【苦しめTAROお仕事LIVE】
2012/11/12(月) 08:39
セミナー疲れ
毎度のことだが、年をとったと感じる。
ついこの前までなら、3日間のセミナーの後でもバンバン仕事をしていたものだけど、この土日はまったく何もせずに遊んでいた。
『VIPミーティング』は近いし、今月やるべき仕事もまだほとんど手を付けていない状態というのに・・である。
さらに、家からもほぼ出ることはなく、妻と娘が東京に行っていたので、受験中の息子と二人の暗い家。
こういう静かな環境なのだから、読書にも仕事にも最高の環境だけど、ヤル気が全然しない。
それで、ほぼ一日中、ギターで遊んだ。
ギターを本格的に復活して、もう少しで1年。
いまだにリハビリ中であるけれど、だいぶ右手も左手もマシになってきた。
そんな上げ潮な気分もあって、ついついギターに手が出るのだろう。
ついでに、『エイジャ』の作曲法の本なんかが出たりして、これがまた面白いものだから、コード理論オタクに着火!!
昨日の半分は、Fの単純なブルースを複雑怪奇なコード進行に変身させていく作業に没頭。
できてみたら、やりすぎで、スティーリーダンのようにはいかないことを痛感。
・・・こんなことで、今週いっぱいで、やるべき仕事を終わらせられるのだろうか?
んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【TAROの日記】
2012/11/06(火) 08:44
窓から三色
出張続きでバタバタしているうちに妙高山~火打が真っ白になっている。
そして、事務所の正面の南葉山は紅葉。
さらに、里山は緑。
3色を楽しめる時期なのだが、これから軽井沢へ。
また、セミナーである。
んーー、今年ももう終わってしまうな~。
【TAROの日記】
2012/11/05(月) 08:40
目の前で何も起こっていない・・とうのは凄いなーと思った。
あらためてですけど、目の前で何も起こっていないのって、なにか起こっているんですな・・。
でぇ、目の前で何も起こっていないことの方が、目の前でなにか起こっているよりも、なにか起こっているというのを久々に実感することがあって感激したりしています。
しかし、世間は、目の前でなにか起こっていないと評価しないですから、そんな世の中の常識を眺めていると、ますます、目の前で何も起こってないように見えることを評価できるセンスは生き残りの重要な能力になってくると思う次第であります。
しかし、これが嵩じ過ぎるとロクナコトはなくて、「スピちゃん!!」の方に大きく旋回することも往々にして起こってしまう可能性があります。
あのシュタイナーでさえ、調子に乗りすぎて、大きく旋回し過ぎたきらいがあり、生前、物議を醸すことになりましたから、基礎的学問がしっかりしている人でさえ危ないという現実もあります。
まー、それで大きく旋回し過ぎて、スピリチュアルになる人達は、それはそれで、その人の不安定さの結果でしょうから放っておいて、やっぱり、何も起きていないということを思考の中心に置くことは大事なことでしょう。
でぇ、経営でも、そこんところがかなり重要になってきそうです。
さて、そうした場合に、何も起きていない・・ように見えるもののどこを眺めればいいのか?
そこんところのキモが、少しわかってきたような気がするので、そこんところを頭レベルに落とし込めたらいいなーと思っています。
12月の補高では、少しそこんところを考えてみましょう。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2012/10/30(火) 08:36
モンゴルで考える
すでに、google+では告知済みですが、今年の夏に予定しながらやれなかった『戦略構築ワークショップ』をモンゴルで行うことにしました。
定員は15名から20名くらい。
来年の夏くらいを予定しています。
優先案内を希望の方は、【モンゴル案内希望】と書いて個別にメールいただければ、後日(おそらく3ヶ月以降先・・)、案内させていただきます。
ヨーロッパ、中国という私たちが重視している2つの歴史。この歴史を一度解体し、冷静にユーラシア大陸で起きたことを見てみれば、私たちの信じていることは木っ端微塵になります。
堺屋太一氏も、モンゴルを小説(でしたっけ?←読んでいないのでわからない)に書いていますが、この場所は人類の歴史を考えるうえで重要な場所です。
私はモンゴル以上に、鮮卑とか、東胡とか、匈奴などの中国人から差別的なネーミングをつけられた周辺の国家、民族にとても興味があります。
彼らのことを知るのは限界がありますが、それでも、彼らのことを知ると、誰でも、私たちの知っている歴史に違和感を持たざるを得なくなるでしょう。
そんな違和感の場に5日ほどウロウロしつつ、遠く今の日本を眺めながら、自社の戦略構築を考えます。
時間はたっぷりありますから、私がどちらかと言うと得意とするインプロビゼーション中心で進行させます。
夜は、どんちゃん騒ぎ!!
モンゴルの原野を「原始クラブ化」させるつもりでいますので、そういうのが苦手な人には、ワーク的な要素にもなりますし、好き者には、たまらない時間になる予定です。
なお、当社的には、国内で無難にやれば、苦労も少なく、おそらく収入も多いセミナーを、ほぼボランティア的に行う・・という私としては珍しい(奇跡的)試みです。
最近、変なお世話モードが出て、戸惑う時があるのですが、これもどう考えてもそんな一連の行動の一つなのは間違いありません。困ったものです・・・・・・・・。
【TAROの日記】
2012/10/29(月) 08:30
ネパール帰り
ネパールから帰ってきた。
できるならば、これからネパールは毎年行くと思う。
山の景色は、普通だ。
正直、日本アルプスの冬景色とそれほど変わるものはない。
全般的な景色も、1500m付近までは、日本の田舎。
2000mを超えても、私の日常の景色とそれほど変わるものでもない。
しかし、パーツの一つ一つは、そうだとしても、何かが違う。
そして、目の前に展開する景色が仮に普通に見えても、その奥底にあるスケールに圧倒されるのだった。
もちろん、山のスケールそのものにも感動する場面はあった(意外に少なかったが・・)。
でも、そういう目の前のことよりも、もっと深い何かが動いた。
カトマンズで、山の地図を数枚買った。
私は、地図を見るだけで、地形が立体的に立つ質なので、地図をぼーっと眺めるのが大好きな男だ。
しかし、エベレストやダウラギリの地図はそれを許してくれない。
頭で理屈を屈指しないと、映像が立ち上がらない。
それは、経験がないからだ。そこには、経験のない者が、まったく想像ができないコトが存在している。
私が、「いい景色だねー」という雰囲気に、チンタラと同意して喜んでいたところから、スイッチが一気に変わったのは、この地図を見た時だったと思う。
地図には、想像を絶する情報が記載されていて、その情報の立ち上がりが、私を呼ぶのだ。
地図を眺めながら、私には、一つの沢の景色が浮かんでいる。
ここには、3日もあれば行けるという。
来年か、再来年には、そこに私はいると思う。
20代の時に、ネパール行きが話に上りながら、行かなくなったことがあった。
ヤバかった。あの時行っていたら、人生がどうなっていたことか・・。
50歳でネパールを知ったのははっきり言って悔しい。
この年と故障した足では、2週間のトレッキングとかは無理だ。
でも、そういうことになっている。
そして、与えられた条件下で、私なりに経験を増やす。そう決めた。
【TAROの日記】
2012/10/12(金) 08:34
クマ2
例のクマは、街に出没しているそうである。
山から降りて、村に入り、街へきて、ウロウロ。きっと、迷子である。
しかし・・・・・、なぜに、あんなデカイ生き物が、発見されるだけで捕まらないのか?
それは、発見した人が逃げるからだろうな。
だから、まだまだ捕まらないかも。
その間、上越市の人は恐怖におののき(・・案外、他人事?)、クマは、クマで迷子を憂いている・・という感じか?
出会ってしまった限り、戦うしかない・・というのは、『伝説巨神イデオン』のテーマの一つだったりするんだが、人とクマはその運命を避けつつ、ウダウダとダラダラと過ごしているのだった。なんだ、まるで、年金問題ほか日本の棚上げされた制度の数々みたいではないか!!
ここに、”ニッポン”というのが集約されているようで面白すぎるな・・。
【TAROの日記】
2012/10/11(木) 08:35
再来週からネパール
再来週からネパールに行く。
明日一日、新潟で仕事をしたら、東京でググっとお仕事。
そして、そのままネパール。
あの国も、変に統一目指したらおかしなことになった国の一つ。
でも、小さいから、そのまま戦国時代のようなことになっていて、そのうち外から伝染病が来てしまった国と言えるか?(徳川幕府のキリシタン禁止は、その文脈で考えると意味があるよな・・)。
ワタクシ的文脈では、「ブティック時代」の空気を感じに行く・・というところだけど、そもそも、ネパールは、山屋の現役時代に行きそこねたところなので、本音は、ヒマラヤ周辺に行く事に尽きる。
豊かな文明とブティック的社会の混合とは、どういうものなのかね。
そこんとこが未来だな~と思うので、トレッキングとかテントでウダウダを楽しみつつ、そんなところを見てきたいのだった。
【TAROの日記】
2012/10/10(水) 08:29
あらためまして、言葉
昨日、Google+で、アドリブ話で盛り上がった(勝手にか・・)。
しかし、あらためて感じたことだけど、ひとつの言葉に包含されているコンテキストの差が歴然とする会話だった。
たとえば、ギター弾きの間では、ペンタトニックという言葉は知らない人はほぼいない。
そして、私がある曲のイントロをペンタだ!と指摘すると、なるほど!と言われたりして会話が成り立つ。
しかし、昨日、この使っているペンタという言葉に包含されるコンテキストには大いに差があるのだなーーーーぁと知ってしまった。
会話としては成り立っているけれど、実は全然会話になっていなかったのである・・。
実は、仕事では、こういうのが嫌で、私は言葉が通じる人を周辺に増やすという作業をここ10年意図的にやってきた。
気づいたら、言葉が通じない人たちを遠ざけている結果になっていたり、周辺同士の温度差も大きくなってしまった。
そこは問題ではあるけれど、確実に、レベルの高いことはやれるようになってきたという気分はある。
言葉、そして、意識を同次元にしておくことはとても重要なのだ。
もちろん、それによって世界は狭くなる傾向もあって、私はカタワ度を強くしていったとは思っている。
でも、言葉に包含されるコンテキストの濃度は重要だ。
その濃度が仕事も趣味の質も決めると思う。
では、濃度はどうやって濃くするのか?
その答えは、こんなところで書く気はない。
しかし、それはそれとして、その濃度に意識的な人とあまり気に留めない人がいるのには驚いている。
では、その差は何から生じるのだろうか?
実は、そこに「戦略眼」というものが関係しているように思えてならない。
どういうことかというと、言葉の向こうを見ようとするか、しないか・・みたいな感じ。
んーーー、言語化が難しい。
言葉をテーマにしているのに何を言っているんだろうね・・。
【TAROの日記】
2012/10/09(火) 08:32
クマ
我が家の近所でクマが出て、二人の大人が襲われてケガをした。
一人は家に入ってきて襲われたらしい。
体長1mくらいというので、子グマのようだけど、周辺はちょっと緊迫している。
しかし、熊が出た場所は、平野のど真ん中。周辺は田んぼばかり。
どうして、発見されずに移動ができているのか不思議だ。
昨日は、事故の起きた場所から7kmくらいいったバイパスでも発見されているらしい。
どうやって、そんなところまで見つからずに言ったのか、&昨日発見されたのに、どうして捕まらないのか不思議だ。
高田平野は2つの山域に囲まれている平野で、この2つの山域は、昔からの私の山遊びのフィールドでもある。
そして、熊は、今回出没した近辺の山の反対側では、出る可能性が昔から言われていた。
しかし、今回出没した側はあまり聞くことがなかった。
ところが、最近は、どっち側も普通にクマがいるようになってしまった(まー、昔からいたんだろうけど・・)。
ここんところ山菜採りもキノコ採りもいけないでいるので、あまり事情はわからないけど、山も変わってきているんだなーと思う。
今年の我家の庭は、ナリモノが豊作だ。
普段、ちょっとしか取れないブルーベリーも大豊作。
暑さのせいだと思う。
そんな我家の畑の状況と熊の出没が結びつかない。
何が起こっているのかね?
当分、犬の散歩も用心という日々が続く。
【TAROの日記】
2012/10/05(金) 08:26
2週間
2週間が経った。
何が2週間かというと、自宅にいるのが2週間になる、つまり、新潟の事務所で働くのが連続で2週間になるということ。
意外にも、これが久しぶりなのだ。
だから、とても長く感じる。
さらに、来週1週間も新潟なのだった。
新潟の生活は、比較的、規則正しく回る。
おかげで、仕事もはかどる。
いろいろ余計なこともできる。
しかし、濃密な分だけ疲れる。ヘトヘトになる。
正直、もうギブアップな気分なのだった。
しかーーーーーーーーーし、しかし、それでも仕事は減らない。
むしろ、規則的に仕事をしていると仕事が増えていく(なぜだ?)。
この10日ほどの圧縮した仕事の日々で、淡々と仕事こなしていたら、ちょっとした自分の一言で、それ以上の仕事がドカーーンと降ってきた・・という感じ。
いくら仕事をやっても、少しずつしか減らないけど、やってくる仕事はドカーーンなのだった。
まるで、雪みたいだ・・。
毎度のことながら、真空状態を少しでも作ると、そこは何かで埋まる。
それも当初あったものより大きい何かが来る。
もう本当にキリがない・・。そういうもんなんだろうな。
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