カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2014/07/02(水) 08:27

親ばか

真ん中の娘が大学に進学してから初めて帰ってきた。
「離れていると、親のありがたみがわかるだろー」と言ったら、
「犬のありがたみはわかった」と返してきた。

そんな憎らしい娘が、バンドでやる曲のコピーが大変だと騒いでいるので、「どんな曲だ?」と聞くと、林檎の『丸の内サディスティックス』だと言う。
「それなら、家にコピー譜があるだろ」と言うと、林檎バージョンではないので、最初からコピーしないといけないのだそうだ。

そこで、彼女たちがやる予定の東京事変バージョンを聞く。
んー、ジャジーでいい。かっこいい。
原曲とはキーも変えて、おしゃれである。

でぇ、バカな親は、YouTubeを見ながらコピーをはじめた。
時間がないというのにアホである。
ついでに、本日の朝、間違いに気づいて、修正したりもした。

好きなのもあるが、親はこうして子供をダメにしていくのだろうな~と思った。
本日、『丸の内サディスティックス』のギターのリフが頭の中で鳴りっぱなしである。
んー、とても渋いし、折角だからうちのバンドでもやるか?>どう?バンドのメンバーの方々。

【TAROの日記】

2014/06/30(月) 08:38

ten years gone

コアのアコギを買った。
型は、マーチンOMである。

中学1年生の時に買ったモーリスの15,000円の”フォークギター”が00系だったけれど、それ以来のフィンガーピッキング向きのギターである。

20代のほとんどをフィンガーピッキングで過ごし、30代、40代もその余韻で過ごした私としては、とても遅いお買い物であった。
さらに、最近は、あんまりフィンガーピッキング系の曲は弾かない(&お好みではない)ので、とてもズレたお買い物であった。

ついでに、消費税が上がってから・・というのも遅いお買い物だったけれど、そもそもコアのモデルが市場にあまりないのでどうにもならない。

ドレッドノートとエレキばかり弾いている最近の我が身としては、OMは小ぶりでかわいい。
でぇ、このかわいい奴を手にしたら、『ten years gone』が浮かんだ。
おおー、意外すぎる選曲。なぜ、この曲が浮かんだのか・・?

でぇ演ったことのない曲なので、適当に音の記憶で拾ってみる。
うーーん、これがいい。
コアの音ととても相性が良い。
あまり音を前に出さずに、『ten years gone』な感じで弾いていると、段々、身に染みてくる・・・。

あっという間に、10年去っちゃったよなーなんて考えて、サビのジャラーンをアップストロークで入れるとたまらない。
きっと、またすぐに10年去っちゃうんだろうな・・・・。

ツェッペリンの『ten years gone』を初めて聞いたのは、中学3年生の頃だった。
『フィジカルグラフィティ』はクラスメートから売ってもらった。確か、初めて買った2枚組のLPだったと思う。
もう40年近く前のお話である。

そして、もうずっと聞いていなかった曲だけど、それが頭に浮かんだ。
どうも、このOMちゃんは、ラグタイムやブルーズではなくて、ちょっと哀愁の漂うジプシーな感じとか、アイリッシュな感じとか、中近東な感じ・・いわゆるツェッペリン中期のような音がお好みらしい。

道具というのは不思議なもので、主人に使い方を主張する。
これは、山の道具やチャリンコなどでも同様だ。
しかし、それを主にするのは、贅沢な使い方である。

だから、若いときには、できないことだった。
若いときは、一つで全部をこなす。
レーサーで何泊もする長距離ツーリングにリュックを背負って出る。
重い革靴で、四季全部の山をこなす。
マルチではないものを勝手にマルチで使う。

去った10年は、マルチな「私」の気合みたいなものが去ったのかもしれない。
グジャグジャになるけれど、本当はOMでパンクをやったっていいのだ。
その気合がなくて、『ten years gone』なんて言っているのは、アカン・・と思う。

【TAROの日記】

2014/06/27(金) 09:44

夢

久しぶりに、今朝の夢は覚えている。
だいたい忘れてしまうのだけれど、今朝は発見があった。だから覚えているのだろう。

発見した時は、夢の中では衝撃で、世の中の理の一つを見た!と思ったけれど、今になってみると、「まーそうね」という程度ではある。

しかし、「まーそうね」なのだけど、その発見は大きいと思う。
なぜならば、「敵は我のうちにあり」という誰もが知っていることを発見、実感したからだ。

嫌な夢を見て、それを夢の中で分析して、「なんだよ、全部自分が望んでじゃないか・・!」と感じたら衝撃だ。
さらに、その望みは深く巧妙だとも思った。

人間の業は、かなり恐ろしい代物かもしれない。
そして、人はそれぞれに、それを持つ・・・。

だから、組織とは、その業の折り合いとぶつかり合いでしかないのかもしれない。
そして、それでも一方向に動くのは、敵がいるからだ。
ただし、その敵には、誰もが気づいていない・・というだけだろう。

この件、続きはメルマにでも書こうかな・・?

【TAROの日記】

2014/06/26(木) 08:26

怒っている

忙しすぎて、自分が何をしているのかよくわからない・・・。
もう少しで、地面に両足が着くかな~と思いつつ、勝負どころはまだまだ続きそうだ。
同時に、いろいろなことに怒っていることに気づいて、それに関する新しい仕事も思いついている。

でぇ、その怒っていることだけれど、そもそも世の中を怒っている。
別に、安倍晋三も中国もどうでもよくて、そんなこと関係なしに世の中を怒っている。

でも、その怒りは、フランスがUFOの目撃証言を真面目に扱っていることや、日本が海洋資源の開発に莫大な金を使っていること、ワールドカップの日本サッカーに大手企業サラリーマンの影を投影してしまうこと・・などなどとは少し関連していそうである。

簡単にいうと、○○○○と○○○○と○○が嫌いなのだ。
少し立川談志の影響もあるかもしれない。

ただし、そんなことを考えていると、明確な方向性が見える。
“境界線”は必要だという方向性だ。
責任を取らないと決め込んでいる世の中に、ものを言っても疲れるだけだから、”境界線”を引いてしまえばいい。
そして、”境界線”の外とは、貿易取引をすればいいのである。
気分は、古きアメリカのモンロー主義に近い。
ツマラナイ世の中は、見世物としては最高だ。
犯罪者に精神鑑定が必要だ・・などというナンセンスは、笑いとしては悪くない。ウディー・アレンの映画そのものである。

ジャ・ジャンクーの新作では、『水滸伝』の京劇のシーンがある。
あの映画を取ったジャ・ジャンクーの気分は、案外、私の怒りに近いかもしれない。

ただし、社会がどうの・・・・・はどうでもいい。
ただ、怒って生まれてきたから、それを解消して去りたいだけである。

でぇ、そんなこともどうでもよくて仕事である。
仕事は、最高の怒りの解消なのだと思う。

【TAROの日記】

2014/06/09(月) 08:33

言語化

疲れがとれない・・ということに気分がフォーカスしていることが多くなってきた。

一週間の出張から帰ってくると、もう何もする気がしなくて、ウダウダしながら原稿を書いている・・という休日がけっこう続いているような気がする。
そういう日は、あまりアクティブでないから気分も晴れない。
そして、そんな気分だと、好きなことをしていても、あまり乗らない。

そんな2日間を過ごした後の平日、最初の出勤は何か気分がいい。
こういうのがメリハリというものだろうか・・・・・・。

会社の机の上は相変わらず混沌としていて、今の私の頭の中をよく表している。
ここ数日、言語化できない気分の言語化をしようと必死だったけれど、もう間に合わない。来週は『VIPミーティグ』だ。仕方がないので、これから言語化できるところまででコンテンツを作る。

言語化できていないことは、実際に起きてしまうと、説明ができるようになってしまう。
でも、その前の、なんとも言えない気分の時に、少しでも言語化できないかといつも悩む。
今は、それが頂点になっていて、机も頭も混沌で、しょせん、言語化できることなんて限られているのだ・・と諦めるのだった。

未来は、しょせん、何も言語化ができない。それは日常でもそう。それが唯一の真なんだろうなー

【TAROの日記】

2014/06/02(月) 08:29

犬がおかしくなった

週末は、妻がいなかった。
普段、そういう場合には、犬を近所のショップに預けている。

しかし、何を思ったか、息子が「おれが面倒見るよ」と言ったので、犬2匹と男2人の2日ばかりの生活となった。

結果、一匹は、超センシティブになり、
一匹は、凶暴になった。

まるで、行動心理学の実験みたいだ。

妻は帰ってきたけど、犬の調子はすぐには戻らないらしい。
一匹は、キュンキュンとうるさく声を出してウロウロを続け、一匹は孤高を守っている。

二度と男二人に犬を任せないと妻は固く誓ったようだ。
一回だけ、ランニングのお供に連れて行った私としては心外だが、結果を見ると何も言えない・・。

今日から1週間出張だ。
何の懸念もなく仕事に出られるのはありがたいことだ。

【TAROの日記】

2014/05/28(水) 08:27

指は正直

先週、半年ぶりに集まったバンドの練習風景を映像で見る。

おやじバンドの最大の欠点は、課題曲をどんどん忘れてしまうこと。
それで、練習もあまりしないから、前回、「決まったね~」ということができなくなり、期待だけは前回のままになる・・。

そのため、後で映像を見るのが毎度辛い・・のだけど、半年前のパフォーマンスがそれほど悪くなかったので、今回は、「まー、それなりになってきたかな・・」と思って見た。

結論は最悪である。
記憶が曖昧なところで、音がちゃんと出ていない。
これに尽きる。
ノリだけで勝負しているところでは、ドラムとリズムがズレているところもある。
アドリブでは、ミスタッチは常だけど、今回はかなり危うい。ここではダメだろーというところを目掛けてミスタッチなのだからたまらない。

「あらまー」である。
でぇ、深く反省した。
「いくらなんでも練習しなくちゃいけないなー」と思った。
曖昧にやっているところほど、音がちゃんと出ていない。
指は正直だ。

ただ、ノリ一発でやっていた私たちに、次の段階が来た・・・のかもしれない・・という感じも少しある。
それで、細かいタッチとトーンとかが気になるようになってきた・・。
発足当初から、課題曲の練習なんていい加減だったわけで、それでも少しずつ上達してくると、こうなる・・ということかもしれない。

でぇ、いずれにしても練習しなくてはならなくなった。
それも細かいことを気にしながら・・・・・。
あー、絶対にやりたくない道に片足を突っ込んだような・・・・・・・・・。

今朝、ある簡単なリフをじっくり弾いてみた。
すごく簡単なリフなので、一度も練習したことがない・・と言ってもいいくらいのリフだったのだけど、音の構成を理解しないままに、耳の印象でやっていたことに気づいた。そのせいで、指のタッチが曖昧になっている。
「あらららら・・」である。

しかし、こんなことも丁寧にやらないといけない・・と言って、丁寧にやりすぎるとアマチュアの演奏はつまらなくもなる。むずかしい局面だな~と思いつつ、バンドをはじめて2年半。今頃になって、課題曲をじっくり練習しようと思った。

これも仕事と似ているよな・・。

【TAROの日記】

2014/05/16(金) 08:34

貴重な一ヶ月

ほぼ一ヶ月家で過ごした。
普通なら、当たり前のことだけど、私には貴重な一ヶ月だった。

この約一ヶ月は仕事が凄いペースで進んだ。
出張が、いかに「やるべき」ことの妨げになっているかがわかった。

さらに、一ヶ月も家にいると、単純な繰り返しが有効に発動する。
毎日同じ時間に同じことを繰り返しすことは気持ちが良い。
おそらく、また少しはいろいろと進歩したのではないだろうか・・。

貴重な一ヶ月だった。
そして、二度と来ないような一ヶ月だった。
んーー、明日で終わってしまうのが惜しすぎる・・・。

後2日なので有効に使おうと思う。
仕事は、さらに進捗するだろう。
でも、繰り返しは決まった時間にゆったりとやることなので、後、朝一回と夜2回しかない。
ん・・・・・・・・・

【TAROの日記】

2014/05/13(火) 08:28

ごまかし

できていたことが、できなくなる時がある。
こういうことをスランプと言うけれど、本当のところは、節作りなのではないだろうか。

・・・・・・・・・と思えるようになってどれくらい経つだろう。
もうずいぶん経つような気がするけれど、だからと言って、スランプが好きになったわけではない。
しかし、最近、嫌いでもない。

「あ、ダメね、今日の俺・・・」と思ったら、瞬時にレベルを下げる。
その下げるレベルが微妙だけど、「あー、このレベルでも今日はやっとか・・」というあたりにするのが良いと経験上はわかっている。

そうすると、わかることがある。
ごまかしてやっている。
そのことがわかる。
そして、ごまかしていた部分の補完作業として、レベルを下げたところでバタバタがある。

別に、ごまかそうとしてごまかすわけではない。
妙な器用さが、たまたま、ごまかしを作るだけ。

器用さは、生きていて便利なんだけど、それに頼っていてもダメなんだよな・・。

・・・・と昨日は痛感することがあった一日だった。

おかげで、器用さを封印したら、辛い辛い・・。
まー、仕方ないね。当面、現実を味わいます。

【TAROの日記】

2014/05/12(月) 08:42

抵抗

昨日、エフェクターをかまおうとして中腰になると、腰に違和感・・。
違和感を感じながら、こういうのをぎっくり腰というのだろうな・・と思った。
幸いちょっと違和感があるだけで生活、運動などの支障はない。
しかし、昨年年末に、大きな腰痛をやっているので、気分は「あー、あー」という感じだ。

こうした人のパーツの寿命を長くしようとする工夫、発明は、現在いろいろ出ている。
だから、後100年もすると、人の寿命はまだまだ伸びるんだろうなーと思う。

でも、江戸時代から見たら、すでに驚異的な私たちの寿命の下で、私たちはいろいろ悩んでいる。
昨日のNHKで放映された認知症患者の行方不明の話なんかもその一つだ。

だから、100年経って、年取っても肌がきれいだったり、頭に毛が沢山あったとしても、やっぱりいろいろ悩みはあるはずだ。

‥・・と言っても、腰痛を単純に受け入れる・・・なんてことはあり得ないわけで、私たちの抵抗は死ぬまで続く。

私たちの人生というのは、結局、抵抗の連続だ。
自然にやってうまくいっていることなんてあまりない。
抵抗してうまくいくこと、そして、うまくいかないことが、ほとんど・・。

でぇ、その多くが、うまくいかないことときている。
幸せなんて、その隙間にあるだけかもしれない。

まー、それでも、あらゆることに抵抗していく事こそが人生だよなーと今のところは思う。
もう少し年を取るとどうなるのかね・・?

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