【TAROの日記】
2017/10/17(火) 08:58
クラプトンの発言
怒涛の出張、セミナー三昧の前に読んだ記事なので曖昧な記憶だが、クラプトンが「もう、ギターは売れなくてもいいんだと思うよ」という発言をした・・とネットにあった。「最近、ギターの売上がわるいそうですが、そのことに関して一言・・」みたいな質問に答えたのだと思う。
日本の楽器屋には、私たちのようなオジサン向けに、アメリカのブランドを中心にお高いギターがたくさん吊られている。おそらく売れ筋価格は30万円くらいだと思うので、いい商売だなーと眺めているけれど、事情は大変のようだ(アメリカについては・・)。
まー、だいたい新品価格30万円のギターなんて、詐欺みたいな商品が多い(これは、ギターに限らないお話ですよね)。某新興(もう新興じゃないか・・)メーカーのギターに関しては、100万円以下はカスとまで言われていて、実際に弾いてみるとそれは十分に納得できる。
現在の実態はわからないけど、今のところ日本は予算のあるオジサンに適当なものを売って成立しているように見える。しかし、そんな日本もそのうち状況は悪くなっていくことだろう。
そして、大手・・・の未来は、きっとない。あの天才は、そこまで読んだわけではないけど60年代初頭には、さっさと会社を去っているわけで、まー、そういうことなのだ(早過ぎだけど・・)。
しかし、そんな状況下で、私はじっと待っている。ただただ待っている。約3年後にオーダーしたギターに着手してもらえることを首を長くして待っている。3年後着手ということは手に入るのは約4年後。「その間、俺はどうしたらいいんだ?」と聞いても誰も答えてくれないので、フラフラと楽器屋を彷徨い、隙間を埋めようと必死だ。
お店には大量のギターがあるというのに、胸キュンするのは大昔のギターと鬼のように高いギターばかり。コリンズさんは死んじゃうし、腕の良かったルシアーはピークを過ぎちゃうし、良いものは希少だ。
人口減社会の景色って、結構わかりやすい。大量生産な方々には厳しいけど、腕を磨いているプロには冗談みたいな話なんだろうな・・。
おそらく4年は待てない。今持っているギターの中には素晴らしいものが最低5本はあるというのに・・・・・。人の欲望ってのは、品質に関して無限なのだ。
そう、無限なのだ・・。
【TAROの日記】
2017/10/10(火) 08:55
焼肉2枚
またまた、当社OBが勝手に企画して、我が家の庭でバーベキューをやった。
別に、炭を起こして肉を食べ、酒を飲んでいるだけ。こんな事の繰り返しを人は喜ぶわけで、まー、単純なものである。バーベキュー中、何を話したかも記憶にないし、「旨い!旨い!」と叫んでいた割に何を食べたかも覚えていない。 11時にはじまって、全員が帰ったのは21時くらいだから、浴びるほど飲んだのだけは間違いない。
酒は飲んだが、肉は食べられなかった。せっかく最高の肉を持ってきてもらったのに・・・。もう年である。そして、みんなも年を食った。
私が組織の新陳代謝を諦めて、もうずいぶん経つ。当社のやり方では、それで良かったと思っている。・・・というか、時代病に乗せられて、あらぬ方向に行かなくて済んだのは僥倖だとさえ思っている。
まー、しかし。みんなで年を食った景色を見る気持ちは複雑だ。このバーベキューも将来は老人会だ。 ただし、それはそれとして、年を取ることは悪いことではない。どう厳し目に見たって、年を取れば取るほどに、人生は充実してきている。つまり、OVER波平の今も、私は上り調子にある。
では、何を恐れるのか? もちろん、俗に言う「七面鳥のジレンマ」が怖いのだ。楽しく過ごさせてもらって、「人生って最高だね」なんて言っていた翌日に、神の鉄槌が落ちる。それを恐れている。予測できることは、準備しているとはいえ、神はこっちの予測を超えてくるはずだ。
私たちは、結末を知っている七面鳥だけに、始末が悪い。まー、それでも、準備しつつ楽しむしかない。明日から、毎度の成田でセミナー。今回は、新しい参加者が結構多いので、またどんなドラマが生まれるか?
知らない七面鳥くんよりも、知っている七面鳥くんがいかに優位かを知ってもらって、最後には運命がやってくるにしても、「ふふふふふ」とほくそ笑む。それを可能にするための準備であり、挑戦。
七面鳥だろうが、人生をある程度コントロールできるってことは、エキサイティングで幸せなことだ。
【TAROの日記】
2017/10/06(金) 09:29
うちのスタッフがギターをはじめたお話
9月のはじめにバンド遊びの発表会をやった(ライブと言わせてもらえない)。
参加いただいた方々には、とっても盛り上がっていただけて、我々も驚くほどに楽しかった。
その後遺症・・と言ってはなんだけど、「おれ、バンドやる」とか「プロレスやりたくなった」とか、おじさん遊びの”菌”が周辺で増殖している(みたい)。
そして、その”菌”の一部は、見に来てくれた当社のスタッフとかOBにも感染中だったりする。
おそらく、そんなに強い”菌”ではないので、そのうち小康状態に入るとは思うけれど、昨日、感染したスタッフが「ギター入門セット」を持ってきた。教則本を出して「教えてくれ!」と言うのだ。
付属品がオマケなのか、ギター本体がオマケなのかわからないようなチープなギターは意外にも悪くない音を出した。セット価格10,800円としてはお買い得な音。
でも、このチープなギターと勢いだけではじめてしまったスタッフの佇まいに、私は何をすればいいのか?
仕方がないので、「最終的に、何が演りたいんだ?」と聞くと、全然知らない曲のタイトルを言う。まー、それはどうでもいいけれど、あんまり熱烈にやりたいことがあるわけでもないらしい。それで、彼とギターの佇まいが、さらに気の毒に見えてきた。
とりあえず、教則本のやっているところまでをさせてみる。
んーーーーー。目の前で起きていることは形容し難い・・。同時に、教則本の意図もわからない。世の中、こんな教則本ばかりはびこっているのだろう(ビジネス本と同じだね)。
数ページ進み『ハッピーバースデー』を単音で弾くというページに到達。あのお誕生日に歌う曲である。
楽譜を見ると、三拍子。そして、最初の「タァタ」という音が食って入る。しかし、素人は恐ろしい。ただ弾く。とにかく、自分の頭の中の記憶で弾く。楽譜もリズムもない。目の前の紙には、単に弦を押さえる所が載っているという理解。
つまり、ギターも基本からやらねばならないけれど、その前に音楽の素養ゼロ。二分休符を指差して「ナニコレ?」って聞いても、「そんなの知らない」と答える。
とりあえず、注意点を言い『ハッピーバースデー』の単音弾きの完成を目指させることにしたが・・・、いいんだろうか?
一応、クロマティクとCの3コードも宿題にした。
クロマティクはやらせてみると、指がタコの足のようにバタバタ動く。初めてなのだから仕方がないが、これってちゃんとなるのだろうか?
Cの3コードは、初心者の鬼門Fがある。でも、ダラダラ長くやって、この鬼門に遅く出会っても仕方がない。挫折するなら早い方がいい。だいたい、私は小学校6年生で弾いていたし、指の短い我が家の次女も中学生で弾いていた。おじさんができないわけはない。ただし、熱量の問題はある。
目の前の初心者とチープなギターのコンビに、どれくらいの熱量があるのか?
要はそこだ。そして、差異はどんな場合でも、そこだけなのだと思う。能力も何もいらない。熱量さえあればいいとさえ思う。
そんなことを思ったら、何人かの周辺の人々の顔が浮かんだ。みんな不器用だけど、熱量が凄いのだ。そして、だから彼らはやれている。それ以外にはない。
【TAROの日記】
2017/10/05(木) 08:47
机の上にマック
新しいマックを買った。
注文してから一ヶ月以上経ち、ちゃんと届いているけれど、ずっと箱に入ったまま机の上にあった。
正直、箱をあけるのもめんどくさい・・・・・・・・・・。
アマゾンの箱もそう。昔なら、届いたらすぐに箱を開いたものだけど、今は箱が山積みになることが多い。
お買い物がエキサイティングでなくなって久しい。
通販の箱ばかりではなく、リアルなお買い物もつまらない。
iPhone Xだって、購入してもそんなにトキメカナイ予感・・・・・・。
結局、新しいマックの箱をスタッフに渡して、開けてもらった。ついでに、セッティングも頼んで、仕事をしていると、「おおおおおー、スゲー」という声。
どうも、ずいぶん進化しているらしく、みんなで騒いでいる。
あれ?
もしかして一番おいしいところを取られた?
まー、それでも、最早、モノで喜ぶことはあまりない。好きなギターやアタッチメントでさえ、それほどトキメカなくなっている。そういえば、ライブに行っても昔ほどトキメカナイ・・。有名レストランでもトキメカナイ(というか、ハズレが多い。多すぎる・・)
そう考えると、ドナルド・フェイゲンのライブ中止は実に惜しい。エリカ・バドゥは素晴らしかったけど、でもトキメキ一歩手前だったしなー。
最近は、この日本でたくさんのビッグネームを見ることができる。でも、小学校の時見たガロや、高校の時見たセンチや、大学の時見たロキシーやパンタ、そして、社会人になってから見た宮沢昭やポンタを超えるものってあったかなー?
個人的な閾値。そして、日本人全部の閾値。これが私たちに復讐を企てて、もう10年以上が経つ。そして、人はそれをそれなりに克服してきたけど、それって抗生物質と細菌の関係みたいなものだ。だから、単に欲望を高めていっても、最後に待っているのは、欲望の枯渇。
でも、そこからいろいろ考えると、まだまだアイデアはあることに気づく。いつでも問題解決は、当たり前のことから考えていくことなんだろうね・・。
【TAROの日記】
2017/09/28(木) 08:56
磯野波平54歳
『サザエさん』の磯野波平は54歳だそうである。 私の1歳年下なのだ。
『レンタルおじさん』が密かに流行っているそうだ。メインのプレイヤーは定年後にやることがない暇なおじさん。話を聞いて欲しい若い女性に人気なのだそうだ。
50年代に書かれたマンガの波平さんはまだ現役で働いている(退職まで1年)。このシチュエーションは80年代くらいまでは通用したように思える。
『レンタルおじさん』は、仕事がない。だから、安価なレンタルに勤しんでいる。波平さんの時代なら余生ということになるが、今のおじさんたちは働けなければならない。
その差はお金の問題と金利の問題もあるだろうけど、それだけではない。時間が余って仕方がないのだ。
では、波平さんの時代の人たちはどうだったのだろうか? 当時、私は生まれていないし、70年代、80年代もまだ子供の類。あまりよくわからない。でも、当時のおじいさん達(きっと、今の私と変わらない年齢だったのだろうな~)を思い出してみると、みんな何かをやっていたと記憶している。
隣のおじいさんは、いつも畑をしていた。小学校の時には、算数を教えてもらったことがある。隣の隣のおじいさんは、竹細工を作っていて、5歳くらいの私はそのおじいさんのところによく遊びに行った。さらに、そのとなりのおじいさんには、イタズラをしてよく怒られた。威勢のいいおじいさんだった。斜め向かいのおじいさんは、帽子をかぶって毎日市場に出かけていった。話した記憶はないが、息子(・・といってもお父さん)を引き連れてさっそうと歩いていた。向かいのおじいさんは割烹の経営者だったと思われる。いつも庭木に水をやっていた・・・・・・・・。
昔も、おじいさんはたくさんいた。古き日本では身近な存在で、子供には景色の一部だった。私の記憶の彼らは、波平に近く、『レンタルおじさん』から遠い。おじいさんの概念もずいぶん変わってしまったようである。
55歳オカモトシロウは、今も現役で、引退する兆しはない。おそらく、『レンタルおじさん』はやらないし、竹細工もやらない。そもそも、本人の意識は、青年の延長にあって、「磯野波平54歳」という言葉の羅列には、違和感さえ感じない。
でも、磯野波平は54歳で、私は55歳だ。
今の私には、この言葉の意味さえわからない。
【TAROの日記】
2017/09/27(水) 08:55
お絵書き
約一ヶ月ぶりの更新だ。 出張先でライブのお礼を書き、それをスタッフにアップしてもらったので、途中、ブログの更新はしたことにはなるけれど、純粋な書き込みは久しぶりだ。
まだ終わっていないけれど、9月は面白かった。ライブは、とても楽しかったし、マダガスカルの旅も毎度の珍道中。予約の取れない有名寿司屋が大したことないことがわかったし、話題の某飲食店に行けなかったけど、後で聞いたらサイテーの店だったと知って、ラッキーと思った。
残念なのは、ドナルド・フェイゲンの来日が中止になったこと。おそらく、盟友ウォルター・ベッカーの死が関係していると思われる。だから、二度と聞けない可能性もある。
ところで、今年は映画が当たり年だ。9月に見た数々の映画もいい。久しぶりに、「今年のベスト10」みたいなことをやりたくなるほどに、今年はいい。
遊びすぎたが、仕事は順調だ。かなり前倒しで進めてきたので余裕がある。そんなものはすぐに逆転するのが見えているが、今この瞬間は、ちょっと余裕。空が青くて、空気がうまい。
今週末には、エリカ・パドゥ。お値段も高くて贅沢なライブ。デビューの時から彼女を聞いている身としては、今でも彼女はデビュー時のままに見えるのだけど、最早、超大物らしい。
月日は過ぎる。ウォルター・ベッカーは死に、エリカ・パドゥは超大物。 私は相変わらずだが、まー、少しは進歩してると思う。だって、仕事は間違いなく速くなった。視点のオリジナル性も磨きがかかったと思う時がある。
立川談志は、60歳を過ぎてからがいい。特に2000年に入ってからがいい。もちろん、若い頃も好きだが、彼のピークは晩年だったと思う。
私は、相変わらずでいい・・と思っている。でも、仕事は少しは進歩すると思うし、ギターの腕だってまだまだ上がると思っている。
楽しい9月は終わった。さて、ここから、またはじめよう。お絵かきの続きである。
【TAROの日記】
2017/09/04(月) 10:03
ライブのお礼
他のメンバーの同意をとっていないので、個人的なお礼をここでさせていただきます。
土曜日のライブに来ていただいたみなさま、ありがとうございました。
最初のリフを弾こうとした瞬間に、頭から飛ぶ・・というある面、まだ音を出していないからツイていたとも言えますが、そんな「あららー」ではじまったライブでした。それでも、みなさまのおかげで、私達もとても楽しませていただきました。
演奏については、反省しきり(他のメンバーもそうだと思います)なのですが、では、「あれ以上の演奏を、お前はあの日できたのか?」と心に問えば、「まー、あんなもんでしょ、今のところ」という答えが返ってくる感じがします。
まー、あんなもんです。
でも、このまま「あんなもん」でいる気もありません。
これからが、我らのバンドの「一行目」ですよ、きっと。
バンドは実に実に楽しい遊びです。
でも、今回のようにライブをやらないと面白さは20%くらいになってしまいます(嫌だけど・・)。そういう点で、ずいぶん周りに迷惑な趣味です。
でもですね・・。
仕事だって、なんだって、みーーーーんな、周りの優しさで成立している・・。
その確認が皆様とのご縁でさせていただけること。これは、とてもうれしいことです。
また、ぜひ一緒に遊んでください。
そして、お互いにもっともっと人生を面白くしましょう。
きっと、まだまだ面白くなるはずです。
本当にありがとうございました。
岡本吏郎
【TAROの日記】
2017/08/31(木) 08:49
ライブ~マダガスカル
次に、このブログを更新するのは、9月18日になるだろうか?
もしかすると9月28日まで書けないかもしれない。
9月2日は、適当に遊んでたらライブまでやることになったバンドの”発表会”(ライブとは言わないのだそうだ・・)。
そして、9月6日からマダガスカルへ行く。
出発まで出張でバタバタしているうえに、マダガスカルから帰っても時差ボケしている余裕もないくらいに出稼ぎの連続だ。
まずは、ライブから消化していくことになるが、我々のバンドは今最悪の状況にある。だいぶ音のヌケが良くなってきたなーと思っていたのに、最後の練習日の音はサイテーだった。当然、雰囲気も悪くなっている。
でぇ、その雰囲気の悪いまま、60名近くの人たちに来てもらってライブをやるというのだから恐ろしい。アーメンである。
まー、しかし、それも実力。この遊びを続けていくためには定期的に恥をかく必要がある。そうならないことを祈るけど、まー奇跡は起きないわね・・・。
そして、そういうマイナス面が大量でも、バンド遊びは面白い。ガキの頃なら、即解散みたいな状況でも、少し丸くなったオヤジたちが価値観と耳のセンスをぶつけあって、ガチャガチャやっているのは、経験できなかった“方”の会社遊びの雰囲気がある。
欠けているものがあると何が起こるか、大した知識、実力のない素人が、「シロウト理論」をぶつけあうとどうなるかの実験場である。
遊びだから続くけど、仕事ならあり得ない。その“ゆるさ”がいいのだと思う。しかし、“ゆるい”だけでは、水遊びで終わる。そこに“発表会”(ライブって呼ばせてよ!)をビルト・インしたところが乙だ。悲劇だ。冗談だ。アーメン!
まー、そういうわけで、おそらく仕事よりも辛いであろう苦行を通過し、癒やしも兼ねてマダガスカルへ行ってくる。
フランス統治時代を含めて、シャーマニズムが支配する国では、ポップ・ミュージックさえ儀式との関連で成立している。ただの旅行者が、その一旦を垣間見るのは難しいとは思うが、気にしながら歩いて来ようと思う。遠いフランスでは、マダガスカルの精霊に憑依された人たちが結構いるそうなので、そこんところは気をつけよう・・(笑)。
【TAROの日記】
2017/08/30(水) 08:53
可笑しみと悲しみ
昨日は、朝から微妙なサウンドの警報を聞かされた。でも、疲れていて全然起きることができない。心の中で「どうせ、北朝鮮だろ!ついに打ったか・・」くらいにしか思えず、爆睡。
起きてテレビを入れれば、同じことを繰り返すばかり。NHKの教育チャンネルだけが日常だったので、青虫が主人公らしい粘土アニメみたいなものを見ながら牛乳を飲む。
そして、仕事。この日は家で音声収録。そのため、お昼ごはんを食べるまで書斎で仕事をして会社へ。 9月に入るとマダガスカルに行かねばならない。それで、前倒し仕事のため机の上は飽和状態。よくまー、こんなスケジュールで仕事をしているよなーと我ながら感心しつつ、全速力で仕事をこなして家へ。
2日はバンドのライブ。最早、この段階でできることなんてないので、粛々とストレッチ系の基礎練習。指が痛い。御飯の時間が来たので母屋へ
ビール一杯と焼酎ロックを飲んで風呂入って寝る。
・・・・という情景に『この世界の片隅に』とか『明日 tomorrow』的な匂いがしてならない。昨日って、普通の日だけど映画のシーンを生きたみたいな・・・。
きっと、それは間違いない。北朝鮮のミサイルが来ることはないだろうけど、別のアレはやってくるのだから。 無理に前を進んでいく人間の人生には、可笑しみのようなものがあって、それを楽しんでいるところがあるのだけど、悲しみも間違いなくある。 そんなことを考えさせられる機会になっちゃったよ。でも、あの変なサウンドは気持ち悪いのでやめてくれ!
【TAROの日記】
2017/08/28(月) 08:57
サイトウ・キネン
ふっと行こうと思ってから10年以上が経つ。なかなか日程が合わず、もう縁がないと諦めていたら、今年初めて行くことができた。日程はヤバかったが、チケットが手に入ったのだから、無理やりなんとかした。待望のサイトウ・キネンの名前は『セイジ・オザワ松本フェスティバル』に変わっていた。
クラシック音楽は門外漢だ。実は、ちゃんとナマで聞くのもほぼこれが初めて。席が前から2番目のど真ん中で、少し管の音が辛かったけれど、弦の音がナマでビンビンくるので、これはこれでアリだと思った。
そして、頭でいきなりヤラれた。四分休符ではじまった・・と思ったら、さらに8分休符? でぇ、さて・・と思ったら、さらに16分休符・・・・・・? スコアを見ないとわからないけど、そんな感じだった。
ベートーヴェンって『運命』くらいしか知らないんだけど、「へー」と思った。テンションの音が目立っている・・というかなんというか、JAZZにそれなりに近い印象。案外、ベートーヴェンは、こっちの人なんだなーと思った。
そして、音のダイナミックスが素晴らしい。時々、会場の空気が見えそうになる。第一バイオリンが、蚊の羽音みたいな音を出した時はかなり驚いた(きっと、普通なんだろうけど・・)
一番感動したのは、トランペットの音。隣の部屋で吹いているみたいな音。もちろん、ミュートなんてしてない。それに、音的に、そっと吹いている感じじゃない。でも、オフな音。クラシック知らない私には、???????だった。
マーラには、『ペットサウンド』を感じて驚愕し、時々フォーカスぽくなるので、フォーカスの出自を知り、ドボルザークの#9の音(クラシックだと、増2度?)で、「あー、クラシックを誤解していました。すいません」と謝り、別にベートーヴェンだけではないのだと知った・・・・・・・・。
小澤さんのステージを見るのは2度目だけど、音のヌケの良さとみずみずしさに驚いた。年を取ると音が若くなる・・みたいな話を聞いたことがあるけど、そうなんだろうか? 同じオーケストラで別の指揮者が振った時との差は、曲が違うからなのか?小澤さん自身の音の変換みたいなものもあるだろうし、そこらへんが知りたくなった。
まずは、チケットを手に入れて、いろいろなオーケストラを見てみよう。
まさか、オーケストラの音の向こうに、アート・テイタムやジミヘンが佇んでいるとは思わなかったので、ちょっと通ってみたいと思っている。
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