【最近賞味したもの】
2006/10/06(金) 05:49
『弓』
秀逸なアイデアが一つ浮かぶと、後は何をしようが勝ち・・ってなことを思った。
少女とブランコと弓。
この映画は、この組み合わせで勝利をものにした。
んーー、どうもアジア映画では韓国映画だけ馴染めなかったんだけど、こういうのもあるのね。
独特な宇宙を、うまいタッチで描ききったと思う。
『ウンタマギル』とかとカラーが似てるけど、こっちの方が作品としては完成度高い?
そいでもって、韓国にもこういう臭いがあるんだね。
と言うか、こっちが本来の臭いなのかも・・。
一つの小宇宙で完結させようと思った男の想いは、儚くも外の世界との接触で崩れる。
しかし、男自身が小宇宙から出ることで、想いを完結させる。
小宇宙はなくなり、少女は新たな宇宙へと旅立つ。
小宇宙に永続ってことはなくて、常に変転する。
その定めは支配するものにも例外は与えない。
弓は空に向かって放たれたときに、初めて時を一歩進め、時の進行は永遠になった。
やっと満足できる韓国映画に出会えてうれしい。
【最近賞味したもの】
2006/10/05(木) 05:32
『ゆれる』
どういうわけか、映画には法廷ものの名作が多い。
個人的に好きなのは、アメリカなら『オペラハット』、日本なら『日本泥棒日記』(どっちも古いな~)。
まぁ、そんな法廷もの名作とは少々角度が違うけど、『ゆれる』もそんな法廷ものの名作に入れたい。
この映画は、きっと今年の邦画の収穫だ。
それは、フィルムが回り出した時にすぐに感じ取れた。
リズムがいい。
それに尽きる。
別に特別なことはない。そこにワザを感じた。
こういうリズムの映画は、編集段階で興奮するんじゃないかな?
守るものがある者の悲哀とたくましさ。
守りを放棄した者の自由と呪縛。
結局は、守る者の手のひらで踊った自由な者たち。
守りと創造はそれぞれに偏向して、偏向したところから新たな真実を紡ぐ。
定めと順序。私服とスーツ。
んーー、こりゃ、とんでもなくうまいアプローチでテーマに臨んだよな。
これだから邦画は面白い。
【無理に哲学】
2006/10/04(水) 06:59
バウワウ
「土曜日、暇?」って聞かれる。
有名なアストロージャーのライムねーさんからのお誘い。
そもそも、新潟在住のワクシメに何を聞いているの?って感じだけど、ボクのような人間しか誘えないらしい。
何と、バウワウが一夜だけの再結成。そいでもって、金曜日にライブをするそうな・・。
「あんたみたいな人でないと、バウワウなんて誰も知らないのよ~」
ほー、バウワウ。
何十年ぶりに耳から聞いた言葉でしょう。
中学生のとき、初めて聞いたときは驚いたもんだ。
あの衝撃波は今でもカラダに残っている。
でもって、こういう時の会話ってのは弾む。
もう秘密結社の暗号みたいな会話の連続で、第三者が聞いたら、わけわからんの世界だけど、ナンナンデショウね、1975年頃って。
そんな会話を中央線でしているオジサン、オバサンは異常であります。
そんなことで哲学。・・なんてないけど、無理に哲学。
「実は、時は止まっている」
・・・のではないでしょうか?
確かに、「あの時」は絵画のように止まっている。
そして、その絵は、時に、思い出されて、反芻される。
絵画の連続。それが人生かも?
ところで、ライムねーさんのお誘いですが、わたくし、ムーンライダーズのコンサートなものでお断りしました(おいおい、仕事しろ!)。
ムーンライダーズはingの音楽。でも、やっぱり、「あの時」だよな。
ってことで、二人とも、違う場所で、そんな一時を過ごすわけですね。
【無理に哲学】
2006/10/03(火) 06:26
新宿でお酒を飲むと言うこと
新宿、渋谷では飲まなくなっていた・・。
意識したことないけど、いつの間にかそうなっていた。
だいたい、事務所のある恵比寿から渋谷まで歩いたりすると、渋谷に近くなるにつれて雰囲気がまったく変わってきて、渋谷はCD購入以外は近づきたくない場所になっていた。
そんなオジサンが土曜日の夜に新宿をウロウロ。
まぁ、ライブでも見に来ない限り絶対に来ない場所だよな・・。
そんな夜の新宿は、一言で言うと、若者っていう混沌が充満する街。
混沌は、それぞれを一人で見ると個性で、その混沌の一部となった自分も、やっぱり個性の一つなんだけど、もう、こういう混沌に入り込んだら自由意思はあまり効かない。
でもって、哲学。
「カオスは何も生まない。でもって、カオスの縁がどこにあるかも判断できない」
ってことで、カオスから縁にいくのは不能と悟りました。
カオスに入ったときは、一度岸に上がって、そして、縁に行く。これしかない。
これって、まんま組織論でないかい?
【無理に哲学】
2006/10/02(月) 06:04
『With You』のゲネプロ(通し稽古)
土曜日の日、神田昌典先生のミュージカル『With You』の通し稽古を見に行く。
これが終わると、後は実際の会場での衣装チェックやダンス部分の稽古、そして,公演当日の通し稽古のみ。
注目すべきは、役者さん達が全てを通した後の静けさ。
終わった後のシーンとした空気は、見学者の拍手で壊されてしまったけれど、壊される前の一瞬の静けさにはスゴイ情報量を感じた。
約2時間半に渡って行われた事で判明した誤差を一瞬で反芻するような空気。これは凄みですよ。
そんな空気にやられたので哲学。
「空気の間には、人の念や様というモノが畳み込まれている」
子供の頃、空気と空気の間には、何があるのか?などと変なことを考えていたけど、昨日のゲネプロを見て、その疑問を思い出した。
そいでもって、自分はいつの間にかその答えを得ていたことに気づく。
空間とか行間ってものには、すごいエネルギーがあるんだよなー。
ってことは、「人間」というのもそうってことね。
【無理に哲学】
2006/09/29(金) 08:44
チャリンコ
昨日は移動やらなんやらで、ブログを落としてしまった・・。
何せ、たった30分でチャリンコ一台購入してしまうようなタイトな時間運用だったからな・・。
でぇ、おとといは四国で、昨日は京都で、今は大阪。そして、明日は東京・・・。
正直言って、ゲロが出るけど、昨日、京都でチャリンコをゲットできたのは収穫!!
何せ2年前から行きたかったチャリンコ屋さんだったので・・。
問題は買ってしまった大物をどうやって家族に少しずつ見せるか。
最初は透明で、だんだん色がついてきて、みんなが気づいたらそこにある・・・ってのが理想なんだけどな~。
ないしは、最初は、かすかにタイヤの一部だけが見えていて、少しずつ大きくなっていて、やっぱりみんなが気づいたらそこにある・・・ってのでもいいんだけど・・。
そこで哲学。
「”いきなり”というのは問題が多い」
どうして、ゴミだけは自然に溜まるんでしょ!!
微差の連続ってのは理想ですな。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2006/09/27(水) 08:24
んーー、薄くするのは難しい・・。
と言うことで(何が、「と言うこと」なのかわからないけど・・)、フォレスト出版の次の本に手を出し始めた。
芝刈りのことばかり考えていても仕方ないので、とりあえず書いてみる・・という感じ。
『会社にお金が残らない本当の理由』改訂版に書いた最終章からつながるこの本のテーマは「どうやって未来がわかるのか?」というもの。
編集者からの依頼は、「軽い本にしてください!」ということなんだけど、アイデアを書き出し、本の構造を作り、10ページほど書き出してみると、重い・・・。
ここまでの作業時間が、たかが2時間程度。
「じゃー、かるくね~」とやってみた。単に、「やってみた」。
ところが、やってみたら、重くなり始めて、作った構造を全部バラバラにして再構築。
・・・なんて仕事もスタバでラテを飲みながら、フラフラと・・。
仕事をしている態度はとても軽いのに、仕事の中身はドンドン重くなる。
マズイ・・・・・・。
ちょっとむずかしすぎる・・。
んーー、でも、本人はやはりこっちがいい。
軽いのはイヤだ。
こりゃ、葛藤が始まるな・・。
重い方と軽い方を書いて、重い方は自費出版するかな?
いずれにしても、当初の企画から遠いところに来てしまった。
もう1冊で終わることはあり得ない。
仮に、重いままでも、削除原稿が大量になるのは間違いない。
さて、どこら辺に到達点を見つけるか?
今は、重い原稿をダーーーーーぁと書いていきましょう。それしかないから・・。
と言うことで(韻を踏んだわけではありません)、フラフラしながらハラハラして書いていきましょう。
【苦しめTAROお仕事LIVE】
2006/09/26(火) 07:32
今やっていること・・
頭の中は混乱の極み・・・。
依頼が多すぎる(断りゃいいのに、そうもいかないもの多数)。
そもそも、11月のVIPミーティングの準備がまだできていない。
これはけっこうプレッシャー。
まぁ、やることは決まっているからコンテンツだけなんだけど・・。
んーー、今の状況だと10月にならないと手付けられないな。
って言っても、もう10月じゃん。
フォレスト出版から、『会社にお金が残らない本当の理由』の改訂および図解化版が出るんだけど、この追加原稿を書くのも時間食った。
こういうのって、思いの外時間を食う。
結構、今回の「前書き」は気に入っている。
終わりの方の原稿も好き。
税制改正に伴う改訂が主だけど、社会保険に関する暴露話なんかもさりげなく入れて置いた。
これって時代だよな・・。3年前にはちょっと活字にはできなかった。
ってことで、本屋で見たら「出てるな~」と思ってください。買ってもらえれば、もっといいけど。まぁ、それはお任せですね・・。
そして、この本の最終章は次のフォレスト本の予告になっている。
この本の最終章から、次の本に展開・・という形(一応)。
ところが、原稿は、前書きを年のはじめに書いて以来、まったく書いていません!!
現在、どうするんだーーーーぁ!!と心の中で叫びつつ、庭の芝刈りの方が気になる状況・・。
後は、「会社法」のこともまとめないといけない。これは、某社長とのお約束。
んーー、ただ、世間話で話すのは軽いけど、まとめるのは大変です。
なお、12月までにはまとめるので、まとめた音声などは、当社「プライベート・コンセント会員」の方々にお配りする予定(あくまでも予定・・)。
そんな風に、庭の芝を気にしながら、アタフタしていたら、また本の企画が飛び込む。
一応、来年12月に某社から出す会計決定本(これはね、けっこうスゴイですよ!)までは、ちょっと本はサヨナラのつもりだったけど、対談ということでやることに・・。
さて、どうなるんでしょう?
働く自分と働かせる自分。
そいでもって、働かせる自分に仕事を言いつける当社秘書・・。
自分では自分の日程も把握できず、秘書や総務の人がいないと何もできない。
当初は、働かせる自分って力が大きかったのに、今は働く自分と秘書しかいないかもしれない。
おいおい、イニシアチブ=働かせる自分はどこに行ったんだい。
一応、来年は、働かせる自分が復活予定。
そうでないとマズイもんね・・。
【無理に哲学】
2006/09/25(月) 05:25
エビちゃんとマドンナ(予告編)
叶姉妹が歩いていた(案外、かわいい・・)。
カズもいた(らしい)
安室奈美恵もいた。
こっちときたら、何も知らない。
一曲もわからない。
成り行きで来てしまった・・・。
マドンナ@48歳である。
オープニングでユニコーンの映像。
ナ・ル・ホ・ド、そういうことですか・・。って思っていたら、上からミラーボールが降りてきて中からご本人が登場(降臨?)。
かっこよすぎる!!
そして、男達をいたぶりながら歌う。
曲の内容がわからないけど、現代のマリアってそういうことなのかな?
それとも、マリアの新解釈?
いずれにしても、その後、十字架に貼り付けられたシチュエーションも出てきて、前半ステージがキリスト教世界をモチーフにした「エロスみたいなもの」がテーマだったようだな・・・かな?
マドンナの音楽パーツ寄せ集めのセンスは、薄々わかっていたけれど、初めてステージを見て、そこを一番実感。
グラムロックなマドンナの方が、ルー・リードよりもかわいくて良かったりする。44歳オジサンは、教祖よりもマドンナを選びたくなった!!。
とにかく何でもあり。
利用できるものは何でも利用してやろう!という精神は、彼女の肉体同様に不屈さを感じた。
多くのマドンナファンのおねーちゃん達は、オリジナルを聞いて「マドンナのマネだわ」なんて思うんだろうな・・・。
そこで哲学。
「引用の連鎖。そして、シミュラークル。進化と変異。エビちゃんとマドンナ」
んーー、何のことかさっぱりわからんだろうな・・・。
個人的には、確信を一つ得てしまったのですが、このフォーマットでは表現しきれない。
とにかく、エビちゃんとマドンナは旬です。
でもって、シミュラークルです。
とボクは思う。
追記
おねーさん達の多いコンサートは、とっても腹が立った。
多くのおねーさん達が、ミュージシャンを携帯カメラでパシャ!
おいおい、君らの好きなマドンナは、それを一番嫌がるんだよ。
気楽なおねーちゃん達は、おかまいなしにパシャパシャ。
こういうのも民度よね・・。
まぁ、パクりなんて当たり前の国民みたいだからな~・。
マドンナのパクリ方をまず見習え!と言いたい・・。
追記2
ちなみに、この戯言の本文は、『週刊 岡本吏郎』の10月分のどこかで、2回に分けて掲載予定だったりします・・。
【無理に哲学】
2006/09/22(金) 05:01
しゅうねん
溝口健二没後50周年なんだそうな・・・。
でもって『GO GO NAIAGARA』は30周年。
モーツゥアルトは生誕250周年。
ハローキティーだって生誕30周年。
よくわからないけど、『Gメン75』も30周年なんだそうな・・(ってことは、『エアポート75』だって、30周年じゃないか・・)。
もう「周年」というより「執念」ね。
ということで哲学。
「”周年”は、執念で商売になる」
でぇ、そんなことはどうでもよくて、溝口である。
50周年ってことで、もう諦めていた映像が大量に見ることができる。しかも、恵比寿で・・。
『雨月物語』をスクリーンで見たのが最後で、確か1985年くらい。
だから、かってにボクも拝見20周年記念ね!
と言うことで、勇んで見に行きましたよ。それも2本も。
まぁ、素人のボクが溝口の映像について語っても仕方がないので、そういうヤボは言う気もないけど、やっぱりいいね!!
『The 有頂天ホテル』が遊んだ「長回し」
アレの必然が溝口の視線にはある。
何というか、落語を聞いていて引き込まれていく瞬間。それと似た効果が「長回し」にはある。
映像のリズム。
それは作り手の仕事のリズム。
だから、全てが必然。
リズムで遊んじゃいけないのだ。
そして、リズムこそが「場」を作る。
今、仕事に必要なのは、サクサクしたリズムよりも、正に溝口的長回しのリズムだな・・。
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