【毎日が哲学(土・日・祝祭日 休業)】
「毎日が哲学」365日目2005/11/30(水) 06:55
本を書くということは、裸で街を歩くようなものである。
ついでに、こんなところに「哲学」などとウソをつきつつ、適当なことを書いているのは、裸で喫茶店に入るようなものである。
さらに、ついでに、「次は何をしようかな~」と考えながら、まだ続ける気でいる太々しさは、喫茶店で裸踊りを続けるようなものである。
と言うことで恥知らずの裸踊りは続きます。
そんなわけで最後(?)の哲学。
「冠に”無理”という言葉がくっつく行為にまともなものはない」
ということで「無理」に365日をやり続けた『毎日が哲学』は本日でエンドといたします。
大変大変ご迷惑をおかけしました。
厚顔無恥さは自らも承知のうえ。ですから、最悪です。
勘違いしてやっている方がまだかわいいというものです。
そんなわけで、明日より新シリーズ。
厚顔無恥の意味なしカキコは、これからも続きます。
とりあえずは、
最初から最後までおつき合いいただいた方も、
途中から見ていただいた方も、
「くだらねー」と言って既にこんなブログは見ていない方も、
今日だけたまたま見てしまった不幸な方も、
ひとまとめで、ありがとうございました。
岡本 吏郎・・・・・・・・撤収!!
「毎日が哲学」が終わってしまうなんて少し寂しいですね。
結構楽しく読ませて頂きました。
ありがとうございました。
読みながらいつも感じていたのは、岡本先生は脳を使っているなぁーと言うことです。
この「毎日が哲学」で脳の使い方を学んだように思います。
実際に自分で使い切るのはまだまだですが…
次回からどのような進化が見られるのか楽しみにしています。
楽しい裸踊り、ありがとうございました。
毎日見て楽しんでいた私は見る阿呆ですね。
踊るほうも楽しかった(苦しかった!?)ことと思います。
新シリーズも楽しみにしてます。
コメントはあまりしていませんが、このコーナーを読むのは日課でした。
音楽ネタに反応したかったんですが、何故か遠慮しました。
でも、楽しかったです。
ありがとうございました。
クイーンのライブ見たかった?。
365日、お疲れ様でした。
‘終’があるっていうのは、良いですね。
次回作は期限を設けず、ダラダラ?っと3年くらい続けて‘ある日唐突に終わってしまう’というのはどうですか?
楽しみにしています。
お前は、最終的に、勘違いをしている。
それは、始まりと終わりを同一と勘違いしているということだ、もしくは、始まりは終わりを予定している、という(仏教的)前提だ。
始まりは、お前が決めることであり、終わりもお前が決めることだけど、「終わってしまった」事態は、お前が決めることではない、このブログの愛好者、または、読者が決めることだ、大衆の決意と創業者の思惑は、関連がない、ということだ。
書込みの主体を「オレは止める」ということは許されるけれども、、「だから、オレの思想の担い者の書込みも許可しない」というとととは、同一=”=”ではない。
毎日が、最後の日!
あれれっ?…今日 初めてこの欄を見ました。
平さんのサイト見て、リンクで知りました。
「毎日が 最後の日!」
また 会う暇で・・・ん? 日まで…でした。