【TAROの日記】
2012/10/02(火) 08:36
兵站
東京に行った妻から、帰りを一日遅らせることにしたと電話。
しかし、家にはすでに飯がない(もちろん炊けばある)。
納豆も食い尽くし、その他も食い尽くした。
それでも外に食べに行くのが嫌いな父子は、なんとか何もない家でガンバローと決めた。
それで、息子がありものでいろいろしてくれて、後から帰ってきた娘も、なんか一人で食い物を食っていたみたいだ。
・・・たった2日しか妻がいないのに、家が壊れていく。
彼女が兵站の要なのは理解しているが、それにしても簡単に何もかもが回らなくなるのは驚く。
昔の戦争は、ほとんど戦わなかったと言われているけど、その理由は兵站にあったと言う。
兵站が限定的だから、戦おうにも戦えなかったのだ。
そんな昔の軍隊の気持ちがわかる・・というのは大げさかもしれないが、兵站の重要性を身にしみている。
早く帰ってきてよー!!
【TAROの日記】
2012/10/01(月) 08:31
健康診断
本日は健康診断。
おかげで、朝飯が食えなくて腹がへる。
数年前まで、人間ドックを受けていたけど、あまりにもアホらしく、健康診断に変えた。
でも、健康診断をウダウダやるのも意味があるのか?
中途半端なことをしないで、みんなやめればいい感じもする。
ただ、妻から血液検査だけでもしておきなさい!と言われてやっている。
中年オヤジの身長や体重をはかることからはじめるウザイ検査の数々に辟易なんだが、終わってからのラーメンが楽しみといえば、楽しみなので、読書がてら行ってこよう・・。
【TAROの日記】
2012/09/28(金) 08:48
紛失物
ここのところずっとのことだけど、紛失物が多い
現在、見つからないで困っているもの
・薄手のパーカー
・本2冊
・楽譜2冊
別に、なくても毎日を過ごせるものばかりだけど、気になって仕方ない。
とてもイライラする。
しかし、最近は、何かなくてイライラしていることの方が多いような気がする。
これは年なのか?
それともモノが増えたせいなのか?
まー、どっちもなんだろうけど、それにしても、このイライラがなくなればと思うよな。
この間まで、なくて困っていた楽譜若干1枚が見つかったと思ったら、今度は大量な紛失。
薄手のパーカー1枚なんてものは、どうやるとなくなってしまうんだろうか?
なくす方もまったくわからない。
【TAROの日記】
2012/09/27(木) 08:27
何も言うことがない
ネット社会後、おしゃべりが増えた。
ブログやフェイスブックなどを通して人は饒舌になった。
私は、このブログを2004年ころにはじめた。
毎日書こうとノルマにして数年続けた。
しかし、3年前くらいから忙しくなりすぎて、出張でいない日は書くのをやめた。
私は、この8年、おしゃべりを続けたが、正直、何もしゃべることなんてなくて、ただただノルマで続けている。
そんな私の気分とは逆に、世の中は、おしゃべりだらけだ。
私は、そんなおしゃべりだらけの景色に違和感を感じながら、そんな状況に片足を突っ込んでいる自分にも違和感を感じている。
・・・と言って、このブログをやめるわけにもいかず、世の中が、ツィッターやフェイスブックに移ろうとも、そんなことを気にしないで、ブログを続けている。
どうせ、一周して戻ってくるのが世の中なので、そのうち、またみんながブログでおしゃべりをするだろうと考えていたりもする。
フェイスブックのようなものは体質的に合わず避けているわけだけど、そうもいかなくなるなーと思いながら、無視を続けていて、代わりにgoogle+で遊んでいる。フェイスブックのように有象無象がいないので、これはこれで静かでよい。
・・・と書きつつ、何も言いたいことなんてないな~と思う。
現在の日本人は、とにかくしゃべりすぎだ。
静かにしろ!と言いたい。
でぇ、そんなことを書いている自分のことも嫌いだ。
さて、後一日書いたら、お休みだぞ・・。
【TAROの日記】
2012/09/26(水) 08:29
GarageBand
とてもとても、今頃だけど、GarageBandに嵌っている。
マックにプリインストールされている評判のソフトなのに、よくわからなくて、ちょっとかまうと嫌になっていた。
それで、いつの間にか入っていることさえ忘れていたけれど、ここ数日のGarageBandは私に優しい。
これは、iPad版も買わねばと思う・・。
どうしてGarageBandは優しくなったのか?
・・・というか、どうして、突然、私は使えるようになってしまったのか?
この答えは簡単である。
必要性が生じたから。
目的があると、その目的に向かってまっしぐらなので、すぐに使えるようになってしまうというのは当たり前の事なのだった。
興味だけでいろんなソフトを買っても、ほとんど埃をかぶるだけなのは、”興味だけで買ってしまう”という行為そのものに理由がある。
でも、考えてみると、今の時代は、必要性よりも興味のほうが大きくなっている時代。
&他人の必要性に影響されて興味を持ってしまう時代なのだ。
だから、いくらか耳を塞ぐ必要があって、私なんかは、それを反射的に行なっているタイプだけれど、それでも、影響されてしまったりする。
熱烈に目的が現れるまで、何もしないが正解の時代になったとはいえ(細かい理由は、あえて書かないけどいいよね)、人は、そんなことそっちのけで、サンバを踊る。
時代とはそういうものなんだろうな。
【TAROの日記】
2012/09/06(木) 08:34
制限を取ると際限がなくなる・・
来週から怒涛の行事三昧である。
月曜から、Dファクトリー3.1、ドラッカー解説無料セミナー、Dファクトリー1.1,1.2合同集会(山梨)。
東京に戻ってきて、個別相談など山盛り、そして、組織コミュニケーションセミナー(上級)の第12回目(最終回)と続く。
2つのセミナーのコンテンツ量は合計で、240ページ近くになり、果たして、どちらも終わるのか?と疑問になるような大量度。
ドラッカーは、4時間を超えたら、音声対応という手で、組織コミュニケーションは終わるまで永遠にやり続ける・・という毎度の手で乗り切る予定になっている。
私が、「時間通りにセミナーが終わるのはおかしい!」宣言をしてから数年経ち、当社のセミナーは時間通りになんて金輪際終わらない・・というのが定着。夜の8時を過ぎる頃には、みんなが戦友のようになっているというのが普通になってしまった。
しかし、時間制限がなくなることで大きな問題が起こりはじめたことに私は気づいた。
私の話したい内容が、その無制限の時間を超えよう、超えようとしゃかりきになって次々アイデアが降ってくるのだった。
考えてみれば、当たり前の帰結か?
んーー、やっぱり、ちゃんと5時に終わるように内容は作るべきだと・・・今週は痛感中なのだった。
【TAROの日記】
2012/09/05(水) 08:41
ツチノコ、社会にでる
昨日は、久しぶりに、一般の場所(少人数)で話をした。
行ってみたら、当社のVIPの人やニュースレターを読んでいる・・という人が半分くらいいたので一般の場とは言えない感じだけど、一応他流試合だった。
普段、あまり外では話をしない私は、ツチノコみたいなもので、一般的な経営者の思考にチューニングするのに苦労することがある。
しかし、今年に入って、年初めに行った講師の時もそうだけど、昔よりもチューニングが必要なくなってきたところがある。
明らかに、社会の方が、こっちの言っていることや感覚にチューニングしてきている感じなのだ・・。
もちろん、100%全開なんて無理だけど、数年前から比べると、勘違いな人は減っている。
そんな景色を垣間見て、「良い時代だ~」と思う。
直近の私の推測は、表面上順調な景気を腰砕けにするような何かが、秋に起こる・・という風に考えている。
そして、それを受けて、来年はどしゃぶり。
ここら辺の予測は昨年からずっとシナリオを変えていないわけだけど、その感覚を更に強くしている。
さて、その予測が当たるならば、さらに時代は良くなる。
浮ついたムーブメントが減り、目立たない本物だけがじっくりと残っていく。
縦ノリのロックから静かなオフビートのジャズの時代である。
さらに前田敦子な時代だとも思っている。
【TAROの日記】
2012/09/03(月) 08:36
娘たちと木村カエラ
大学2年生の娘(ベース弾き)が帰郷。
東京に戻ると軽音合宿だそうで、家に帰ってももっぱらベースの練習をしている。
彼女のベースに私(ギター弾き)が絡むと「やめて!」と冷たい。しかし、高校2年生の娘(ギター弾き)が絡むと仲良くやっている。
そこに、妻(たまたま、ギターを持ってボーカル)が絡んで遊んでいるところに遭遇。木村カエラの『リルラ リルハ』という曲で楽しんでいる。
ここは!とばかりに、途中から乱入。曲は簡単なので、すぐに絡める。娘たちをバックに、気持よくアドリブ遊び。そこに、妻のボーカルが乗るという形。ちょっとU2風のアレンジにしてみたけど、とりあえず悪くない(弾いてて気持ちよかったので、おそらくダメダメだな・・)。
でぇ、勢いに乗って東京事変などでも遊ぶ。
あーーー、幸せだ・・・・・・・・。
しかし、今度はいつこんな経験ができるか・・。
死ぬ直前には、こんな風に、遊んで死ねたらいいな~などと思ったりもする。
この件については、娘たちによく言っておこう。
オレが死ぬ直前には、楽器とアンプを持って集合のこと・・・。
今から、数十年かけて、最後に何を演るかを考えておこう。今の気分はファンクだな。ワンコードでダラダラ永遠にやるというのが希望・・。
もうボケていて、ファンクのつもりがスローブルースになっているかもしれない。
スローブルースは難しいので、死ぬ直前にたまたま開眼する・・という図である。
ところで、この度の遊びで、娘たちも少し音楽理論の重要性がわかってきた模様。
父ちゃんが、好き勝手に演奏しているのがうらやましく思えたらしい。
よし!!もう少しでこっちの言うことを聞かせるチャンス、チャンス!!
基本的に、言ってもわからん奴は放っておく・・という釈迦の教えに忠実な私だけど、この件のみ例外。
【TAROの日記】
2012/08/31(金) 08:49
田舎
家の前で、バーベキューをした。
いつもは、庭でやっていたけど、めんどくさくなったので、家の前ですることにした。
約3時間、酒を飲んで遊んだが、誰も家の前を通らない。もちろん、車も通らない。
「今頃気づいたけど、家の前で十分だね。道も含めて全部我が家みたいなものだもんね」と妻。
田舎だから土地は安い。いくらでも買える。
でも、買う必要がない(だから、安いんだけど・・)。
むしろ、私有すると草取りが大変になる。
適当な私有地だけを持って、あとは、こっちが”私有地みたいなもの”と認識してしまえば、ほとんど自由がきく・・というのが田舎だ。
ここんところの理解が少なかった私は、田舎に入るときに、500坪の土地を買ってしまい、現在、管理に苦労している。
誰かに買われたくないというのはあったわけだけど、誰も買わないわな・・・・・・・・・・・。
仕事でも、押さえ場所というのは難しい。
余計なところを押さえて、大事なところを見逃す・・というのは必ず起こる。仕方がない・・。
しかし、減らさんとね~。
田舎暮らしも13年を過ぎようとしている。
そろそろ、わかったことを軸に、いろいろ変える時期が来たな~と思う。
【TAROの日記】
2012/08/30(木) 08:49
病人と健常者
この世の中の構造の一つを言えば、「健康な人が病気の人を見て、”あー俺もああならなければ~」とつぶやくおかしさである。
そして、健康な人は病人になろうとする。
帰省している長女も、そんなつぶやきをしていたので、いかに、あなたが思う立派な子が病気であるかを話してあげた。
おまえは、むしろ健康だ。それでいいのだ!ということである。
では、健康ならいいのか?
これはかなり微妙である。
病気の人が世の中で目立ち世界を動かしている現実に対応するには、いくらか病的であることは必要である。
「私って、健康だわ・・」と言ってお茶を飲んでいる場合ではない。
では、やっぱり病人がいいのかというとそうでもない。
病人の躁的エネルギーは、結果的に、その者を滅ぼす。
では、何がいいのだろうか?
・自分が病気だとわかっている病人(ほぼいません)
・いささか病気の問題児
・・・・くらいの周辺かな?
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