【苦しめTAROお仕事LIVE】

2015/06/08(月) 08:41

行ってみないと・・・。

大変な忙しさが続いている・・・・・。
ギリギリと言っていいだろう。
20+1周年などと言い出して余計なことをしているせいで、ニッチモサッチモ行かなくなっている。
来月のモンゴルセミナーまで着地が心配だ。

そんなわけで、もう6月。
すでに7日を過ぎている。
いつの間に・・・・・という感じだ。
目の前のことは終わらないというのに、時間は疾風のごとく去っていくので、結構戸惑っている。

50歳を過ぎたら時間ができると漠然と思っていた。
仕事も少しずつ少なくするつもりでいた。
しかし、実際に50歳代になってみると、爽やかに働く60歳代が目に付くようになる。そして、70歳代の人たちも目に付くようになる。

前に進んだら、見えなかったものが見えるようになる。
それは理屈ではどうにもならない景色で、来てみないとわからない。
正に現場である。

人生の現場は海外旅行に似ているな~とよく思う。
アメリカのトイレは殺人的に汚くて、イスラムのトイレはいつもキレイで美しい。
この一事さえ多くの人は知らなくて、テレビなどの情報だけで感情を持つ。
そして、年を取るという現実も、そんなものの一つだと最近よく思う。

景色は変る。
どんどん変わる。
前に進んでいるのだから仕方がない。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2015/05/22(金) 08:34

ヘトヘト・・

映像セミナー終わりました。
ヘトヘトです。
北は青森から南は九州まで全国から、こんな田舎に来て頂いて、本当にありがとうございました。

ノリでこんなことを企画してしまうんですが、いやー変わったことをすると疲れます。
さらに、妙にハイになった方々大勢と二次会まで行ってしまって、ずいぶん飲んでしまいました。疲れが取れるには数日かかりそうです。

その二次会を主催者側がなーーにも用意してないのに勝手に段取ってくれて、大車輪でワガママ軍団の相手をしてくれた二人にも感謝します。

・・ということで「20+1周年企画」の本番にいよいよ突入しました。
やる側は苦しいです。出口はいつになることやら・・?

来月は、『VIPミーティング』があって、『帰ってきた、なんちゃって易経セミナー』があります。
どちらも誠意準備中。全然仕事は終わっていません。
『VIPミーティング』もできたら特別な形でやりたかったのですが、さすがに無理なのでいつものようにやります。でも、秋は何かしたい気分もあります。あくまでも気分なので期待はしないでください・・。

なお、今回の映像セミナーは例のごとく、これから何かやる時、話す時の材料になっていくと思います。良質なコンテンツを共通の角度で見ておくことは、想像以上の力を持っています。
ですから、今回の一番の狙いには、「借景」があります。

あの11時から18時までの9時間の場(空間)を、参加いただいたみなさまがどう「借景」するか、そこが課題であると同時に成果物としてジワジワ効いてくることを狙っています。

Dファクなどで比較的頻繁に会える方々は、そうしたことの確認も随時していきましょう。

また気が向いたら、こうした企画をやるかもしれません。
ネタはいくらでもありますので、コンテンツには困りませんが、こういうセミナーは準備に異常に時間がかかります。
今回も昨年の年末に作業をはじめて、準備終了が4月の頭ですから、長い旅だったな~。

途中コンテンツ全部入れ替え、さらに、セミナー当日の2日前に、内容を大幅に変更しました。
ついでに、前日のリハーサル後に、細かい順番の変更を思いつき、当日朝に指示。実は、現場ではいろいろ混乱がありました。でぇ、最後に、セミナーの終わりのところで、一つチョンボもしています(内容を言うと残念がるから言わない)

そんなセミナーでした。
話した時間は短かったけど、本当に疲れました・・。

・・とは言っていられないので、次に行きましょう。
まずは、『VIPミーティング』を今の勢いで突っ込みたいと思います。

【苦しめTAROお仕事LIVE】

2015/05/19(火) 08:31

20+1周年

今年は、当社の21年目である。
昨年20周年なのを忘れていて、今年「20+1周年」などと言っていろいろ企画を用意している。
すでに、1月に無料セミナーを終えているけれど、本番は明日から怒涛のセミナーラッシュである。

まずは、明日、私の地元で『映像セミナー』。
5年前にもやったけれど、映画を肴に好きなことをぶっちゃける・・という誰が参加するのか?というようなセミナーである。
しかし、世の中は広いもので、こんな田舎にこんなセミナーのために結構な数の人が来る。
んーーー、いいのだろうか・・・・?

その後、『VIPミーティング』を挟んで、易のセミナー、モンゴルと続き、秋には、かなり直球のセミナーを予定。
映画に、易に、モンゴル・・と変化球が続くので、たまには直球を・・ということなのだけど、最近は『Dファクトリー』などを中心に実務的なノウハウはどんどん出しているつもりで、さらに、そういう場があると最早コンテンツをまとめる作業なんてイカサマにしか思えないので、さてどうやるか・・・と悩んでいる。

なお、楽しみにしている方々が多いと思うけれど、アメリカツアーは延期します。
どうにもこうにも首が回りません。
もう、地獄のような日々を何日も過ごしている状態で、とても余裕ありません。

あ、そういえば、8月には新刊も出ます。
そのうちゲラが来てしまうことを思うと、これも気分が重い・・・。

・・・と言いつつ、明日はよろしくお願いします。
参加者の方々が、フラストレーションがたまる展開を予定していますので、そのつもりでご参加を!
その分を、後の大宴会でアルコール消毒のつもりでいます(笑)。

【TAROの日記】

2015/05/18(月) 08:29

王様がお亡くなりになる

BBキングが死んだ。89歳だったそうだ。

70歳代を迎えている有名ミュージシャン達に対しては、「いつの間にか、そんな年かよー」と思うけれど、BBって昔から89歳くらいだった気がしていて、「そんな年かよー」とは思わない。だから、死んだことがショックだ。
自分の中では、なんとなく死なないイメージができていたらしい。そんなわけないのに、イメージとは恐ろしい。

私がBBをはじめて聞いたのは中学生だから、あの頃のBBは40代。んーーー、そうだったのか~と思ってしまう。
しかし、中学生には、BBの良さなどわからなかった。
クラプトンが『461オーシャン~』を出した頃で、レイドバックしたクラプトンもよくわかんなかったのだから、BBなんてわかるわけがない。

ところが、年齢を重ねるに連れて、状況は大きく変わる。
今では、ギターを持てば自然にBBのB♭のフレーズを弾いてしまう。手クセというやつである。ジワジワと侵食されていって今に至るという感じだ。

手クセといえば、3月にはジョン・レンボーンがお亡くなりになっている。70歳だったそうだ。
えー、そんなに若かったのー?と驚いてしまった。
ポールやキースやディランなどより若かったのだ。
私は彼らよりも10歳は上だと思っていた。
ジミー・ペイジの方が1歳上だったなんて、その影響から考えたら逆だと思ったとしても仕方がない・・・。

ところで、89歳や70歳のミュージシャンを偲んでいるというのは、若者から見たらどうにも関係ない光景なんだろうな・・・。自分でも、その光景に驚いてしまう。

でも、その若者たちも、彼らの音の凄さがわかる時が来るかもしれない。
だいたい、最近の濃い若者たちの中には、ポールやストーンズのライブに来るけれども、あんまりわかっていないようなおじさん達を遥かに大きく、超絶に凌駕する知識と経験の持ち主がけっこういたりする。だから、今すぐに一緒に偲んでくれる可能性もあるかも・・。

 

【TAROの日記】

2015/05/12(火) 08:31

最近、すいている

田舎の車通勤でイライラすることはほぼないが、それにしても最近は輪をかけてすいている。
大げさに言うと、通勤の間に車を何台見るかな~という感じ。

通勤の景色なんてそんなに変わるものとは思えなし、そもそも出発点である我が家は、田舎の中の田舎なので、事情の変更なんてものもあり得ない。
半年前くらいに事務所前のどん詰まりの道が開通したけれど、そんなことは我が家周辺に影響などあるわけがない。

・・・とにかく、事情はよくわからないのだけれど、あまり車がいない。

すいている道はいい。
イライラがない。
遅い車は追い越せばいいわけだし、ほぼ自分のペースがキープできる。

社会で生きていかなければらないのは人間の宿命なので、その社会で自分のペースを優先するのはいろいろ工夫がいる。
例えば、通勤に関して自分を優先しようと思えば、自家用ジェットを買うか通勤をやめてしまうしかなく、どっちも選択できないので、早く会社に行く・・という選択になったりする。

田舎なので、そんな工夫をするほどの深刻さもないので、フツーに通勤しているわけだけど、自分ペースがキープできるに越したことはない。
でぇ、人間はワガママになっていく。
自己努力のないタマタマなんて、明日にはあてにならないものだけど、これが基準になってしまうから大変良くない。

案外、イライラの種って、こういうタマタマの受容から起きている感じがするんだよなー

【TAROの日記】

2015/05/11(月) 08:32

新しいシールドで考えた。

シールドとは、エレキギターとアンプを繋ぐケーブルのことを言う。
昔は、ずいぶんな安物を使って来たけれど、中古のチューブ(真空管)アンプを買った頃から、いろいろ試すようになってきた。

そして、昨年、クリーン・トーンがきれいに出る6000円くらいのシールドに出会い、これが決定打だと思って使っていた。

ところが、この間、16000円もするあるシールドと出会って衝動買い。
これが次元を超えて凄い。
超高級なギターを一本買ったくらいの衝撃があった。
シールド1本でここまで音が変わってしまうのか!と心から驚いた。

調子に乗って、持っているギターを取っ替え引っ替えして試してみたけれど、凄すぎる。
最近音が細いと感じてきて売ることを検討していた某レスポールも生き残りが決定である。

たかが、シールド1本で、世界が変わる・・・。
これはちょっと考えてしまった。
要はどこなのか・・ということを勘違いしているとお金と時間がムダになるというお話であり、
そもそも、何でも検索できる時代になっても、知らないものには出会えないというお話だからだ。

実は、便利になった今も、根本的な解決からはほど遠いところに私たちはいて、かえってそれが明確になっているというのが今の時代だ。

では、絶対に検索不能なものとはどうやって出逢えばいいのだろうか?
ふふふふふふ、答えは簡単である。
できるできないは別にして答えは簡単だ。

実に、今という時代の壊れ加減と便利さの間に、それはあるのだと思う。
検索の時代だからこそ、その差は開く。
質問を見つけることの重大さは、巨大になりそうだ・・。

【TAROの日記】

2015/05/08(金) 08:33

今年のGW

GWといえば、仕事三昧・・・と決まっていたものだが、昨年あたりからのんびりできるようになってきた。
理由はいろいろあるけれど、今年に関しては、GWに思いっきりやろうと考えていた仕事が案外早く終わったのが大きい。

そんなわけで、大好きなラーメン屋に息子や家族と3日連続通ったり、庭でバーベキューなどして過ごした。久しぶりに2日ほど走ったりもした。

とてものんびりしたていて、もちろん喧騒などとは縁遠い日々ではあったけれど、外縁の喧騒をなんとなく感じてしまうのが不思議だった。
自分の周辺だけがオブラートに包まれたように静か。そして、外はザワザワしているような・・・・・、そんな感じはきっと避けられない。日本中がみんなでのんびりするなんてあり得ないわけだから、静けさとは、外縁の喧騒との共生で成り立つものなのだろう。

そんな静けさの中に、次女が友人5人連れて帰省してきた。
5人のお友達は軽音の同僚らしい。
そんなわけで、私の音楽趣味全開の書斎は、彼女たちの天国となった。
彼女たちは、ステレオセットに電源を入れることを要求し、さらに、好みの音楽を私に訴え、私のコレクションの中から好みにあった音楽をセレクトして欲しいと言う・・。

・・・・・・静けさの中に、外からザワザワがやってきた感じ。これがとても面白かった。
そして、彼女たちは音楽聞いたり、歌ったり、ギター弾いたり、太鼓叩いたり、マンガ読んだりして、一泊だけしてあっという間に去って行った。

そんでもって、再び、静けさ。

今まで、GWと言えば、仕事ばかりだったけれど、こういうのは楽しいな~と思った。

【TAROの日記】

2015/04/24(金) 08:31

トンカツ

地元の老舗のトンカツを40年ぶりくらい(?)に食べた。
一時味が落ちたという評判と別のおいしい店が現れたので、我が家も別のお店に移行。
そのまま、その別の店に落ち着いていたけれど、最近は復活している・・という噂を耳にして食べた。

40年近い時間だから、「最近」がいつ頃からなのか謎だし、今でも店が残っていることを考えると、一時味が落ちたという評判さえわからない。

店に行くと、かなり年をとったおばーちゃんがいた。80歳はゆうに超えていると思う。
そして、厨房には、60歳くらいの女性(娘さんか?)
さらに、ホールには、若い娘(20歳くらい?)がいた。

ボクが、ここのトンカツを食べていた頃は、10歳くらいだから、おばーちゃんは40歳くらいで、奥さんは20歳くらいで、娘さんは生まれてなかったのだろう・・。
そんなお店の人達の構成を見て、時間の経過を味わった。

ところで、味。
ほのかに、昔の香りがする。
この店独特のものだ。
しかし、「ほのかに」である。
昔は、もっとこの香りが強かったように思う。

味は、昔とは比べられない。
子供の頃だから覚えていないのだ。
そして、昔は超がつくごちそうだったトンカツも今は普通の食べ物だから、特段言えることもない。

でも、「ほのかな」香りは懐かしい。
香りよ、もっと大きくなってくれ!としみじみ思った。

・・・・・香りとか音というのは、日常では脇役的なところがある。それは見えるものの情報量のほうが圧倒的だから仕方がない。
でも、記憶の中枢で支配的なのは、香りや音のような気がする。
我々は、音楽のバージョン違いを一音で見抜く。まず騙されることはない。

しかし、目はいつも騙される。
目の前にいる人が、美人というだけで騙されるのだから話にならない。
その時、他の五感は違和感を発していてもダメである。

だから、視覚優位を少し変えてみると、違ったものが見えたりする。
この遊びは面白い。
信じられるものが変わる瞬間でもある。

トンカツ食べながら、香りの記憶の強烈さを確認しつつ、記憶の香りとの微差の裏に何があるか考えていたら、それだけで月並みなトンカツでの食事が面白くなった。

【TAROの日記】

2015/04/23(木) 08:34

山が芽吹いている

新潟の事務所から見える山が芽吹いてきた。
あーー、山菜採りに入りたい・・。
しかし、明日から東京なので、今年もそれはかなわない。

・・・とこんな毎年を続けているうちに、山菜採りやキノコ採りで山に入ることがなくなってずいぶん経ってしまった。

昨日は、山の知人からもらったコゴメやウドなどを天ぷらにして食べたけれど、やっぱり自分で採りたいよな・・。

目の前に山が見えて、それが芽吹いていて、残雪もあって・・・・・。あー、格好のシチュエイションで天気もいい・・・というのになんてことだ。

・・とこういうことも毎年思っているのだけれど、自分の中で優先順位が上がってこないために、毎年似たようなことを言っているのだろう。

でも、「まだ、まだ」って言っているうちに年を取ってしまって、山を騒ぐ感覚と体力がなくなるのも怖い(体力はすでに落ちてはいるが・・)。

おそらく、残っている「まだまだ」は、後、これだけのような気がするから、そろそろ勝負しておくと完璧だとは思うんだけどな~。

【TAROの日記】

2015/04/22(水) 08:41

昨日のセットリスト

昨日のポールの大阪公演のセットリストをぱっと見てがっくりした・・。

2013年とあまり変わらない。
ウクレレ『something』とかもまんまで、あのラストもまんま・・・。
大阪人をバカにしているのか、東京も同じか・・と考えれば、まー同じでしょ。

頭を、『Magical Mystery Tour』で盛り上げて、後はほとんど同じ。新曲もあるようだけど、現役感は感じない。

2013年のポールのライブの後、トム・ヨークを見た。
例のフリーとかとやっているバンドだ。
失神者が3人位で出たと思うけれど、凄いステージだった。
ポール直後だったので、その現役感の差をしみじみ感じた。

まー、仕方ない・・・・と言えるか?

言えるわけがない。

なぜならば、ディランがいる。
ディランは、昔から神かもしれないけれど、今が一番神だと思う。
彼のステージを思えば、ポールのセットリストは納得いかない。

ジェフ・ベックもいる。
ベックのギターの現役感は半端ではない。あれは人間なのか?と思う。
昔と違って、フラフラとニコニコとやっているけれど、聞こえる音は凄まじい。

・・ということで期待度が真っ逆さまに落っこちた状態で27日のライブに行く。
武道館のチケットは買わなくて良かった。

大衆音楽とそれ以外の音楽の差であることは重々承知しているけれど、大量の持ち歌を持つミュージシャンだけに残念だ。

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