【TAROの日記】
2015/02/27(金) 08:35
再び、ほくほく線
ほくほく線が混んでいる。
異常である。
鉄道オタクらしい人たちがウロウロしている。
平日だというのに、人が多いので困っている。
来月14日の新幹線開業で、ほくほく線を通る『はくたか』という特急がなくなるので、ほくほく線上は最後のイベント中だ。
そんなの関係ない単なる出張者である私には、喧騒は災難に近い。
ほくほく線が混むのはお盆と年末年始に限られていたので、こっちには心の準備もできていない。
いつものように、なんとなーーーーく乗り換えると、そこは喧騒だったという感じ・・。
数日すると、ほくほく線は記憶になる。
数年すると、ノスタルジーになる。
乗車駅なども変わる。最早、今まで使っていた直江津駅を使うことはない。家から駅の駐車場まで、そして、駐車場からまでの景色もノスタルジーに変わる。
ずいぶん通った。
1997年から18年間。乗った回数は500回くらいか?
その前には、長野経由の信越線時代があった。あさまという特急で東京へ行った。約4時間。
長野まで普通列車で行って、長野新幹線に乗り換えていた時期もあったから、今度で3回目の移動方法の変更になる。
私が乗るのは後1回。
東京に行くときに、ほくほく線を使って、帰りは、新しい新幹線になる。
乗り換え駅である越後湯沢に行くのもフジロックの時だけになる・・・。
【TAROの日記】
2015/02/25(水) 08:32
震
今年は春が早い。
雪国の春の陽気は、優しい空気が残雪の冷気と混ざり合って独特の浮遊感を与えてくれる。
まー、一言で言うと大好きである。
ここ数日は2月というのに、そんな陽気でワクワクしてくる。
しかし、年を取ったなーと思うのは、後何回この陽気を味わえるのかなーと言うこと。そんな考えが自然に浮かんでしまう。
長くて30回。少なければわからない。
いずれにしても、それを味わえるのも限りがある。
そんなことを考えるようになってしまった。
まー、仕方がないか・・。
しかし、そんなことを考えてしまうということは、いろいろ自然に準備もはじめてしまう性分が現れている証拠である。
そんなわけで、60歳以後の自分の仕事のポジションの模索をはじめている。意図的ではない。自然にいろいろ思いついちゃって、そのうちのいくつかは具体的な動きをはじめたり、はじめようとしてたりしている。
どうなっていくかはわからないけど、まんざらではない。
あー、こうなるのねーという感じ。
今年は、「震」の年。
新しいことはじめていく年だ。
そんなことはまったく意識はしていなかったけれど、自然にそうした方向に動いていくのが面白い。
Dファクトリーのあるチームでも、集団でそんなことが起きている。
なぜか、みんなで新ステージに上がるようなシチュエイションが同時多発的に起きている。
おそるべし、「震」である。
【TAROの日記】
2015/02/23(月) 08:31
ほくほく線
寒い雪の中を走るけれど名前は「ほくほく線」という・・・。
立川志の輔が、「ほくほく線」を紹介するときのネタである。
その「ほくほく線」に乗るのも後2回。
来月には新幹線が開通する。
東京までの時間はそれほど変わらないけれど、乗り換えがないのがいい。
それに、「ほくほく線」は風と雪に弱かったので、これでかなり安心できる。
新幹線が通る頃には、東京に行く仕事なんてなくなってるよなーなどと言っていたけれど、おかげさまで、そんなことをほざいていた時以上に忙しくて、東京にも比較的頻繁に行っている。
これからは、突然、東京に行って、すぐに帰ってくる・・ということも可能で、そういうことも増えるかもしれない。
今年は、開通を記念して映像セミナーを行う。
5年ぶりだろうか・・?
やろうと思っている映像の一部に手に入らないものがあって、企画どおりにできるかハラハラしつつ、とにかくやる気でいる。
『まーけ塾』絡みでもなにかやるような予定があるようなないようなで、一応新幹線開通に合わせたことはやるつもりでいる。
さて、東京が精神的に近くなることはいいことか、悪いことか・・?
開通してみないとわからないけど、今は便利になることがうれしいな。
後ちょっとである。
後2回である。
【TAROの日記】
2015/02/13(金) 08:42
再び冬
タイのクラビに遊びにいったせいもあり、すでに気分は春。
しかし、外は雪雪雪。
今年の冬は12月にたくさん降って焦った割には、その後は暖冬に近いような感じで楽だったというのに、後半に来て降っている。
別に毎年のことで、一喜一憂しても仕方のない事だけど、冬は早く終わって欲しい。
窓の雪景色を見ていると、「これから本番」みたいな降り方しているので嫌になっちゃうけど、これがきっと最後だね。
年末から続いた躁的気分は一段落して、おかげで今書いている本はもう少しで最終章突入。
よし今日から書こう!とホテルで一人合宿をしてから、3か月半、忙しすぎてまったく書けなかったけれど、年末から書きはじめたら自分でも驚くような早さ。まだ書きはじめて2ヶ月が経っていないけれど、ほぼ終わった感じ。出張や病気がなかったら、すでに終わっていた可能性もある。
明らかに書くのが早くなっている。
今なら何でもいけそうな感じだ。
それも今回はまったく構成を考えないで、その日の天啓(?)で書くことに決めていた。
だから、苦労を覚悟していたのだけれど、蓋を開けてみると超順調。
アイデアに詰まることゼロ。
イッタイナニガオキテイルノカ・・?
・・・・と思っていたら、ここに来て体調不良。
まー、全体調整なんだろうなー
いろいろ仕事を動かしてしまっているんで、こまったなー
【TAROの日記】
2015/02/12(木) 08:37
え、2月の中旬・・・・・?
いろいろあった。
タイにも行った。
病気もした。
もちろん、仕事は鬼のようにした。
そして、気づいたら2月も3分の1。
完全に浦島太郎である。
日常生活というのはいい。
とにかくいい。
しかし、現在の私はそこに戻ろうとしている最中で、今は入り口が見えてきた程度である。
ついでに、明日を残してまた出張。
さすがに辛い。
しかし、忙しかろうと、重い病気になろうと、私の躁の状態は続いていて、身体が動かせなくて困っている間は、躁的気分が好きな音楽の方向に全力でダッシュ!
バンドのメンバーの人達がだけが知っていることだけど、google+で選曲、コピーに異常に勤しんだ。面白かった。
今日は、朝からモダン・ラヴァーズと無防備都市を熱唱してしまったぞ・・。
フラワーマンのカッティングもちょっとやってみた。
仕事の方も鬼のように遅れを取っているけれど、きっとすぐに追いつく。
そう思えるくらいに躁的エネルギーは続いている。
病気で止まると思ったけど、止まらないわ・・・・・・・・・。
おそらく、本は今月中に書き終わる。
これも最短記録になる。
ところで、昨日は、「雷天大壮」の原稿を書いた。
そして、次の「沢天夬」についても書いた。
ちょっと怖いなーーーー。
【TAROの日記】
2015/01/19(月) 08:34
事務所が寒い
月曜朝の事務所はとても寒い。
土日に人がいない効果は凄いと思う。
新年最初の事務所は、それ以上だった。
9日間も人がいない効果はさらに凄いのだ。
ただ、いるとかいないという話はそれだけのことだけど、寒い事務所で「人がいない」効果を体感する時、「人がいる」という意味は結構深いものだなーと思ったりする。
私たちは、24時間、「自分がいる」という状態にはない。
体外は、適当だ。
そもそも、一日中いるようなことになったら身体がもたない。
事件が起こると疲れるのは、そういう理由が一番大きいと思う。
だぁら、あまり「いる」のもなんなのだ。
しかし、「いない」とお話にならないことは多くて、そのお話にならないことはたくさん置きている。
今日も起きてから4時間ほどが経つ。
どれだけ、いただろうか?
ただ言えるのは、朝の仕事がいいのはそこだ。
朝ごはんになるまで・・・というプレッシャーと会社に行く時間・・というプレッシャーが、かなり「いる」状況を作ってくれる。
「朝早く起きると・・」系の題名読めば結論出てます本には、そういうことって書いてあるのかな~?
【TAROの日記】
2015/01/16(金) 08:41
恒例『年頭セミナー』終わる
あー疲れた・・。
ほとんど常連が占めるセミナーなので、少し防御が低かったみたいで、結構もらう羽目になった。
深く入った人が多かったのだと思うけれど、こっちの修行も足りないとも思った。
そこには、別の面での関係性の問題が隠れているわけで、なるほど、前々から課題だと思っていたことが、こんな形で出たのか・・と思った。興味本位で見れば、なかなかおもしろいし、深い。
そして、いろいろな意味で次のテイクオフがはじまったのだとも思っている。
前向きに生きれば、人はどこまでも行くのだろう。
そして、中に停滞している人がいたとしても、毎日動いているのだから、必ず”生まれ変わる”。
今回の参加者のみなさまには、そこんところを確認しておいてもらいたいと思った。
今回話した近未来像は、冗談でもなんでもなくて、かなりの確率で近い形になる。
そこまでは見えている。しかし、その影響については30%くらいしかまだわからない。
今年は、それが夜が明けるように見えてくる一年だ。
自分のことも世界のことも、少しずつ見えてくる。そういう一年なんだろうと思う。
今年は、いろんな意味で面白いよー。
楽しまないとね!
【TAROの日記】
2015/01/07(水) 01:17
ある著者の間違い・・・・・・・
ある本を読んでみた。
私は、「え?」と思った。
その著者が言っていることが大ウソなのだ。
しかし、私の記憶違いとか私の不勉強というのも考えられる。
実際、ネットで調べてみると、著者が主張することと同じこと言っているページが多数存在する。
どうも私がアホらしい・・・。
そこで、私は忙しいというのに、朝から古典2冊を隅々まで見た。
結論、著者が言う事実はない。
真っ赤な大ウソである。
それをウソだと騒いでみても、主張の要が変わるわけでもなく、それはそれで、「あ、そうねー」ということなのでどうでも良い。
笑うのは、私が見たネット上同主張の書き込みだ。
全部を見ていないが、私が見た数個のページについては引用先がない。
そのページの持ち主が自分で勉強して得た結論のように書かれている。
しかし、ちゃんと勉強していれば、そんな事実には出くわしようがないので、おそらく、その著者の引用だろう。
・・・・・・・・と今さらネット上のアホなことを指摘しても仕方はないけれど、なんだかあまりにもみっともない景色だ。だから、少し厭世観でいっぱいになった。
オカルト系の情報を代表に、過去にウソが証明されているようなものが、根拠の拠り所にされているような例は多いので、今さら厭世観を抱くというのもなんだけど、そういう根拠なき連鎖反応には嫌感でいっぱいになる。知識はある面、群衆人間のための楽しき道具なんだと思う。
ところで、その著者は、その道の専門家を称している。
それじゃー、みんな、無批判に受け入れちゃうわなー。
ところで、私は素人である。
それじゃー、みんな信じないわなー。
誰でも、シグナリングができる時代だから、そのうち、専門家というシグナリングも効果がなくなるんだろうねー。情報の非対称性もなくなってきてるし、その日は結構近いと思う。
積み上げていくしかない時代になんだろうね。
【TAROの日記】
2015/01/07(水) 08:37
1月は働く月だ
はじまったばかりの1月が鬼のように忙しい。
朝は4時半くらいから仕事をしているというのに、それでも仕事はどんどん押してくる。
ただし、とても充実しているのも事実で、仕事という麻薬に浸ってこのまま年末までいくのだなーと諦めている。
ところで、新年というキリの良さは、仕事の方向とか質とか内容に、いろいろな変化をもたらす。
それも2月になれば当たり前になってしまうことだと思うけれど、今は新鮮で面白い。
・・ってことは、創造的仕事の多くは、1月中に目処をつけておく必要があるということになる。
しかし、それを考えたら、とても苦しいことになる。
とてもでないけれど、できない・・・・・・・。
でも、前倒しでやっておかなくてはいけないのも事実で、そうしなくては間に合わない恐れがある。
結局、1月中に死ぬ気で働くというのが解なのだ。
でぇ、気づく。
なんで1月にセミナーを2本も入れてしまったのか・・・・・・と。
そういえば、わが書斎でオーディオを堪能する『オーディオの会』もある。
スケージューリングを間違った・・・と今から後悔しても遅いので、ただ働く。
というわけで、今日のスケジュールも凄いことになっている・・。
【TAROの日記】
2015/01/06(火) 08:35
変化
世の中はいつも変化している・・・ということに同意しない人はいないと思う。
しかし、変化を感じている人がどれだけいるかは疑問だ。
そもそも、そんなことよりも、日常生活で起きる悩みのほうが優先順位が高いから仕方がない。
お陰で、多くの人はただ遅れる。
世の中はそういう風になっているようだ。
そして、私もそんな人間の一人だけれど、年始というのはいろいろな意味で微分を感じる。
それも過剰に感じてしまうので、今の私はかなりどんよりしている。
ついでに、今の微分を感じない人に少し怒りも感じてしまう。
今、易の本を書いている。
その件に関して、いろいろ思うことがって、その思うことは【あとがき】にでも書こうと思っている。
でぇ、そのことは置いておいて、2015年に易というのはタイミング的に良い感じがしている。今の世の中を易で説明したいくらいに良いタイミングだ(本には、そういうことは書きません。本の寿命が短くなってしまうので・・)。
易とは変化のことである(『易経』における、易にはそれ以外に2つの意味があるけれど、それも置いておく)。
変わり続ける構造を見るものだと私は思っている。
本来、人は変化に興味があるから、こういう智慧もある。
しかし、多くの人は変化に対して泰然自若だ。
驚くほどに泰然自若だ。
でも、だから、世の中には階層がある。競争はない。ただ、階層がある。そうなのだと思う。
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