に、焦る必要はないし、今ここで早まれば後の苦労が多いのはわかっている。
しかし、早く弾きたがってしまう。困ったものだ。
どうして、人間はワチャワチャしちゃうのか、GWの喧騒を避けてゆっくりのつもりが、なかなかそうはないらないのに呆れてしまう。
明日からはGW後半戦。
仕事もやるが、嫌らしいほど長いソロの曲のもう一曲に取り掛かろうと思う。
まだ、早いのはわかるけど、ここで手を出しておかないと次はお盆までできないのはみえている。
この曲は、テクニカルな曲なので、さらに厄介。
ジジイの脳みそでは覚えるのが困難なのだ。
まー、ごまかしがきくソロ・・というか、そのまんまやる必要もないので、頭24小節くらい覚えたら後は適当でもいいかもしれないが、最初からそういうのもナントネーとも思う。
中途半端に真面目なのだ・・・・・・・・。
さて、今日は仕事も過激だ。
ガンガンやらねばならない。
GW後半戦にやりたい仕事もあるので、その準備もある。
・・・・こんなことを繰り返して、年取っていくんだろうなーと思いつつ、でもこれしかない落ち着きところがないときている。アーメン!!
【TAROの日記】
2016/04/27(水) 08:29
手拍子
ちょっと問題発言になるかもしれないが、手拍子が嫌いだ。
数年前、中野サンプラザで行われた某バンドのラスト・ライブは悲惨だった。
私の右の人と左の人のリズム感がおかしい。
両側の二人が、それぞれ微妙にズレている。
私はバンドのリズムと両側のそれぞれズレたリズムを聞かされてイライラした。
こんな体験は初めてだったが、まーこんな苦痛なことはない。
そして、困ったことに指摘が難しい。
「リズムがズレているのでやめて・・」とはちょっと言えない。
昨日も書いたが、ジプシーキングスのライブでの都々逸リズムにもまいった。
ハチロクとかどう叩いていいのかわからないんだと思うが、それなら手拍子なんてしないのが懸命だ。
ファンクの16ビートを8で叩く日本の会場にも驚く。
ファンクのライブとなると、それなりの音楽好きが集まっているわけだが、バンドは16でも、会場は8という景色はとても普通だ。ノレないことはないが、本来のノリとは違う。本当の心地よさを味わいたくなって不満はたまる。
そして、年配の人の手拍子は基本的に重い。とにかく重い。だから、リズムがあっていても何か気持ちが悪い・・というか邪魔なことが多い。
・・と偉そうなことを言っているが、私だってわからない。
自分の手拍子は聞けないから、実はどうなっているかわからない。
私たちは録音した声を聞くと、あまりの声の違いに驚くことになるわけだが、これは声の質だけではない。何でも録音、録画して、それを聞いたり見たりすれば、自分のやっているつもりのことと実際の差に驚愕するはずだ。
楽器をやっているとこのことが重要で、マメに録音して自分の演奏を確認する必要がある。
とにかく驚くほどに、自分がやっていると思っていることはやっていない生き物なのだ。
ライブでミュージシャンが手拍子を求めることがある。
こういう時は付き合えばいいが、私はわたしのノリを続けたいのであまり手拍子はしない。だいたい、みんなと同じことをするのは嫌いなので生理的にダメなのもある。
でも、私みたいな天邪鬼なんて放っておいて、みんなで手を叩けばいい。
しかし、その手拍子というものが迷惑になることもあるのだ。
クラシックのコンサートではないから厳密なことを言ってもはじまらないとは思う。
大きな会場でみんなで手を叩けば、必ずタイミングはずれる。音の到達時間が違うのだから当然だ(オーケストラは前に座っている奏者と後ろの奏者が微妙にタイミングをずらして演奏しているらしい・・)。だから、細かいことは言いっこなしであるが、しかしねー、時々、困るのですよ。さすがに、左右隣がリズム違っちゃやってたらやってられないでしょう・・。
そんなわけで、私の心の片隅には、若い頃から「手拍子禁止同盟」を作りたいという気分が微かにある。
でも、そんなことはこういうところに書くのも危険な時代である。
「自分のリズム感は棚に上げて・・」とか「自分ばかりわかっているようなこと言って・・」といった代表的な反応を筆頭に反感買うのは見えている。そういう反応も考慮して、文章は書いているつもりだが、まー、そんなことは関係がないのが常だ。
市場がどんどん細かくなっていく方向の奥底にはこんな個人の気分の集合があると思う。
あらゆるワガママが実現可能になった時代、人びとは限りなく同じ価値観を求める。その方がストレスが少ないから当然だ。
同時に、より遠いものとの接近にも熱心になる。
・・・という時代のことを書こうと思ってたら、暴走した。
この件は別の所で書こうと思う。
【TAROの日記】
2016/04/26(火) 08:43
代表して、オーチャードホール。
どういうわけか・・・・。でも、当然のことでもあるが・・・・。でもーーーー、やっぱりどういうわけか。オーチャードホールの景色が辛い。
ちなみに、オーチャードホールとは東急文化村内の大きなハコのことである。
以前も書いたが、昨年のキングクリムゾンは、2003年来日時と客層がまったく違っていた。
ライブは悪くなかったが、客層の大きな違いには驚いた。
同じくオーチャードホールで行われたジプシーキングスは最低だった。
演奏は悪くないのだが、客席の手拍子が都々逸なのだ。
私は80年代後半のフランス発のムーブメントからこのバンドを知った人間なので、その時の雰囲気を予想してライブに足を運んだが、オーチャードホールの景色は、それとは真逆のものだった。
よーく考えてみたら、CMに使われているわけで、それでファン層を広げたらしい。
一緒に行った奴の中には、『ボラーレ』を彼らのオリジナルだと思っている者もいたが、まー、会場もそんな雰囲気だった。
でぇ、ディランである。
毎回予測を超えてくる、裏切ってくるディランであるが、今回の裏切り方はちょっとついていけない。
カバーアルバムを出していることは知っていたが、そのカバーアルバムの方向で来るとは・・。
正直、フランク・シナトラや枯葉を聞きたいと私は思わなかった。
そして、会場の重い手拍子。
リズムが重いのだ。これで、ライブは完全破壊である。
あのライブハウス・ツアーに来ていたアウトローな若者たちはどこにいったのか?
オーチャードホールは老人で溢れていた。
今回のディラン。あれはあれでいいのかもしれない。
しかし、直近2回のライブハウス・ツアーの洗礼を浴びた者には、どうにも居場所のないコンサート(ライブじゃない)だった。
手堅い演奏は素晴らしかったが、会場の重い重い手拍子が気になちゃって、違和感大だった。
しかし、どうしてここまで会場に来る人が変わってしまうのか?
確かに、スタンディングのライブに老人が来ないのはわかるが、あの若者たちはどこにいったのだ。嗅覚がするどいとしか思えない。
その嗅覚がない私は、オーチャードホールに代表されるようなハコでのライブはなるべく避けることにした(今さら、何に気づいてるんでしょうね・・)。
考えてみると過去5回連続、私はこのハコのライブに良い思い出がない。
そういえば、この間のパシフィコ横浜のディアンジェロもオイオイものだったよな・・。
PAがダメダメだったのからはじまって、JB見せられたことまで私は大いに不満だ(ネットでは、みーんな褒めてるけど、謎だよな~)
そういえば、プリンスの追悼してなかったなー。
そろそろ来日か・・勝手に思っていたのでショック過ぎる。
でも、オーチャードホールでライブやるより・・・・・・と自分を慰めるのだった。
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