【TAROの日記】
2012/03/26(月) 08:37
上から雪が降ってくるので腹が立った
朝から雪である。
「まだ、降るのか・・・」と怒りがこみあげてくる。
好きで雪国に住んでおきながら、勝手である。
今年は、雪国の花は遅そうだ。
今の状況では、春なんか一生来ない感じがしてしまう。
でも、それでも春は来る。
四季というのは予測が可能だから、なんでもないように思えちゃうけど、「それでも春が来る」ということがわかっているというのは凄いことだ。
世の中は無常で、常に流転していて・・・ということがわかっているわけだけど、私たちは通常四季と同じような予測ができないで藻掻き苦しむ。
そして、それについて考えても仕方がない。
冬の真っ最中の人に、「それでも春が来る」なんて言葉は無意味だ。
私なんて、今日の雪ごときにも怒りが出るくらいなのだ。
人類は、こうした状況に対して、対応策を考えた。
“最悪”を考える。
これが人類の考えた対応策だ。
しかし、この対応策には、コストがかかる。
だから、人類は、”折り合い”ということを考えざるを得なかった。
そして、目の前の”折り合い”と”最悪”という心の準備のセットで暮らすことを覚えた。
しかし、人は勝手である。
“最悪”という心の準備は、春や夏が続くと忘れてしまう。
好きで雪国に住んでおきながら、勝手な私は人類の一般的な親父なのだ。
そして、この勝手な人類は、バカなことを考える。
“折り合い”に対するコストや我慢さえも忘れてしまうのだ。
そして、矛盾したことを平気で言い出す。
財政難はイヤ。消費税増税もイヤ。
こうした発想が大手をふるう。
そして、「だって、まず財政再建でしょ」と最もらしいことを言う。
ヒトラーはこういう人の気分を利用して政権を取った。
今なら、「財政再建!!減税!!」とか「原発全廃!!電気料値下げ!!」とか「年金支給増、掛け金削減!!」と言うんだろうな。
そういえば、似たような感じのことはすでに民主党がマニフェストに書いたな。
そして、みんなが民主党に投票した。
「アホか!」という私の態度に、「それでは政治は変わらないじゃないか!」と言う人もいた。
それでも、民主党はマシだった。
矛盾した政策は無理・・ということを世間にさらした。
ヒトラーのように強引に戦争による解決は図らなかった(図れなかった)。
しかし、「無理」をさらしておきながら、なんなんだろうね・・。
今でも続ける大衆迎合の態度は・・。
プラトンが見たら笑うな。
あ、笑う前に一言言うか。「もう運命は決まっている」と・・。
【TAROの日記】
2012/03/23(金) 08:45
またまた・・・、長い出張だった
・・・・そういうわけで、ブログもお久しぶりでした。
今年に入ってからは、こんな感じが続いているなーぁといろいろ考えてしまいます。
今回の出張では、一日だけ時間が空いてしまったので、ギターを持ってフラフラと観光地のホテルに泊まってきました。
風呂に入るのと、メシを食う時以外は、暇なので、ずーっと弾いて遊んでました。
よく考えると、東京のマンションで一日時間をムダにしているのと変わらないわけですが、まーいいでしょう。人生はそんなものです。
でぇ、3月は、ほとんど家にいませんでしたが、まーいいでしょう。それもそんなものです。
出張中、ヴェンダースの新作『ピナ』を見ました。
ピナ・バウシュに捧げた3Dの映画です。
私が彼女を知ったのは、フェリーニの『そして船は行く』が最初だったと思いますが、それはそれは印象に残るものでした。
ヴェンダースが描いたピナの生き方(表現)というのは、「業の肯定」ということでしょう。立川談志と同じなのです。
トリアーは『メランコリア』で、人の業に惑星をぶつけて木っ端微塵にしましたが、談志やピナは、それを肯定するところからはじめ表現の中に畳み込んでいきました。
惑星をぶつけてまで、木っ端微塵にしようと思うトリアーの気持ちはよくわかります。
私も、ある面で、人の業を憎む者の一人です。
でも、業の存在そのものをあえて隠そうとする社会のあり方にも違和感を持ちますから(みんなそうでしょうね)、「業の肯定」という命題はとても魅力を感じます。
そして、そんな気分の延長で思うことは、理想なんて幻想だということと、そんな幻想に振り回されるかい!!という軽い決意です。
だから、「何やってるんだろー、オレ」というのは嫌いじゃない。むしろ、そのマヌケ度が好きです。それが「人生はそんなものだ」ということなのだとも思います。
【TAROの日記】
2012/03/09(金) 08:27
社会におけるPILは何?
Google+で、勝手にフジロック出場者を誰にするかで盛り上がっている(相手する人は若干数名)。
すでに、レディオヘッドを筆頭に、スペシャルズ、ジェームズ・ブレイクなど、好きな者にはたまらない第一弾の発表があった。
しかし、レジェンドと最近表現されている古参ミュージシャンの発表はまだ。
そこで勝手なことを言い放っている。
2012年を眺めてみると、音楽の世界は大変充実したところにあると思う。
あの不毛の80年代がウソのようだ。
そして、90年代だってリハビリだったのではないだろうか?
だから、フジロックははじまるべき時にはじまったイベントだと思う。
それも、日本でのWOMADの撤退の後に必然的に生まれたイベントだと思う。
WOMADではマーケットが小さすぎたけれど、オルタナという枠組みに変えたら、市場がとても大きかったのだ。
そして、周縁を巻き込み、本体が周縁になっていった。
これは未来なんだろうな。
最早、オルタナという言葉さえ古くなりそうな、でも、オルタナって本質的にいつでもオルタナだから、形式美に入らなければ永遠だ。
今の音楽が面白いのはそこにあって、今の社会がつまらないのもそこにあるのだと思う。
社会は、PILやソニックユースなどの衝撃に驚きながら、それを受け入れなくてはならない。
では、社会におけるPILは何だろうか?
ちょっと目を広げれば、そんなものばかりのはずだ。
そして、そんな目で見ると、ITなんて、くだらない80年代だ。音楽がわからない人はボディコンをイメージすればよい(言い過ぎか?)
【TAROの日記】
2012/03/08(木) 08:36
安定の上
長女が帰郷中だった。今日帰る。
そこで、昨夜4人で酒盛りをする。
長男は修学旅行で不在。
最近は、5人が揃うことが珍しくなってきた。
その酒盛りの場には、なぜかギターが2台に、ベースが一台。
必然的に酔っぱらうと手が伸びる。
次女が弾き出すので(次女は酔っていない)、その指の動きを見ながら勝手に合わせると、「後ろから合わさないで・・」などと怒られるので、テレビのパフュームと合わせて遊ぶ。トータス松本とも合わせて遊ぶ。そんなことをしていると、次女はテレビゲームをはじめ、妻は酔っぱらっていろいろ怒っている。それを長女が「うるさい!」と言っている。
このどこか壊れちゃっている光景は、昨年の正月にスタッフがみんなで押し寄せた時と似ている。
みんなが酔っぱらって勝手に勝手なことをする。その秩序の無さが悪くなかった。
それが、家族4人しかないな場で起きた。
ただ、みんなが勝手なだけなのだけど、妙に落ち着く。
自分の家だから当たり前だけど、この光景に人間の本質的なものを感じる。
人は、安定感の上では、妙に活動的なのだ。
逆を言えば、秩序とは不安定の上に成り立つものなのだろう。
そして、人それぞれの安定感の差が秩序に対する反応を生む。
私が秩序を嫌うのはそのせいだ。
そして、うちの子供も必然的にそうなるんだろうな・・。
【TAROの日記】
2012/03/07(水) 09:30
春の新潟は好き
やっと春。
雪解けの気分がよい。
これも雪国だけの特権。
それにしても、今年は雪解けの景色を見てるだけで、冬の苦労が反芻される。それにしてもひどかった・・。
また来週から長い出張だけど、春の新潟でゆっくりしない手はない。あまりにももったいないと思う。たまには山菜採りにも行きたくなってきた。
だけど、3月の新潟は後数日しか経験できない。これは大事なリソースを無駄にしていることに等しいな・・。
足下のリソースこそが大事なのはわかっている。しかし、どうも無駄になっている。
どうも、動かないことの方に大きな価値がある年齢と時代になったようだと再確認中・・。
【TAROの日記】
2012/03/06(火) 08:36
朝ドラ
出張中にNHKの朝ドラにはまった。
今回の長期主張でも毎日見た。
ただ、新潟にいる時は8時に家を出るので見れない。
それで、帰ってきた今日から朝ドラを諦めていたら、車の中で見れるのに気づいた。便利な時代になったものだ。
本日の朝ドラは、開始からいつものボトルネックのBGM。
林檎のテーマ曲は、そろそろ飽きているが、このBGMが良い。
考えてみれば、ヴィム・ベーンダースがライ・クーダを起用して、印象的な映像を作ってから約30年。今では朝ドラのBGMである。
・・・ということを考えていたら、昨日の娘達との会話を思い出した。
今回の東京事変の解散ライブで、私がギターのリフがとても気に入った曲があった。
1-5-3と下がっていって、そこから半音下がって、1-4ー♭3と展開し、5に戻って、3-1-3を繰り返すフレーズ。これが気持ち良いのだ。CDでは、それほど印象的ではないフレーズが、ライブでは音が前に出てとても気持ちよかった。
そこで、家に帰ってから、ギターでそのフレーズを遊んだ。
そして、帰郷している長女に、「このフレーズ、いいよなー」と同意を求めたところ、「何それ?」と言われた。彼女はベーシストだからだな・・と納得して、ギター弾きの次女に聞かせても、同じ反応だったのだった・・。
ライブで感動していた彼女たちは、私が胸キュンしたフレーズをまったくキャッチしていないのだった(ショック!!)
だから、朝ドラのボトルネックなんて、おそらく大半が気にしていないのだな・・と思った。
あと一ヶ月すると、毎朝のボトルネックが聞けなくなるのは残念だ。
当分、デレク・トラックスでも聞いてリハビリになるのかな?と考えている。
【TAROの日記】
2012/02/09(木) 08:36
LCC
またまた、雪が凄い。
今年は、雪国で住み続けることに対する疑念を大きくした年である。
「疑念」などとは言っているけど、そもそも、ずーっと今のところにいる気は最初からない。
子供達にも、住みたい奴がこの家に住めば~。俺たちはいないから・・などと昔から言っている。
しかし、住み続けるかもしれない・・というのもどこかにあった。
環境はよいし、食い物もうまい。そして、多すぎるけど雪も降る。こんな良い場所はない。
代わりを見つけることを考えたら、めんどくさいし、このままここにいるのも悪くない・・とも思っていた。
しかし、後15年もすれば体力は衰える。
今と同じように雪囲いをしたり、雪を掘ることは不可能になる。
雪のためだけに、子供と住むというわけにもいかないので、そろそろ、次の住処を考えた方が良いのかもしれない。今から思考して10年後くらいというのは時期的にもちょうどよい。
ただ、よーーーく考えてみたら、こんな思考をしている雪国の住人はほぼいない。
誰もが死ぬまでここに住む。
昔からそうだし、これからもそうだろう。
しかーーーし、さらに考えてみると、人とは歴史的に見て流動的な生き物だ。
よくわからないが、私の先祖も名古屋方面から落ち武者になって新潟に来たらしい・・(本当かどうか知らん)。
ブラジルにもハワイにも・・・いろんなところに日本人の移民もいる。
それも今よりも不便な時代に、日本人は結構ウロウロしていた。
だから、タイには日本人町もある。
それで、LCCの就航というニュースを見ると、これからとんでもなく流動化は進むのだな~と思う。
私もシンガポールやマレーシアに彼女の一人でもいた方がいいのかも・・なんて思ったりする。
私の彼女発言は単なる冗談だが、実際に、中国とかに彼女がいる国際人(?)もいるわけで、あっちのほうが明らかに先進的だ。
春にちょいとシンガポールに行ってくるけど、香港みたいにどこでもフラフラ行ける場所になったらいいなーと思う(熱いのヤダけど・・)。
これから日本は、人もお金もドンドン出ていくんだろうな。
しかし、こういう時は、じっとしているのが勝ちだったりするけどね・・。
【TAROの日記】
2012/02/08(水) 08:48
またまた凄い雪!!!!!なので考える
昨日の朝礼でも言っていたのだけど、この日本の将来を考えると、公共による除雪はあてにならなくなる。
現在の雪国は、昔から考えたら凄いことになっている。
朝になると除雪車が出動。道路の雪をきれいにしてくれる。
これで、私たちは、どんな凄い雪でも仕事に出ることができる。
もちろん、敷地内の雪の処理だけでも大変。道は除雪されていても、雪がなくなるわけではないから、雪国の朝の通勤は、それだけで労働であることに変わりはない。
しかし、昔なら、働くことさえままならなかったはずだ。
そして、それはそれでよかった。
それぞれの地域の相互依存が低かった昔は、街ぐるみで経済が動かなければ、それはそれでよかったと思う。
ところが、現在のようなグローバル化に代表される相互依存性の高い社会では、昔のままなら地域の経済は沈むだけ沈むだろう。
そして、これから相互依存性が高くなったままに、除雪がままならない時代が来る。
公共インフラの更新さえままならなくなるのだから(さて、どこで橋が落ちて、犠牲者が出るか?)、雪なんてかまってはいられない。
雪国の静かな暮らしを選択するか、ガンガン働くか・・の選択の時代が来るのかもしれない。
しかし、こんなことを書いていながら思う。
もしや、インターネットによってピークを迎える相互依存性は、そこから逆に動くかも・・。そして、コンサマトリーな世界が待っている可能性もある。
んー、これっておもしろくないか・・。
【TAROの日記】
2012/02/07(火) 08:45
エネルギー
フランスの国土は日本の倍。
でも、人口は日本のほぼ半分。
GDPもほぼ半分。
フランスから見ると、日本人はゴチャゴチャしたところで、ガチャガチャ働く国なのだった。
さらに、本来、人は大事な大事な資源なのだが、この国の大事な資源は、公共インフラ同様に、老朽化が進んでいる。
老朽化・・というと、そんなことはない。まだ、使える・・という話は出そうだが、おそらく多くは使い物にならないだろう。
ドラッカーが1968年に言ったように、40歳以後情熱をなくしてしまった資本主義のホワイトカラーは、情熱なきままでも生活がなんとかなってきてしまったので、ほとんどが当てにならない。さらに、稀少な当てになりそうな人たちは、日本にいなかったりする・・。豊富なのは、消費者だけなのだ。
近代資本主義の要は、エネルギーの安さだった。
それが前提で、人口の多いところがいろいろ有利だった。
しかし、1973年以後、エネルギーは変数になり、さらに3・11でその変動性を増してしまった。
これは、人口が多いことが不利になる・・ということではないだろうか?
豊富な消費者が消費をする。これは資本主義には悪くはない。
しかし、その消費者はエネルギーも消費する。
なんてたって、国産の米でさえ、石油だ・・と言っても間違ってはいない。
だから、多くの消費もエネルギー消費だ。
昔の日本は、東南アジアにエネルギーを求めた。
今回は、風とか太陽とか、微生物とか、藻だとか・・言っている。
アントニオ猪木は、永久機関(フリーエネルギー)について何も言わなくなったが、あの幻想も、今でもそこらじゅうで追いかけられていることだろう(昔、昔から、あれは麻薬のような夢なのだ)。
問題は、成長ではなく、エネルギーだ。
問題は、年金などではなく、エネルギーだ。
なにもかも問題だけど、優先順位はエネルギーだ。
(雪国の雪だって、エネルギーがなければ、除雪もなにもできない)
すでに起こった未来は、エネルギーという要素のボラティリティーの上昇を定めた。
しかし、毎度のごとく、慣性は続く。
私たちが目の前にする大きなギャップは今ここにある。
【TAROの日記】
2012/02/06(月) 08:17
効率
仕事と雪堀りを1時間半後に繰り返し行うサーキットトレーニングの日々が、4日ほど続きました。
今回は、家で詰めて集中的仕事をしているところでの、大雪処理集中作業が重なってしまったために、こういうことになりましたが、これが案外具合がよくて喜んでいます。
一言で言うと、効率が圧倒的に良いのです。
1時間半後締め切りに向けて仕事をするのは、私の毎度のやり方ではあるのですが、その先に雪堀りが待っていると、さらに、効率的に頭は動くようです。
そのため、雪堀りという邪魔が入ったのに、予定通りに仕事が終わってしまいました。
これはちょっと驚きです。
人の仕事の効率性というのは、まだまだ研究の価値がありますね。
ドラッカーは、成果をあげるためには、「何をなすべきか」を考えねばならない・・と言いましたが、ここ数日の私の状況は、「何をなすべきか」×2だったわけです。
通常、「何をなすべきか」×2はまずいことですが、あまりにも仕事の種類が遠いといけちゃうようです。
ただし、現在、全身が筋肉痛ですので、後遺症も大ですな・・・・。
最新のコメント