【苦しめTAROお仕事LIVE】
2008/01/24(木) 05:02
クレーマーの心理4
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今週は当社のスタッフの方々にお送りしています。
こんな場所で訓示みたいなことをたれてすいません。
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今回のクレーマーの心理をちょっと考えてみましょう。
・このクレーマー(ボクのこと)は、自分の心が揺れないことを優先。
・クレームを言うと過去の怒りなども出てきて収拾がつかなくなることを非常に恐れている
・言うことだけ言って、相手からアプローチは許さない(時間を潰されたくない)
・したがって、基本的に、今後利用をしないという態度に徹している。
自分で言うのもなんですが、これは真のクレーマーです。
電話などで怒鳴るクレーマーよりも怖い人です。
最初から、電話の相手に何を言っても仕方ないと思っているのですから始末が悪い。
考えてみると、玄関が傷ついたことさえ相手には言っていません。事実だけを冷静に言うだけですから、こっちの怒りなんてそれほどわからなかったと思います。
確かに、こちらの怒りの解消のためには、誰かをサンドバックにするのがいいのですが、そんなこともどうでもいい・・と思えるときがあります。特に、自分の日常を守ることが優先だと特にそうなります。
つまり、今の自己愛を起因とするクレーマーの問題は、次にはこういう形に移ると思われます。
誰もが、クレームの心理の問題などを知識として知ることも普通になってくる、そして、自分の生活をより楽しく過ごしたいと考えるようになれば当然のことです。
ふざけたことをしていれば、笑って切られる。そんな個人優先の時代が来るんです。
それが自己愛型社会の究極の形でしょう。
資本主義とは、「約束」と「信用」から成り立ちます。
そして、今は、その「約束」と「信用」が商品になっているケースが多くなってきました。
そして、それが商品の根幹部分ではなくても、私たちはお客様に「約束」をし、それを達成した「信用」で商業をさせていただいていることにかわりはありません。
それができなかったら資本主義から排除される。そういう道筋しかないのです。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2008/01/23(水) 05:01
クレーマーの心理3
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今週は当社のスタッフの方々にお送りしています。
こんな場所で訓示みたいなことをたれてすいません。
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そういうわけで電話を入れました。
伝票の電話番号(横浜でした)に電話をし、「クレームの電話なので責任者を出せ!」と言って昨日のことを言いました。
相手は慣れている感じで、好印象のまま対応しますが、こっちは長々話していると怒りがぶりかえすので、今回の事実と今後佐川急便は仕事でも私生活でも一切使わないことだけを宣言しました。
相手は、「対処して折り返し電話します」と言いましたが、「電話は要らない。これ以上人の時間を奪うものではない。すでに、おたくのドライバーは私たちの大事な時間の計画を壊している。これ以上、何を邪魔しようというのか!」と言って電話を切りました。
こっちは、怒りがぶり返さないようにすることが肝心。
くだくだ付き合って入られません。
すでに、彼らが行ったことは取り戻せないのです。
確かに、人が死ぬこともなければ、誰かがケガをしたわけでもない。
しかし、彼らは、何の商品も提供せずにお金だけを回収したのです。
そして、その商品での弁済は不可能です。
できることなんて、損害賠償くらいでしょう。
「時間指定」とはそういう商品です。
電話の相手は、対処しやすいクレーマーだと感じてほっとしていると思います。
対処も適当の可能性もあるでしょう(まぁ、そんなことはこっちにはどうでもいいことですが・・)。
でも、本当はこういうクレーマーが一番怖いわけです。
さて、私たちにも佐川急便の「時間指定」と同じような商品があると思います。
今回の佐川急便のドライバーの行ったことは断罪ものですが、誠実に対処しながらも同様の事態が起こることもあるでしょう。当然、約束の重要性を甘く考えた断罪すべき事態も誰かが起こすかもしれません。
自社で、こうしたことが起こる状況を少々考えてみてください。
私たちも、過去に有料メルマの配信を遅延したことなどがありました。
佐川急便の「時間指定」とは商品の性格が違いますが、約束を守らない仕事であったことに変わりはありません。
愛読している週刊誌が、子供の頃、雪などが原因で遅れて発行されると悲しかったでしょう。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2008/01/22(火) 05:59
クレーマーの心理2
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今週は当社のスタッフの方々にお送りしています。
こんな場所で訓示みたいなことをたれてすいません。
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昨日の佐川急便事件の続きです。
佐川急便のせいで、60kg以上の荷物を階段の上り下りをしてエッチラオッチラと運こびことになったものの、こういう怒りの消化は心得ているので、アンプのセッティングをせっせと行ううちに忘れていましたが、母屋に戻ってみると妻が怒り心頭。
この重い代物により、玄関に傷が入った、時間無視を非常識と立腹していました(まぁ、彼女も怒りは長く続かないほうなので、それきりでしたが・・)。
翌朝、電話でクレームを言うことにしてその日はワインを飲んで酔っ払いました。金曜日の夜は楽しまなくてはいけません。
でぇ翌朝。正直、クレームのことなんて忘れてました。
だって、クレームを言って、得するのはこっちではなし。佐川急便の方です。
それに電話で話しているうちに、再び怒りが大きくなるのは見えています。
別に佐川なんて使わなければいいだけ。仕事でも一切使わない。それだけでいいわけです。
どうせ、黙っていたら、そのドライバー君はもっと大きな事故を起こすはずです。
時間という商品が売りの「時間指定」を何とも思っていない輩です。「約束」「信用」ということがてんでわかっていない輩です。まぁ、ボクがクレーム電話を入れなくても人生の結果は見えています。
佐川急便自体を好きでない消費者が多いことも認知していますから(佐川急便は知らないだろうなー)、問題はこっちの精神衛生上の問題のみ。そうすると電話をしないのが得策です。
しかし、妻に電話すると約束しちゃったので、かけないわけにはいきません。
あんまり気が進まなかったけれど、かけることにしました。
では、また明日。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2008/01/21(月) 05:58
クレーマーの心理1
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今週は当社のスタッフの方々にお送りします。
ホームページで訓示をたれる気もありませんが、たまにはこういう形もいいでしょう。
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金曜日の日に、土曜日午前指定の荷物が2つ我が家に届いていました。
一つは何ということはないのですが、一つは修理に出したメインアンプ。重さが60kg以上の代物です。
金曜日に帰宅すると、玄関には巨大な箱が横たわり、家族の怒りが目に浮かびました。
お腹がペコペコだったけれど、この巨大な物を離れの書斎に運び(汗だくです)、設置をしました。
運送会社を調べると佐川急便。
「あーやっぱり」と思いました。
インターネットのカゴ落ちの原因の一つに、佐川急便しか運送会社の選択がないというのがあると聞いていましたから・・。
その話を数年前に聞いたとき(当時は、センサーを貼ってこんなことばかり研究していました・・)、あまり消費者の心情がわかりませんでしたが、「なるほどなー、こういう経験を積み重ねるとそうなるのね」と思いました。
では、続きは明日・・。
【TAROの日記】
2008/01/18(金) 05:11
養老さんのインタビュー4
養老さんはインタビューの中で、「日本のサラリーマンは総じて面白くないですね」と言っています。
こうしたことは、養老さんに限らず多くの人が言うサラリーマンの枕言葉みたいなものですね。
まぁ、組織の論理に従わないといけないところがありますから仕方がないですよね。
ただ、私はサラリーマンの時、誰もがサラリーマンを辞めると思われていたようなので、従っていなかったのかもしれません。
でも、本人はいたって真面目に従っていたつもり。ですから、こういうのは体質の問題かもしれません。
つまり、組織の論理に従う人の受け皿が会社で、そういう器にそうした人たちの力を糾合することで、一人ではできない大きな力が出るという風に考えることもできますし、私はそうだと思っています。
勤めている会社が潰れる可能性が高い時代の今、サラリーマンという選択はリスクだらけ。だから、脱サラの方がリスクは少ないという考えも確かだと思いますが、その考えが普遍的かというと疑問です(まぁ、そういうことを言う人が普遍的にそうだ!と言っているわけではないですけど・・)。
養老さんはサラリーマンに参勤交代を勧めているわけですけど、どうなんでしょう?
それで活力が出るかどうかは別問題かな?だって、逆にのんびりしてしまう可能性の方が大です。
それに田舎は田舎で空論が跋扈する場所ですからねー。
でぇ、そういう考えの方が大手を振ってしまうところがあります。
後、地方の力のある人が補助金を引っ張ってくる所なんて露骨ですしね~。
建設業が多いために、建設業の気分がマジョリティーですから、それになじめないと辛いですしね~。
田舎は田舎で美化されすぎですよ。
私の友人に、自分の故郷を憎んでいる奴がいますが、その気持ちも少しはわかります。
本当は、こういう奴が地方の改革をするといいのかも?
「地元が好き!」なんて言う奴がやることは、何か空虚なものが多いですからね・・。
・・こんなこと書いているとキリがないですね。
日経新聞の養老さんのインタビューを見て、何となく思ったことを書きました。
都会と田舎は、どんなに分ける気がなくても、やっぱりどこかに線があります。
誰が見ても二元的な存在。
でも、地方の美化はウソ。
むしろ、地方の方がダメです。だって、未だに古いイニシアチブと理想論ばかりが目につくんだもの。
そういう点では、都会暮らしに疲れた人や単なる夢想家ではなくて、いきのいい都会人に来て欲しいですよね。確かに、五感を蘇る場の空気はありますから・・。
【TAROの日記】
2008/01/17(木) 05:51
養老さんのインタビュー3
養老さんがインタビューでお話になっていた。「田舎にいると眠っていた感覚がよみがえる」という話について考えてみましょう。
田舎にいると何が蘇るんでしょうかね?
私は田舎側の人間なので、何が蘇るかについてはよくわかりません(火曜日にも書いたように、差については気づいていますけどね・・)。
ただ朝や休日に田んぼの畦道を山を眺めながら歩いていると入ってくる微細なエネルギーのパワーにはいつも驚いています。
もしかしたら、アレが蘇るものかもしれません。
アレは、ただ登山に行ったりアウトドアをして得られるものとは少々違いますから・・。
それと、何とも言えない「どうにもならなさ」。
アレも都会ではあまりありません。何せ便利ですから・・。
田舎もセブンイレブンができたりして、不便さは減っていますが、それでも「どうにもならなさ」は多く残ります。
正月なんて、雪堀りからはじまって、午後は夫婦で雪囲い。否が応でもムダな仕事をしなければやっていけません。そして、そういうものはたくさんあります。
雪や雑草を楽しめるのは外の人だけ。当事者には災難以外の何ものでもありません。
そういうことや、人間関係の閉塞性から、多くの人が出て行った。それが田舎です。
でも、その「どうにもならなさ」って非常に必要なものなんだとよく思います。
人は飛んではいけないんだと思うのです。
非常に無責任な自己実現賛歌の中には、都合のよいことを前提としたポジティブシンキングがあるでしょう?
その弱さって見えますよね。
養老さんが蘇ると行ったものの中には、そんなことも含まれそうです。
幸田露伴が言うところの「惜福」みたいな感覚でしょうかね・・。
【TAROの日記】
2008/01/16(水) 05:28
養老さんのインタビュー2
今週もワン・テーマでいろいろ書いていきましょう。
あまりこれをやりすぎると、ブログっぽくなくなるので控えめに、でもテーマ選びが楽なのでそれなりにやっていきます。
昨日紹介した養老さんのインタビューでの「参勤交代」という言葉は、実行している当時者として新鮮でした。
年の半分くらいを東京などで過ごすことの罪悪感のようなものがあったのですが吹っ飛びましたね。
それと、地元でどっぷりの方々との間で起こる思考ギャップはいつも避けられないことのですが、「参勤交代」という言葉のおかげで、島津斉彬みたいな気分になることができました。
別に東京に行くことが開明的とは思いません。
むしろ、次の動きの種は地方にある。これは間違いないことです。
でも、善し悪しを抜きに思考ギャップは避けられませんから、少しイメージを変えられるというのはありがたいことです。
もしかしたら、「参勤交代」って悲惨なものではなかったようですね。昔の大名もきっと楽しんでいたんでしょう。斉彬のおじいさん重豪なんか相当楽しんでいたんじゃないかな?
しかし、そうした流動化が一般的になったときに、村の機能ってどうやって守るのでしょうか?
村の機能は、水の管理からはじまり、共同的な作業があって初めて成り立ちます。
だから、私のような人間は、家にいる家族と村の方々の下支えがあって初めて両方の生活が可能になっているわけです。
都会から村に入ってカンタンに過ごせるほど実は世の中甘くない。これも事実ですよね。
【TAROの日記】
2008/01/15(火) 05:08
養老さんのインタビュー1
『日経新聞』1月7日に養老孟司さんのインタビューが掲載されていました。
ー サラリーマンも田舎に暮らして、参勤交代しましょう ー
・・・・・みたいなお話。
サラリーマンも田舎暮らしと都会での会社勤めを交互に行う。そうやって生活した方が五感が刺激されていいよ!というお話です。
なんてことない。私は、この参勤交代人生をもう15年くらい続けています。
田舎暮らし大好きで、山を見ながらぼーっとしていますが、それだけでは死んでしまいます。
都会の刺激もやっぱり必要。コンサートや演劇だって見たいし・・・。
ただし、交通費は凄いです。一年で何百万円使っていることか・・。
決算の時に、数字を見るとクラクラしますね。
それに15年も続けているから、もう数千万円は使っています。
もちろん、都内にマンションは楽勝で買えていますね。
でも、都会に住みたいかと言えば、絶対に嫌です。
私のような人間は、東京で一ヶ月連続暮らすことになったら、呼吸困難で死んでしまうのは間違いありません。
養老さんは、田舎で暮らすと眠っていた感覚がよみがえると言っていますが、田舎側の人間に言わせますと、それが失われる恐怖というがあるわけですね。
都会の方々の全てを知っているわけではありませんが、都会の方々がそれを失っていることには、田舎側は気づいています。
これは、口ではうまく言えないんですが、もう致命的に思えます(田舎側の人間から見ると・・)。
致命的というのは、本質的にわかりあえるのは難しい・・という点で致命的だなーと思うんです(つまり、言葉にはできないんですね)。
でも、都会は大好き。
そして、時々疲れますが参勤交代はいいです。これは日本が狭くなったことで可能になったライフスタイルです。
そろそろ、日本の中だけではなく、世界を使ってで行うべきライフスタイルなんでしょうね。
インタビューだけを見ると、養老さんの意見は理想論のように見えますが、今の日本では可能になっているんです。
きっと、発想の問題だけですね。
【TAROの日記】
2008/01/11(金) 05:57
わからないことは考えてはいけない
・・・というのが結論でしょうか?
朝から、「時間」なんてことを考えて失敗したと思っています。
&このことを考えるには、相当コアなボキャブラリーが必要になるのは見えていて、結局、私なんぞには考えられない問題なんだと思います。
しかし、「時間はない」(=時間の相対化)は、自分の相対化にもつながるので、生きる手段として有効かもしれません。
私たちが、壁にぶち当たる原因の一つには、自らを相対化できないところにあります。
時々、非常に優秀な人が、「あらー、足つこんじゃってるよー、この人ー」って感じるような言動を取っているときがありますが、いつも自らを相対化できれば、そういう墓穴は掘らなくてすむわけです。
そういう点で、過去の自分と今の自分を分離して考えることができたら、トラウマだとか苦手意識だとか好き嫌いとか、みんな吹っ飛んでいきますからね。
こんなことを書いているのは、今、『荘子』を読んでいるからかもしれませんが、老荘思想ってのは、結局そういうものなんだな・・と思います。
「あれは、あれ」「これは、これ」という感覚。
これが時間の相対化の身体化なんだろうな・・。
突然、「時間はない」なんて話からはじめてきましたが、まぁーそういうことなんだと思います。
未来が向こうからやってくる感覚も同様。
未来から意味を置く・・という人間の機能が全開になった現象なんでしょうね。
あれも、「あれは、あれ」「これは、これ」ですね。
短文のため、強引な結論のもって行き方でありますが、そんなことで・・。
【TAROの日記】
2008/01/10(木) 05:56
時間という観念4
新年から「時間」なんてテーマにしてしまい、めんどーな迷宮にはまりこんでしましました。後悔をしています。
・・・が、いつもこうやって後悔しながら続けるのが私のクセなので続けます。
考えてみると、仕事のほとんども後悔しながら続けてるよな~。
今日は、昨日の『仮面ライダー』話の続きにしようかと思ったけれど、ちょっと息切れ(おいおい、結局、毎日、ノラリクラリと別のこと書いてないかい?)。
ただし、『仮面ライダー』話の続きは、もう少し表現をやわらくくして(できるの?)、『週間 岡本吏觔』の方ででも書きます。
あっちは、この手の話に興味を示してくれそうな方の存在を確認しているので、もう少し突っ込んで書けそうですから・・・。
でぇ、ブログは、軽くいかないといけません。
チョークの落書きが、哲学になると変でしょ。同じように、ちょっと変なことを3日間も書いてしまったと思います。
よく考えてみると、ブログってトイレの落書きに近い方がいいじゃないかなーなどと4日目にして思うのでした(今更なにを言ってる!)。
トイレの落書きって、名作が多かったですよね。
今は、見ることが少なくなったのが残念です。
人は、公衆のトイレでさえ、表現媒体に変えてしまう。生まれながらの表現動物なんですねー。
そして、『週刊 岡本吏觔』で書くと言った「仮面ライダー」のもう一つの布石もそこにあります。
自分が記憶することと人が記憶することの優先順位。「仮面ライダー電王」はここら辺を物語の中でうまく描いたと思います。そして、そこが一番のテーマだったのかな?(きっとそうでしょう・・。まだ終わっていないからわかんないけど)
さて、後悔しながら、後一回、このテーマを続けます。
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