【TAROの日記】
カラオケ(5)2008/04/04(金) 05:46
・・とカラオケについて勝手なことを書いてきましたが、今も日本の正しいサラリーマンにとってカラオケは”たしなみ”の一つなのでしょうか?
演歌しかない時代とは違い苦痛は少ないかも知れませんけど、アレがサラリーマンの”たしなみ”として今も君臨しているとしたら悲しいですね。
でも、時代は変わっているんでしょうか?
今はそれほど強要されている雰囲気を感じません。
当社のスタッフも時々カラオケボックスに行っているようですが、どうもアニメソングを合唱している状況のようで、私なんかがサラリーマン時代に憎んだカラオケとはまったく別のもののようです。
そういう点じゃ、今の若者たちは幸せですね。
ちゃんと正しい利用の仕方で楽しんでいる。良いことです。
でぇ、同時に、カラオケはより携帯電話に近い性質になっているのかな?
しかし、いつも大音量でステレオを聞いて育ってきた私に偉そうなことがいえるのかどうか?
それも、この年になっても大音量でステレオを聞いていますからね。
考えてみると、カラオケや携帯電話、ステレオといった個人的嗜好のツールは、正常な人間を統合失調症的気分に誘う道具なのかな?
間違いなく、明治時代あたりの日本人が見れば、私たち現代の日本人は、誰もが統合失調症に見えるかも?
パソコン相手に、こうして文章っているのも、そんな症状の一つかもしれません。
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