【TAROの日記】
アリストテレスとタレイラン、ジミー・ペイジに河上徹太郎2013/08/09(金) 09:10
昨日は、爆睡だった。
爆睡から抜けて目を開けてみると、枕元は、「アリストテレスとタレイラン、ジミー・ペイジに河上徹太郎」だった。
少し笑った。
あまりにも脈絡のない本たちが、全部、半開きになって投げられている。
どれも読書途中なのだ。
しかし、ジミーペイジは、おそらく3ヶ月くらい枕元にあると思う。
いつも同じ所を読んでは寝る・・の連続だけど、アリストテレスの後に読むとホッとする。
ところが、修辞法の表現の中にどっぷりつかってから、河上徹太郎を読むとついていけなくなる。
『詩学』でも読んでいれば少しは違うのかもしれないけれど、今回の河上徹太郎セレクションは失敗だと思っている。
タレイランは不思議だ。
いつ枕元に来たのだろう?
前から読みたかったのは確かだけれど、フーシュではなくてタレイランなのが謎なのだ。
さらに、この易しそうな顔をした、でも表現が今風でなくて読みづらい・・という古典は最も苦手。いっそ、「あんたのことなんて、相手にしないよ!」と一刀両断に切ってくれる本の方がどれだけ御しやすいかと思う。
混迷の枕元の景色は、数日で一部が変わる予定だけれど、いつもこんな感じでグチャグチャしている。
こういう溺れ方が好きなんだろうな。
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