カテゴリー: TAROの日記
【TAROの日記】

2016/02/25(木) 08:36

闘争心

すごい雪である。
個人的には、今年一番気分悪い雪である。

暖冬のうえにあまり新潟に居ないので、私が新潟のイヤーーな感じの雪を体験するのは、今年はじめてかもしれない。

さらに、気分的に、冬はもう終わったというのもある。
だから、天を仰いで思うのは、「もう春なんだから、降るなよー」ということ。もう私の心の中には、厳冬期に対する闘争心はまったくないのである。

人間は、一度闘争心を失うとこんなものである。
後は野となれ山となれ、ただ具合の悪いことが起きないように祈るだけである。

妻から「鳩時計」と呼ばれている私が、チックタックと毎日同じことをほぼ同じ時間にやり続けているココロみたいなものはそこにある。
ジワジワと前に進む気分というものは微細なもので、それを失うのは簡単なことなのだ。

でぇ、ジワジワというのは、ほとんど結果が変わらないわけだが、どこかで化けるのでじっと耐えていることの形容で、このジワジワは地味だけど、相当な闘争心がないと続かない。

ぱっと花火を上げるのには、闘争心などまったくいらないけれど、ジワジワというのは闘争なのだ。
何と戦っているかといえば、そりゃ、この世界に私を投げつけた奴に決っている。

でぇ、そいつに対する闘争心は煮えたぎっているわけだけど、雪に対しは何もない。今年はもう負けるだけである。そして、怨嗟の気分を表出するだけだ。オレの闘争の邪魔をするな・・と思うだけで、それはやっぱり負けているのだ。

【TAROの日記】

2016/02/23(火) 08:32

ケムール人

2月も終わろうとしている。

今のところ新潟には6日しかいない。
ブログを書くのも久しぶりだ。

東京にマンションを借りて10年以上になるけれど、最近やっと「東京の生活のようなもの」が定着をしてきたような気がする。

「東京の生活のようなもの」は「新潟の生活」とは大いにベクトルが違う。
“のようなもの”なんて言っているのはそこのところの気分がある。

その気分を一言で言ってしまえは”向上”ということになると思う。
仕事でもないし、生活でもない。
もちろん、仕事に行っているわけで、大いに仕事をし、同時に大いに遊んでもいると思うけれど、そこかしこに”向上”という要素があり、その流れを敷衍して生きているなーと思う。

「東京の生活のようなもの」の周辺を見てみると、いろいろな分野のサポーターが自分の周りに集まってきていることに気づく。
そして、そうしたサポーター込みで自分の人生になっているのだ。

晩年・・と表現したらいいのか、ちょっと違う感じもするが、壮年というのもニュアンスが違うので、ここでは晩年としておくけれど、晩年というのはこういうことなのだな・・と思う。

ガムシャラに働いてきてみたら、次のガムシャラ君たちが私をサポートしてくれていて、私はケムール人のように彼らの人生の一部を吸収して、自分の人生を作り上げている・・ってことになっていた。

なるほどー。
自分も若い頃から、人の人生の一部になっていたのかもしれない。
そして、今もそうなのかもしれない。

『ウルトラQ』のケムール人の回のラストは、当時、幼稚園児だった私に衝撃を与えたが、今は、「あーそういうことなんだ・・」という気分を与えてくれたりする・・。あの消えたおじさんは元気なのだ、きっと。

【TAROの日記】

2016/02/12(金) 08:32

微分世界の拡大

相場が凄まじく一方に動いている。
まー、ここまでは描いていた通りなので驚きはないが、その早さには驚く。

先月の『まーけ塾』の最中に、日銀のマイナス金利政策の導入の発表があった。
私が話している最中に、Oさんのスマホに情報が入ってきて、そのことを教えてくれたが、私は無反応だった。

とんでもないウルトラCとは思ったが、影響はそれほどない・・としか思えなかった。
そうとしか思えなかった理由は、あまりよくわからないけれど、大きな川の流れは変えられないと思えたらしい(ここらへん、いつも自分でも自分の反応や行動がわからないことがあるので、こんな客観的物言いになる)。

案の定、一時円安に振れるものの、予想通りに逆に円は切り上がっていった。
その動きも、とにかく早い。
なにか、微分の世界が拡大してしまったような・・・。そんな印象を持つ。

そして、相場ばかりではない。
微分の世界の拡大はいろいろなところで起きていて、私たちは変化率の川の流れを肌で感じている。

先週、『Dファクトリー2.1』である人が言った。
「世の中の流れって、止めることできませんかねー」

これは、一般人の心からの本音だろう。
対応しても対応しても、追われている現実に、こんなことも言ってみたくなるのはわかる。

でも止まらない。
無常である。

それも、単に無常なのではなく、変化率を増している。
今の状況では、「無常」という言葉さえ牧歌的だ。

予測力をつけるなんて意味はない。
要は対応力。

今回の相場、私の周辺にもかなりの大勝ちをした人たちがいる。
しかし、意味はない。
大勝ちしたということは、現在、ポジションが単純になりすぎていることを意味するからだ。
要は、対応力。
それを前提にしたポジションを組み上げておくべきだろう。

【TAROの日記】

2016/02/10(水) 08:33

時間配分

寒いので起きるのに少し抵抗があるけれど、6時前には起きるようにしている。

私の住む村では、朝6時にキンコーンカンコーン!と鐘が鳴るので、その音が鳴る前に何かをはじめているかどうかで、その日一日の状況はだいたい決まってくると言える。

それにしても、今月に入ってからは朝の忙しさは今まで以上になっている。
一つ付け加わったことがあるからで、付け加えるには、何かを止めねばならないというのに、止めないで付け加えたから、朝のラッシュは異常状態になっている。
しかし、こんなことを続けていても、何かが中途半端になるだろうから、早急に整備が必要で、明日の休みは、その整備に使おうと考えている。

ところで、昼間の仕事は少し余裕が出てきた。
昨年11月ころから1月までにかなりの仕事を前倒しした効果がではじめてきた。
これは、今月から付け加わったこと対策として事前に対応して置いたからだが、時間配分が間違っていた。んーー、なんでもやってみないとわからないものだ・・。

そういうわけで、今の私の時間配分は歪になっている。
まー、仕方がない。
何でも、朝にやっておいた方がいいに決っているのだから、これを変える気はない。

そうするとどうなるか?
おそらく昼間にできた真空地帯が埋まっていく。
・・というか、すでにそれははじまっていて、真空地帯にはジワジワと新しい仕事が侵攻をしている。

んーー、これは4月くらいにはとんでもないことになっているな・・。
んーー、これは4月くらいにはとんでもないことになっているな・・。

何回言ってみても状況が変わることはないので、今年の景色はもう見えてしまった。
後は、それがどれだけの成果になるかであるが、成果なんてどうでもよろしい。要は、どれだけ納得しながら美しくやるかだ。

今は、そういう点で、暗中模索中。
まだ型は100%見えていない。
今月中には、型が見えはじめるとは思っているけれど、どうなるか?

まー、あれだな、次の10年の仕込みがはじまったことだけは間違いない。
どんどん大変になるのは、若くなっているからだろう。ボブ・ディランはそう言ったもんね。

【TAROの日記】

2016/02/09(火) 08:31

次の経済

もう5年くらい経つのかどうか・・。
4年前かもしれないし、6年前かもしれないが、売り上げを目標にする時代は終わっているよね・・なんて話を盛んにしつつ、でも、頭ではわかっているけど実感ないよな~と言っていたものだった。

売上至上主義、利益至上主義の宗教、価値観から離れるのは、頭ではわかっていても、おそらく無理だろーと思っていた。
でも、同時に、どんな感じで新しい思考が育まれ、私たちの心がコロッと変わるのかは楽しみでもあった。
そして、その変化は、2020年くらいに起こるのだろうか?くらいに思っていた。

しかし、そんな変化は、すでに来ている。
・・というか、2年前くらいから、それが普通になった。
その変化はとても自然で、今となると前の感覚がわからない。

当社が、数値目標を廃止して、すでに4年が経つが、そのタイミングは絶妙だったと思う。
実感ないけど、やってみるかー!という感じで、やってみたわけで半信半疑だったけれど、とても塩梅がいい。

そして、昨年あたりから「次の経済」が見えてきた。
世の中が言う「次の経済」は、シェアリングエコノミーとかファンディングの話が中心だが、そんな流れとは別の所でも、コトは起きていて、それはそれは面白いことになっている・・と思っている。

そして、今年も一ヶ月半くらいが過ぎて、どうも「経済」というのが、今まで言われていたような意味で「経済」というのが無理になってきたような気がしてきた。

それについては、機関投資家も焦っていて、例えば、シェアリングエコノミーの評価に悩んでいたりするわけだが、そんな悩みもすり抜けるようなコトが起きていると思うし、そもそも、お金さえあれば消費できる・・という件についても怪しくなっている。

あー、いいー朝だ。
面白くなってきたなー

【TAROの日記】

2016/01/19(火) 08:37

芸能ネタは、すべてを吹き飛ばし、そして・・。

事務所では、朝からSMAP話だ。
なにやらプロレス化の匂いも感じるが、ジャニーズ事務所の内部の話なんかで盛り上がったりしている。
んーーー、やっぱりプロレスだ。

物マネのオリジナルがわからなくなってもう何十年にもなっていて、アレは内輪のウケだと理解していたのだけど、内輪話の方がネタになりはじめていて、それは、プロレスでも、ヒップホップでも、落語でも同じようなものだと思う。

ベッキーは助かり(なぜか、私でも知っている・・)、ボウイの死は忘れ去られ、そのうちバス事故のことや廃棄物の横流しのことも関係者以外は忘れていき、安いのが正義みたいな価値観はすぐに蘇り、ちゃんとしたコストを払わないといけないのよ・・という道徳観などせせら笑われるのだろう。

しかし、SMAPも大変だ。
もはや自分の人生ではない。
それでもやり続けるのかー。有名人は大変だ。
同じ有名人でも、ボウイとはエライ違いだ。

影が主人の人生を乗っ取ってしまう寓話を思い出した。
メンバーは、SMAPという影に乗っ取られ、まっ裸で公園で寝たりはしたけど、影のまま生きるんだねー。
そして、ボウイは影を操り続けた。

大きな影は大変だ。
影は小さくていい。
凡人には。等身大が一番である。

【TAROの日記】

2016/01/18(月) 08:37

タスマニアにて訃報を聞く・・

タスマニアに発つ前に新譜が届き、2回聞く。
まったく情報を知らなかったので、まずはマーク・ジュリアナみたいなリズムに納得。
そして、その上に、ウォーカー趣味が全開。
あー、69歳のお誕生日に、これかーって意味もなく納得。
そして、泣けてくる。
気づく人は気づく記号のせいか、なにか泣けてくる。

でぇ、タスマニアへ。
訃報を知る。

追悼文は、『週間 岡本吏郎』の原稿で書いた。
正に、巨星墜つという感じだ。

新譜が遺言だと知り、帰国してから3回聞く。
遺言と知らなくても泣けたのだから、ボロボロである。

あまり見ることはないのだが、プロモも見る(2つとも)。
英語がわからないから、何を言っているかわからないけれど、あのボタンから見えるものは何なのか?

ボタン程度の目しかないことを言いたいのだろう・・と思いつつ、もしやウォーカーが見たものを見たと言いたげな感じもした。
約10分の新曲。決して前衛に振れすぎず、でもボタン目で見たものは、しっかり表現し切った感じがする。

しょせん、ボタン程度の目で、結局は世界はわからない。
私たちは、生意気に生きているけれど、メクラに等しい。
しかし、それぞれの宇宙を生み出すことはできる。

宇宙は、超越したリズムで奏でられ進化する。
リズムはさらに進化し、宇宙もさらに進化する。

私は、デヴイッド・ボウイと同じ時代を生きれたことをうれしく思う。

自分は、最後に、どんな宇宙を作るのか?
ヒヤヒヤだが、楽しみでもある。

【TAROの日記】

2016/01/08(金) 08:35

タスマニアは身体に悪い

今日の夜からタスマニアである。
忙しくて悲鳴を上げているというのに、何をしているのか・・・・である。

そもそも、「忙しい」などということを、ここに毎度書いているのはバカである。
「忙しい」なんて言っているのは、通常、自己重要感を確認したいだけであって、誰もそんな言葉は耳に入れない。
言っている本人の戯言である。

ゆえに、「忙しい」だけは言いたくないのだけど、最早、そういう悲鳴でも上げないとやっていられない。
これは、「痛い!」とか「腹立った!!」と同じなのである。
つまり、言わないと身体に悪い。
だから、言う。

でも、タスマニアにも行かねばならぬので、タスマニアも身体に悪い。
そして、後ろ向きに行くと、なお身体に悪いので、前向きに行こうと思っていて、どうやったらモチベーションが上がるか・・と悩んでいたりして、そもそも「どうやったらモチベーションが上がるか・・」という日本語を使っている段階で終わっているのである。

ところで1年の経つのは早い・・・・・・ということを私は昨日違う意味で知った。
「”思っているよりも1年は速い”と思っているよりも速いなー、そして、そもそも時間感覚では測れぬ速さなのだなー」と発見し、かなり焦っている。

しかし、同時に、「何をやっても人生だ」とも思った。
別に目標もなければ、夢もない。そして、それを素敵だとも思っていて、そんな私を気の毒そうに思うやつは何もわかっていないなーとこっちも何もわかっていないけど、そんな風に思っていて、そこを確認できれば、仕事でもタスマニアでも昼寝でもなんでもいいのだ。

最近、椎名誠風ワンショット文字羅列が多くなっているなーと気づきつつ、できたらブログは、ワンショットで書き終えてみたいと思っている今日このごろ・・。タスマニアの雄大な景色を背景に、「アナザー・サイド」のコンテンツでも作ってくるか・・とセコク思っている。アーメン!

【TAROの日記】

2016/01/04(月) 08:42

暖かい冬だ・・・・・・。

暖かい。
今日はセーターもいらない陽気。
年末にワセワセとやった冬囲いが虚しい・・・・・・・。

毎年、家族で、春日山の頂上へ行き「大声大会」をやっているが、今年雪が全くないので、我々以外にも頂上まで来ている人たちがいた。
そして、春日山神社はすごい人・・・・・・・。
天気が良いとこんなに人出は違うのかと・・・と私たち家族はお参りを諦めて帰ってきた。

錦織くんが勝つとテニスをする人が増え、ラグビーが良い試合をすると観戦者が増え、お天気が良いと参拝者が増える。
しかし、その前からテニスが好きだったり、ラグビーが好きだったりする人には迷惑なわけで、天気は悪い方がいいし、自分の好きなものはずっとマイナーだと助かるな~と思った。

過剰なものはつまらない。
しかし、世の中は過剰なものが好きだ。
それは不安の裏返しであるわけだけど、そんな世の中が嫌いだ。

・・そう言っても、その嫌いな世の中で生きていかなくてはならない。
つまらんなーと思っていても、その隙間に楽しみを探さないとならない。

そして、商売も、そういう楽しみの一つで、そういう楽しみでないと商売は成り立たなくなってきてもいる。
多くのお天気好きは沈み、変人だけが生き残る。
そんな時代の幕開け、2016年。

あいかわらず、後ろ向きに進んでいきますかね・・。
今年もよろしくお願いします。

【TAROの日記】

2015/12/22(火) 08:28

やっと帰ってきた・・・・・・。

いつも似たようなことを書いていて、自分でも嫌になるけれど、やっと帰ってきた。
長い長い出張の連続であった。
・・と言っても今日仕事が終わるとまた東京で、明日トンボ返りなので、今月は自宅で寝ている日数がとんでもなく少ない。

ところで、話はまったく変わる。
キング・クリムゾンの高松公演は、今回のツアーの究極のセットリストだと思う。
なんで、これを地方で、それも高松でやったんだろー?

2003年の来日でも一日は松本で演っている。
確か公演数が3日くらいしかなかったのに、その一日が松本である。

今回の高松も唐突だが、さらに、セットリストが一番いいというのはどういうことなんだろー??????

私は初日と三日目を見た。
初日のセットリストも最高だった。
もうこれしかないという内容。後はレッドがないことくらいだった。
それが高松では、初日のセットリストにレッドが加わった形なのだから、たまらない。

・・とは言うものの、私は3日目にレッドも聞いているので、満足はしている。
そして、トーキングドラム~太陽と戦慄PART2~スターレスの流れが経験できた一人として、得したと思っている。

12年前のキング・クリムゾンのライブはオタッキーな若者が暗く聞いていたことを記憶している。
昭和女子大の人見記念館は3分の2くらいしか埋まっておらず、私は一人で後ろで踊っていた。

ところがである。
2015年は何が起きているのか?
ジジイだらけである。
このジジイ達はどこからわいて来たのか(私を含む)?
確かに、2003年は21世紀クリムゾンだった。ヌーボメタルである。
それに対して、今回は懐メロ・クリムゾンなので、ジジイが多いのは理解できる。
しかし、みんな、どこに行っていたんだい????????

鈴木慶一の45周年ライブもジジイが多かった。
確か、数年前にやった下北沢かどこからの小さなライブハウスは若者が多かった。
そもそも、野音の30周年ライブも若者が多かったし、怒涛の三ヶ月連続のロフト・ライブもそうだったように記憶する。

若者がいなくなり、ジジイがわいた・・・・・・・。

これはどういうことなんでしょう?

4月のディランの景色も、そんなことになっていそうだ。
それで、ホール公演なのかもしれない。
椅子に座って聞くディラン・・というのもなんだよな・・。

・・・とこんなことばかり書いていると遊んでいたように思われるよなー。
もちろん、遊びだけど、それは反動以外の何物でもない。

この2週間で大きな買い物もしてしまったしな・・・・・・・・。

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