【TAROの日記】
時間という観念22008/01/08(火) 05:16
さて、時間問題に踏み込むと、形而上学のスタートラインに立つ気がする・・という気づきは実に良い気づきじゃないか!と一人ほくそえんで昨日はやめにしてみた(だって、気楽に書きだした話が、難しいほうに行っちゃって困ちゃたんだもん・・)。
でぇ、エライ話になってきてしまったんで、話を変える(おいおい!)
「未来は向こうからやってくる」というのは、私周辺ではずいぶん当たり前の話。
当社の「無意識セミナー」にご参加いただいた方々の中にも、体験者はけっこういる。
私たちの一つの経験には、時間は未来からやってくる・・というのがあるわけ。
つまり、何も時間は過去から未来に流れているわけではない・・・と感じるときがあるのだ。
調子の良いときは、未来からこの身が引っ張られるという体験もする。
あの体験は時間が一方的に流れていると考えたら理解できない体験だけど、時間は一方的に流れちゃいないと我に返ってしまうと当たり前の経験になる。
この話が「時間がない」という話と関係があるかというとないけれど、とりあえず私たちの一つの常識に風穴を開ける体験ではある。
そして、どうもまったく別の軸がどこかにある。または、そもそも軸なんてない。という思考の入り口を作る。
これはもしかして「軸」の問題?
んー、そうかもしれない。
とりあえず、さらに話を複雑にして収集つかなくなりそうなので、今日は逃げる・・。
最新のコメント