【TAROの日記】
2012/07/04(水) 08:41
マニフェスト違反?
政治は嫌いなのでよく知らない。
それでも、高校時代までは大好きで、明治以後の政治を舞台にした本はよく読んだ。当時よく売れていた細川隆元、藤原弘達ものもいろいろ読んだものだ(ここら辺、ミーハーだった)
人間の嗜好は正直で、その後、政治記事関係はまったく読まくなった。
90年代に入って、年齢が30歳を過ぎると、友達の同級生が市議になったり、年下が国政選挙に出るようになった。
その姿を見て
「どうして、時代の幕引きの仕事をやるんだろ?」
といつも疑問だったけれど、幕引きが仕事と自覚しているのならば、かなり偉い奴なんだろーとも思っていた(しかし、幕引きを自覚していたとは思えんが・・)。
そんな私は政治がわからん。
そんな私が言うのもなんだが、小沢と鳩山などが、民主党がマニフェストを破るというのは、国民を裏切ること・・とかなんとか言っているのがまったくピンとこない。
よくこんなことをヌケヌケと言えるなーとしきりに感心である。
鈍感なのか、バカなのか・・・・・・・。
そもそも、何が簡単かって、マニフェストを破らん方が仕事としては楽だ。
やる気がない奴、保身が優先する奴なら、そうするだろうね。
実際、世の中、そういう奴の方が多いし・・。
官僚や大企業、お役所の仕事なんて、そういうのが目立つしな。
そういえば、鳩山君の仕事って、そんなのだったよな!
まー、私のような庶民が、中小企業の常識でモノをいっても及ばない大政治の世界ですし、小沢君もそれなりに命を張っているようですから、一人のミーハーが好きなことを言うのもなんですが、私は、消費税上げの是否はともかく、野田君ってけっこう偉いじゃんと見直したりしている。
しかし、ミスると大勢から上げ足を取られる非創造的な環境で、何かをするなんてのは、よっぽどじゃないと無理だな。
幕引きさえできなくなっているのが、今の政治か・・。
【TAROの日記】
2012/07/03(火) 08:31
放蕩
車を運転していたら、突然、1000万円を一カ月で使うとしたらどうするか?という質問が浮かんだ。
でぇ、面白いので考えてみたが、結論はすぐに出た。
つまらない。
あまーーーーーりにもつまらないのだ。
私ごときが浮かぶのは、ホテルのスィートに泊って、海外旅行して、ギター買って、うまいもの食べて。これにて終わり。後は何も浮かばない。そもそも浮かぶことの月並みなこと・・。
結局、これらを実行してもお金は残るので、後は、ヴェブレンが言うところの「見せびらかし消費」しか残らない。私の場合、車を買うのも「見せびらかし消費」である。
考えてみると、私の知り合いには、勘違いして、一か月に1000万円どころかもっと使っていた人も何人かいたけれど、それを私が知っているというのも、その多くが「見せびらかし消費」だったからだ。
私は、冷やかに、現代版ポトラッチとして眺めていたわけだけど、実際に、使うことそのものが目的になってしまうと、そんなところしかないのだなーと少し同情的にもなってしまう。
そして、ポトラッチって、オリジナリティーがないのだな・・と思った。
最も創造的であろうと思っていた消費であるポトラッチでさえ、ワンパターンなのだから、他の消費なんてなおさらである。
そして、オリジナリティーとか創造性というのは、金のかからないところにあるとあらためて思う。
私が、80年代後半以後のアウトドアを大嫌いなのはここら辺にあるわけだ(しかし、最近の道具は目覚ましく凄いので少しあちら側に宗祖替えをしたい気分もなくはない)。
結局、お金を使うことが創造的なのは、仕事くらいなんだよな~。
しかし、その仕事でも、いかにお金をかけないか・・に血眼になっているのだから面白いよなー。
まー、そこら辺がいいかげんになると、創造的ではないしな・・・・。
お金と言うのは、制約としての役割が最も有効なんだな・・とあらためて思った。
そして、死ぬまでに、一度放蕩をやってみよう!となんとなく思っていたけど、やめた。
あまりにもつまらなすぎるもんね。
【TAROの日記】
2012/07/02(月) 08:38
子供の野球
昨日、家で仕事をしていると、息子が野球の練習から帰ってきた。
そして、「スイングスピードが落ちた気がする」と言いつつ、練習試合の結果が悪かったことをつぶやく。
そのうち、過去の映像を出して、昨年夏と今年春の映像を見比べて、
「昨年の方が、スイングスピードが速かったーーーぁ」と叫んでいる。
彼は、なんとかしたいと思ったのか、外に素振りに行きかけていたが、呼びとめた。
「おまえさー、ここまでがんばたんだから、頭なんてもう使うなよ・・」
最後になるかもしれない試合まで後3日。
この期に及んで、悩む必要など何もない。
ただ、バカにみたい振ればいいだけだ。
・・・・でぇ、この状況、仕事でも同じだ。
人間は調子が悪くなると、分析を含めた理屈がはじまる。
だいたい、頭が先行でうまくいくことなんてないのだが、世間の解説がぜーーんぶ頭先行なので、どうしても現代人は頭が先行しがちになる。
そういう風景が、大人の仕事ばかりではなく、子供の野球にまで浸透してるようだ。
考える前に動く・・という基本中の基本は、こうして端に追いやられているんだよな。
うちの息子も、何も言わずに、すぶりだけをしてりゃーーいいのだが・・。
【TAROの日記】
2012/06/29(金) 08:26
本日の梅ちゃん先生
本日のNHK朝ドラは、「医者は、そこにいるだけでいい」みたいな言葉が提出され、そこから話の展開を予感させて終わった。
この言葉自体は、前にも世良正則がどこかで言っている。そして、映画『ディア・ドクター』の問題提起につながっていく予感はいろいろな回にセットされているわけだけど、これを単にドラマの展開とだけ見ることができない。朝ドラごときだが、かなり深いことを含んでいるぞ・・と思うのだった。
ところで、医療ばかりではなく、仕事の周辺でも、この「そこにいるだけ・・」という価値はほとんど崩壊している。
昔は、人との出会いで、「あの人は人物だな~」という言葉があったけれど、今ではそんな経験は皆無。いったいぜんたいどうしちゃんたんでしょ・・である。
まー、自分のことを棚に上げて、こういうことを言うのは卑怯なうえに、ワタクシももう50歳なのだから「もう少し大人になりなさいよ!」ってもう一人の自分が言っていたりするわけだから、さらに考えてしまう・・。
すでに日本人が失ったものが明々白々になっている・・というのに、むしろ理屈が闊歩している景色には、ほとほとうんざりしているわけだけど、それでも後の人生、どれだけ出会いがあるかね。そこに対する期待がなかったら、やっぱり生きてはいけないしな~。
朝から梅ちゃんを見て、そんなことを考えるのだった・・。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2012/06/28(木) 08:27
つまらないことを・・
仕事で酒を飲む。
酔っ払った意識で、タクシーに乗ると、アイデアが次々浮かぶ。
「俺は天才か!」と思う。
家についても調子がよくて、とんでもないアイデアが浮かぶ。
「本当に、天才か!」と思う。
ご想像通りで、その天才の仕事は、本日、一つも思いだせない。
イライラしたくないので、昨日のことは忘れようとする・・けれど、悔しくて悔しくて、どうしても考えてしまう。
でぇ、ここにもこうやって書いている。
んーーーー、腹立つは・・。
ついでに、朝、メールでスタッフから報告一本。
読みながら、「つまらない人間は、つまらないことをするなー」と思った。
つまらない人間の先は見えているので、どうでもいいのだが、そういうことに遭遇するのはやはり嫌だ。
つまらん奴は、つまらん所で、つまらん奴同士で勝手にやっていればいい・・と思う。
まー、しかし、世間様を歩いていれば、たまに遭遇はある。これも仕方がない。
でぇ、そんなことを考えるのもつまらんことで、昨日のアイデアを思い出そうとするのもつまらないことなので、無駄はやめた。
二日酔いだけは、消えないな・・。困った。
【TAROの日記】
2012/06/27(水) 08:38
強迫行為と運動
夜の田舎のジムに行く。
ふらーーーーっと言ったみたのだけど、夜中にジムに行くことがない私には、異様な光景が待っていた。
一言で言うと、イライラするほど人が多い。
あまりのざわつき感に帰りたくなるけれど、せっかくきたので、フラフラと柔軟などをすることにする。
スタジオでは、大量の人がダンスで汗をかき、ランニングマシンはいっぱいだ。
筋肉オタク系の人が数人、黙々と重いものを持っている。
難民収容所で、一人ひとりが勝手なことをしているような感じだ。
私は、柔軟をしながら、自分を棚に上げて思った。
「この人たちはどうして運動をしているのだろう?」
すぐに浮かんだのは、”強迫行為”の四文字。
最低限、自分は、そうだ・・と思った。
おそらく、ここにいる多くの人がそうだろう。
自己規制なのか強迫行為なのかの境は難しいが、それによって誰かが儲かっていれば、ほとんどは強迫行為だ。
毎度、毎度の「自己実現」などという感違いは、21世紀の典型的な強迫症だ。そして、人々の自己実現病を利用して儲けている者は多い。
しかし、そんなことを考えていると、「オカモト」という人間自体が強迫症の固まりのようなものだなーと思う。
そして、誰もがそうだろう。
結局、病とされる強迫症とは、他の多くの人の価値観よりもちょっと過剰というだけのこと。
運動しない奴からみれば、運動だって強迫症だし、仕事だってなんだって、みーーーーんな強迫症だ。
そんなわけで、夜の夜中に、病である「わたし」に気付きつつ、「それでも、やめられないよなー」と思うのだった。
だって、そもそも消費だって強迫症みたいなものなのだから、それでいいのだよ。
うちの棚には、強迫症の結果が山ほどあふれている・・・・・・・・・。
【TAROの日記】
2012/06/26(火) 08:32
昨日の件をもう少し考えた
マンガ『モンタージュ』は、そろそろピシャっとやめて欲しいマンガの一つ。
あの手の話は5巻くらいで終わるときれいだと思う。
私は、最近の長いマンガに辟易している人間なので、『モンタージュ』評価にもドライブがかかっているけど、早くきれいにシャープに終わらそうよ!と思っている。
その『モンタージュ』は、3億円事件に絡んだ陰謀が解明されていくという話だ。
そして、物語が進む中で、3億円事件の謀略の噂がさりげなく挿入される。
当時の若者を中心とした「運動」の排除のために、3億円事件をでっちあげ、その解決のためと称して「運動」の弾圧を行った・・というものだ。
これは、時代背景を考えれば荒唐無稽でもない。
現実に、公安は若者の弾圧をジリジリとやっていた。
また、そのためにスケープゴートとされた文化人、ミュージシャンも多い。
日本なんて、ついこの間まで、そんな景色の中にいたのだ。
よくビートルズは若者をノンポリ化するのに使われた・・という話があるけれど、これも笑って否定できないところがあって、田中角栄がサラリーマンに借金させて家を建てさせれば共産党の躍進はない・・と言った・・という話とも同じベクトルにあったと考えることもできる。
そして、そんな風に考えると、若者に給料を出す・・ということも一連の若者骨抜き化計画の中であったと考えてもいいかもしれない。
実際に、団塊の世代は、普通のおじさんサラリーマンへと変貌していった。
・・・・・だから、若者の中に革命機運が起きたら、今の若者差別的な状況は変わるかもしれない。
最近は、核兵器でさえ、個人で作っちゃうような人が現れているのだから、人数が少なくても脅しは可能だろう(ここは笑っておこう。笑)
ってことで、丁稚→単純労働補てん→革命運動予備軍→ホワイトカラー・サラリーマン→バブル勘違い新卒→楽しいフリーター→苦しいフリーター→プア→
といういうような循環の中にあって、再び丁稚・・というところにきていると考えるのはどうだろう?
【TAROの日記】
2012/06/25(月) 08:32
無給というか修行
NHKの朝ドラ見てたら、主人公の梅ちゃんが「まだ無給だ」という会話が出てきた。
あーーー、なるほどーーーーと思った。
先進国では、どこでも若者の就職難が問題になっている。
日本なんて、まだ甘いもので、ヨーロッパ諸国がこの件について悩みだしてからは相当な期間が経っている。
梅ちゃん先生の会話から見えるのは、戦後間もない日本では、仕事のできない(=修行中)人間は無給だったということ。
これは、今の悩みの一番の解決方法だろう。
戦後資本主義経済は、単純労働を大量に必要とした。
そして、この単純労働には、営業職なんかも含まれていた。需要はどんどん拡大するのだから、素人だろうが、数がものを言ったのだ。
そして、若者も短い期間で一人前扱いとなることができた。
あくまでも予測だけど、そんな背景で初任給をもらえるようになった。
しかし、資本主義国から単純作業は確実に減っていった。
私が社会に出た時の初任給は10万円を切っていたが、初給料は、「本当にもらっていいのか?」と自分でも疑問だったし、初ボーナスなんてなおさらそう思った。
ちなみに、学生時代にバイトで毎月16万円稼いでいた男が、10万円を切る給料を「もらっていいのか?」と思ったのだから、その貢献度と初任給のギャップはかなり大きかったといってよい。
そして、資本主義の成熟とともに、さらに単純労働は減っていった。
最早、初任給を払って若者を雇う環境はなくなったのだ。
私が就職した1984年でさえ、そんな感じがあったのだから、今は相当なことになっているというわけだ。
実際、私の経営する会社を見ても、素人の若者が行える下働き的仕事は少ないし、そういう仕事はパートさんがやっている。
でも、昔のように修行ということにしてしまえば、事情は変わる。
うちでも2人くらい雇ってもいい。
それに、単純に無給なんてことにはならない。人には人情がある。
若者もお金が動く現場にいれば、自然にお金がもらえる状況になっていくはずだ。
そもそも、飲み食いだけでもタダになるのは間違いない。
・・・・老人ギャップも若者ギャップも、戦前に戻ればいい。
それだけだ。
もちろん、そんな単純思考ではどうにもならないのが世の中。
・・だけど、こんな思考の端っこに解決策があるんだろうね。これもいつものことだ。
【TAROの日記】
2012/06/15(金) 08:28
どうしてあるのか?
仕事をしていると、「どうしてやっているのか?」が曖昧になってしまう事が多い。
その”どうして”がすでになくなっているのに、やり続けられていたり、逆に、”どうして”が現存するのに、やるのをやめてしまっていたり・・・・・。
これを防ごうと、いろいろ社内では工夫がされるわけだけど、100%の防止は難しい。
これは、私たちの仕事のことばかりではない。
社会でもそういうものはある。
この間、ある雑誌(何を読んだか忘却)を読んでいて驚いたのは、「商店街」。
「商店街」は、20世紀初頭の発明だった・・という社会学者の発言があった。
「商店街」は自然発生したもの・・・、言い方を変えれば闇市の延長ではなく、ちゃんと機能が計算されて発明されたものらしい。
しかし、1970年代後半から、その発明は、”どうして”を追いやられて、ぶち壊れていった(この件に関しては、『週間 岡本吏郎』にて、さらに探求予定)。
逆に、年金制度みたいに、”どうして”が田中角栄にグチャグチャにされて、過去の”どうして”とは、全然遠いところで、なくてはならない・・ということになっているものもある。最初に作ったビスマルクが見たら、「バカじゃないの!」と言うのは目に見えているけど、最早、木っ端微塵になるまで、なくなる様子はない。
ところで、消費税増税はどうして必要か?
それは、ていたらくの日本政府にも増税機能くらいはある。だから、財政問題はまだ深刻ではない・・ということを各国に示すため・・という”どうして”があると思うのだけど、そんなことは議論の中で出ることもない。
極端なことを言えば、税率上げの余地だけ可決して、実際の税率上げは状況を見てでもいいと思うのだが、素人考えか?
90年代に、オオカミ少年評論家の本を読んで頭がどうにかなってしまった一般人に、「国には、徴税権があるから、日本破産なんて心配はイラン!」と言っていたことを思い出すけれど、それは間違いで、徴税権なんてないのかもしれないな・・と思えるテレビ画面の出来事そのものが恐ろしいは・・・・・・・・。
さらに、頭の悪いマスコミが消費税のことを騒いでばかりいるうちに、相続税の増税はなしくずしに決まる(すでにかなりの被害が出ているけど、本番はこれから・・)。
それぞれの考えはあるだろうが、二重課税の方が大きな問題だよな。”どうして”の説得力がゼロなんだよ。
それとも、現在の相続財産にも、戦争利得のような課税理由があるとでもいうのかな?
【TAROの日記】
2012/06/14(木) 08:27
ジュリアンは何してるのか?と思った。
『ジョン・レノン、ニューヨーク』をwowwowで見た。
んー、彼のことをある程度知っている人間には、単に時間軸で彼のアメリカでの活動を追いかけただけのドキュメントに感じられた。そんなわけで、別段、何も感じない映画だった(好きな人、ごめんね!)
見ていて、『ヘイ・ジュード』の有名なお話が出てきた。
それで、私は突然思った。
「ジュリアンは何してるんだろ?」
映画の中で父に愛されている赤ちゃんで、最近は、ホンダのCMに出ているショーン君については、昨年の新譜も聴いてるし、ビルボードでのライブの突如の中止にくやしがったり・・と今も私にとって大事なアイドルだったりする。
しかし、シンシアとの子供ジュリアンが何をしてるか知らない。
あの1984年の衝撃のデビューの後は、まーーーったく知らないのだった。
ネットはやっぱり便利である。
こんな風に思うおじさんの時間をすぐに埋めてくれる。
そして、彼のその後の歩みを教えてくれる。
アマゾンの書き込みを見ると、弟よりも不当に扱われている・・という発言があり、「すいません!」と心の中で思いつつ、あの1984年の衝撃の音(・・といっても、ジョンの子供じゃなかったら、衝撃でも何でもないただのソフトロックだが・・)と最高傑作と言われているCDを聞いてみることにした。
結論。
これは、不当に扱われて当然ではないか・・と思った。
1984年のあのみずみずしく思えた音も、ぜーーんぜん退屈で、「あれは時代とジョン効果だったんだな−」と前から思ってたけど、改めて思ったし、最高傑作と言われる音もよくわからなかった。
もちろん、良いと思う人にはごめんね!である。単に私の好みと合わないというだけで、「不当に扱って」はいけない。私の方が、ジュリアンから捨てられているだけである。むしろ、あーーいうのを好きな人は多いだろう。
でも、ちょっと再会にワクワクしてしまったので、んーーーーーーーーーーという気分が強い。
ここは、ブライアンのバンド復帰の新譜でも聞いてバランスでも取るかなーと思ったりもした。
二世には、メリットも多いけど、デメリットも多い。
さらに、弟がなかなかだと、さらに辛い。
でも、そういう出自というのも運命なんだろうなーと考えつつ、なーーんにもないというのは幸せだなーと思うのだった。
がんばれ!ジュリアン。これからもウォッチするね!
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