【TAROの日記】
2014/05/08(木) 08:28
朝ドラのタイトル
家の中で、今やっている朝ドラのタイトルが「花子とアン」か「花とアン」のどっちだ?という調べればすぐに分かるつまらない議論になった。
息子が「花とアン」を主張するので、「それはあり得ないだろー」と言うけれど、言い張るので、言ってやった。
「あのな、あのドラマのテーマは、アイデンティティーの獲得なんだよ。だから、タイトルは”花子”でないとおかしいの!」
花という娘が、「私のことは花子と呼んでください」と言っているお話なんだから、当然である。
でぇ、そんな話をしたところから、ドラマは、学園祭と親友の境遇を通して、アイデンティティ問題をからめ始めた。
「ほらね!」と言うと、「そう見るのか~。なるほどー」と彼は白旗をあげた。
私は『赤毛のアン』を読んだことはないけれど、このお話もアイデンティティーが絡んだ話なんだろうなーと勝手に思っている。
ところで、親とこんな会話をしている息子にもアイデンティティー問題はやってくる。
上の娘たちは、現在、その件で悩み中の可能性もある。
考えてみると、自分の相対化が確定したのはいつだったか?
アイデンティティーというと絶対化のイメージが強いけれど、振り返ってみると、アイデンティティーの確立とは相対化のことだと思う。
いわゆる、ニッチ問題と言っていいだろう。
しかし、ドラマでは、それをやるとお話にならない。
だから、絶対化としてのアイデンティティー確立が描かれていくはずだ。
だから仲間由紀恵演じる親友の境遇は、微妙なところがあると思っている。
ここを脚本がどう片付けるかで話は深みが出ると思うんだけど、どうだろう?
混迷日本とその国に住む住民に対して、朝からタイムリーなテーマを投げてくるNHKは偉いなーと思う。
【TAROの日記】
2014/05/07(水) 08:43
連休
世の中の連休の状況はわからないけれど、私はほぼ家にいた。
車に乗ったのも数回だけ。家の周辺が新緑でいっぱいなので、それで十分だった。
だから庭でウダウダしたり、仕事したり、ギター弾いたりして過ごした。
4日間もあると仕事のが殊の外はかどる。
おかげで、ムリだろうな~と思っていた次の本の企画を考えることもできた(新刊は、今月出るみたいです。そして、現在、企画中が2つ。一つは連休中に前書きを書きました)。
一応バンドみたいなことをやっているけれど、12月以来集まっていない。
みんな忙しいからで、良いことだと思う。
でぇ、今月集まるので演ってみた。ところが覚えていない。
2日もかけていろいろやるけれど、忘れてしまったことを思い出すのは大変だ。
ついに、某一曲のソロ部分は不完全のままとなった。
若い頃は、こんなもの機械的に覚えられたものだけど、最早、無理みたい・・。
ラストの怒涛の16ビートで盛り上がる曲も、どうも左手があやふやで、ヤバイ。
新曲の課題がニューウェーブで助かった。コード進行だけで適当にやれる曲しかできなくなっているのかもしれない・・。
庭の新緑はいい。
ってことでバーベキューをした。
庭というとバーベキューというパターンはいかがなものかと思うけれど、庭って、そんなことしかやることがない存在だ。
そもそも、庭にDoを求めるのが間違っているわけだけど、結構、贅沢な長物なのかもしれない。
・・・とマイペースで、仕事や遊びの境界線が曖昧のままの日々はいい。
だらしないようで、案外、創造的なのだ。
追われていた仕事も一気に片がついた。
しかし、ここから通常の仕事およびやりたいことに加えて、本2冊か・・。
後、年内に、5回くらい、こうした日々がほしい・・。
【TAROの日記】
2014/05/02(金) 09:20
市役所の出張所
朝、パスポートの更新の手続きをしてから出勤する。
市役所の出張所は、職員が3人だけいる閑散とした空間で、パスポートの更新希望を告げると親切に対応してくれた。
途中、ご老人が一名入ってきたけど、すぐに出て行った。
んーーー、私はこんな職場一日と持たないと思うけど、一般的にはうらやましい職場だ・・。
もちろん、朝の30分ほどの景色で全ては言えない。
おそらく、手間のかかる申請者は多いことだろう。
私なんて気が短いから、「どこに名前書くの?」なんて質問には耐えられないと思う。
しかし、場の空気というのはいろんなことを伝えてくれるから、30分もいればそれなりにわかることはある。
この職場は、適度な良い職場だと思う。
民間的には、「ぬるま湯」という表現が相応しいかもしれない。
しかし、これは嫌味を言っているわけではなくて、組織の自己成長作用など必要ない出張所なんだから、当たり前である。
そして、それも必要だから存在する。
こういうところに経済原理を持ち出しすぎても仕方がないだろう。
ただ、この国は、不便と便利の境がなくなりすぎていないか?
便利は必要だ。しかし、その経済的効用の価格は高くすべきだ。
右肩上がりの経済環境という特殊な状況から離脱してしまった今、年金問題のようなデカイ問題ばかりではなく、ここら辺のたしなみ方の再構築が必要だと思った。
たまに自分がいる世界と対極の場に行くと、いろいろ面白いものが見えてワクワクする。
この間まで行っていた沖縄より面白いかもしれない。
工場見学が流行るわけである。
【TAROの日記】
2014/05/01(木) 08:32
iTunes復旧
iTunesの全ての音が飛んだ。
それも、外付けハードディスクのiTunesホルダーに入っているデータも削除されてしまった。
数万曲が一瞬で吹っ飛ぶのだから恐ろしい。
しかし、最早、このデーターなしには生活はない・・ときている。
こんなものに頼ってはイカンと反発しつつも仕方がなく使っていて泥沼にはまっているところで裏切られた感じ。
ここは、iTunesの捨てどきなのか?
・・とちょっとは思ったけれど、私はゴミ箱からの復旧をこころみることとした。
吹っ飛ぶ直前に、いろいろ更新したこともあり、タイムカプセルからの復旧は選択肢になし。
そこから地道な復旧作業がはじまり現在も継続中。
一日や二日では復旧は不能な上に、いろいろな問題も起こる。
果たして、この復旧作業に意味があるのかと思いつつも、少しずつライブラリィーが元に戻っていくのがうれしい。
つまり、気分は、意地でも元に戻したい衝動で動いている。
ゴミ箱のデーターの復旧が、音の質にどういう影響を与えてしまうのかはわからない。所詮、デジタル・データー。そこのところは鷹揚にかまえるしかない。
飛ぶのは一瞬、復旧には数日。
仕事でも、原発でも・・・ありとあらゆることは、この構造下にあるのだから、リスク管理は念入りにしておきたい・・とあらためて思うのだった。
音の質が落ちていないといいんだけどなーぁ
【TAROの日記】
2014/04/30(水) 09:24
景色がなじまない
生まれて初めて、ゴールデンウィークに旅行に行った。
前半だったからか、沖縄の海は空いていてよかった。
おそらく、これを最後にゴールデンウィークに旅行に行くことはないと思う。
今回はツイていたけれど、基本的には混む時期だ。
子供の関係で、こういう時期になってしまったけれど、正直なところヒヤヒヤものだった。
沖縄の海は4月1日が海開きと聞き、泳ぎに行ったつもりだったけれど、水は冷たかった(これも空いていた理由か?)。
全面快晴な日がなかったせいもあり、結局、泳げなかった。
代わりといってはなんだけど、初スキューバダイビングを経験した。
初心者コースのため思ったほどには潜らなかったからか、海外で経験したことのあるシノーケリングと比べると、「こんなものか・・」という感じだった。でも、海の中で呼吸ができるのはいい。
こういうところに来たら、「またやろうー」とは思ったけれど、これが趣味になることはないとも思った。わたしは、やっぱり山屋なのだ。
1月の年頭セミナーが沖縄で、その時の空気感がよくて、家族で再訪してみたけれど、やっぱり独特な空気がいい。
今まで縁のない場所だったけれど、また来ようと思った。
新潟に帰ってくると、お馴染みの雪模様と新緑の景色があった。
その景色が目に飛び込んでくると少し戸惑った。
頭が情報処理に困っているらしい。
そのうち慣れると思うけれど、何か変だ。
沖縄の海の景色にそれだけ馴染んでしまったらしい・・・・・・・・。
連休後半は例年通りに仕事三昧。
沖縄にいる間にも、メールで仕事がどんどん降ってくるので困った。
でも、仕事が降ってくる景色があるから、のんびりできるんだろうなーとも思った。
さて、迫り来る仕事たちとどう格闘するか?
頭はスイッチが入っているけど、身体がまだなので、ゆっくりと動き出そう。
【TAROの日記】
2014/04/25(金) 08:50
旧道
昨日の朝は、『まーけ塾』の後のお泊り飲み会から職場に向かう。
仕事に溺れている状況下で何の余裕もないというのに、天気が良かったので、ゆっくりと旧道を走って事務所に向かった。そのため少し遅い出勤になった。
旧道を通るのは何年ぶりになるか?
バイパスや高速道路ができてからかなりのご無沙汰である。
旧道を走っていると死んだ父や母のことを思い出してしまった。
旧道というと、彼らとの移動の思い出が強いらしい。
おそらく、これからも道は変わる。
目の前の変わってしまった景色は、これからも変わり続ける。
家の壁に鳥が巣をかけていた。
いつつけたのかはわからないけど、最近のことだろう。
事務所の前では、大きなスーパーの工事がはじまった。
もう少しで新幹線も通る。
今の目の前も、そのうち旧道になる。
そして、一部は思い出となって刻まれていく。
でも、ほとんどは、鳥の巣と同じように忘れていく。
実は、旧道との邂逅で、一番感じることはそのことだ。
なんとなく昔の匂いは感じるけど、実は何も覚えていない。
そのことを考えていると、ノスタルジーという言葉の深淵さに気づく。
この言葉は、ヌミノーゼと同じくらいに、不可思議な感傷を扱った言葉だと思う。
【TAROの日記】
2014/04/23(水) 08:44
サイン
ここ15年ほど、申告書のサインもすることがない・・というのに、昨日は、ある契約のために大量のサインをする羽目になった。
それも、住所も書かねばならず、さすがにまいった。
さらに、仕事が超忙しく、昨日は事務所にいながらブログも書けないありさま。その超忙しい&期日が迫っている溜まっている仕事の山の状況の中で、合間にサインを進める。
サインの相手は私が仕事をしたりサインしたりするのをただ待つ・・というおかしな景色を繰り広げつつ、とりあえず疲れた。
仕事よりも疲れた。とにかく疲れた。超疲れた。こんなこと毎日している人間がいるとしたら、凄い人間だと思った
そして、改めて事務仕事が大嫌いな自分を知った。
今日も、仕事以外にもいろいろあって超忙しいのだけれど、「超忙しい」の原因は、仕事よりも、その他もろもろの方にあるような気がする。粛々と仕事をしていれば何の問題もないのかも?
そういえば、家族旅行も近いな~。忙しいわけだ・・。
【TAROの日記】
2014/04/21(月) 08:49
よーやく家に帰ってきた
今年は、地元の桜を何年かぶりに見ることができた。
長期出張の合間に、一日だけ帰ってこれたからだ。
最近は、花見会場が凄いことになっている。
外で宣伝をしてからだろうか、大量の人がやってくる。
当然そういう場面は避けたいので、朝6時くらいに一人で花見会場で遊んでくる。
数年前までは10kmくらい先の花見会場には家族5人でチャリンコで行き、遊んだものだけど、仕事でバタバタして行けなくなって数年。二人の子供は東京在住。もう、家族で花見に行くことはなさそうだ。
そのため、ウロウロしていると昔のことを思い出してしまう。
年を取ったものである・・・。
それから1週間が経ち、今度は、高校の同窓会があった。
2011年に初めて同窓会が行われて、それから3年ぶり。前は、約30年ぶりだったので懐かしかったけれど、今回はただ戸惑った。
同窓会と言っても知らない人が多く、その知らない人とどういうわけか一緒に飲んでいる・・というのが無性に変な感じだった。
もちろん懐かしい人もいるけれど、3年前のような感慨はない。だから、どうもそれぞれの温度のすり合わせしているだけのような気持ち悪さが残った。
来賓の5人の恩師の若々しさが印象に残った。
仮説だけど、人の若々しさというのは、知的好奇心の量が決めるような気がする。
ビジネスの世界、特に地方特有の権力的な欲の中にいながら衰えていく人達の姿と、恩師5人の若々しさは対照的に感じた。
【TAROの日記】
2014/04/03(木) 08:40
コンテキストが邪魔
この季節の山の景色は格別だ。
私はこの景色とともにいたくて、この地に住んでいる。
そして、今日の通勤時には、春を感じさせる壮大で真っ白な山並みが目の中に飛び込んできた。
その景色が飛び込んできた瞬間、私は、今がいつなのかわからなくなった。
今はいつで、どこなのか?と思った。
ただし、すぐに我に返り、今は2014年の4月。もう4月になってしまったよ・・と思った。
一体自分に何が起きたのかわからないけれど、見ている景色からコンテキストが消えて、ただ景色だけがある・・という瞬間だったように思う。
最近は、何にでも、コンテキストやテキストがつきまとう。
そのため、思考が先になって、体感が薄れる傾向にある。
それがこうじて、輸入牛でも神戸牛といって売るようなことが行われてきたわけだけど(私の学生時代のバイト先のシティホテルもそうだった)、そんなことは昔から当たり前にやられていること。問題発言かもしれないけれど、純粋な体験を消費するような高度な消費者はそんなに多くないのだから、むしろ、コンテキストによって寒い消費が豊かになっている可能性さえある。コンテキストをアテにするから、逆に利用されるわけである。
谷川俊太郎は、「邪魔するな!言葉・・」というようなことを言ったが、私も「邪魔するな!コンテキスト」と言いたい。
だから、「日本100名山」など、人をバカにしているとしか思えんし(深田久弥が個人的に言うのはかまわない)、『ベスト10』なき世で、外タレ有名人のライブに人々が押し寄せるのも好きになれない。ミシュランなんてもっての外だし、食べログなんて冗談でしかないな・・・・・・・。
本日朝の山の名前さえ消えた瞬間は、同時に、自己の存在の懐疑でもあって、しかし、そこに存在がある・・みたいな感じだったなー。コンテキストがなくなる瞬間は本当に素敵だと思った。
【TAROの日記】
2014/04/02(水) 08:31
只者でない”間”
あまちゃんスペシャルビックバンドのDVDを見る(第一部のみ)。
朝ドラでクレッツマーが高らかと鳴ったのは音楽好きには事件だったわけだけど、その音楽が世間様からも受け入れられ、大友良英の臨時バンドがライブまで行うことになった・・というのは結構びっくりだった。
でぇ、ライブには必ず行こう・・と思いながら日が合わず、ついに逃してしまった。
このDVDを見ると、行けなかったことがあまりにもあまりにも悔やまれる・・。
朝のテレビではわからなかった後ろで鳴っているチンドンのリズムなどに感激しつつ、そのアンサンブルの素晴らしさに狂喜した。
消費税増税前に、駆け込みで買った(?)唯一のDVD(映画でなくてごめんね)は、十分の価値があった(まだ第二部見てないけど・・)。
映像の中で饒舌に曲の解説をする大友良英は意外だった。
私は、この人が話しているのを初めて見たかもしれない。
そして、この人のギターを見ていたら、ちょっと伝染った・・という言い方は失礼だが、そんな気がする。5弦、6弦あたりの抜け具合が少し身体に入ったかも?
ズボンズのドン松尾の言うことが少しわかったような気がする。
ところで、大編成のバンドの音で、私が一番感激したのは、”間”だった。
“間”が泥臭いのだ。
泥臭い”間”って何だ?と自分でも思う。でも、そうなのだ。
あの瞬間の”間”に、演奏者たちの体内ではどんなリズムが流れているのだろう?と思った。
あの”間”は、只者ではない。
・・ということで、いろいろと参考になるDVDでもあった。
CDではなくて、DVDにしてよかった・・。
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