15年ぶりに『すきやばし次郎』に行った。
もう予約不可能だと思っていたので、JCBトラベルの『椿山荘に泊まってすきやばし次郎・・』というようなタイトルのツアーに申し込んでしまった。
次郎さんも握るというので楽しみにしていた。
結論。
今の『すきやばし次郎』は食事を楽しむ場所ではない。
昔からそうだ!という意見も承知しているが、昔よりも凄い。
もはや、我々お客のことなど見えていない。
とにかく、凄い寿司を握る・・ということにしか意志は働いていないのだと思った。
それを20貫。お茶だけでいただく。
私は、寿司作りの極地を見た。
現代音楽が、ききてを置いてどこかに行ってしまうことがあるように、
寿司でもそれは起こるのだと思った。
そして、ピアノの鉄線の上をピンポン玉が転がった音を聞いても、
わけわからんように、極地の寿司は、うまいけど、うん?って感じ。
だって、お酒飲めないし、そもそも楽しくないのだ。
そんなことをほざくのは大衆の勝手。
芸術的な寿司を前に、???????を連発していればいい。
そういう場だと思った。
なお、ノベルティを売っているのには閉口した。
どういう奴の入れ知恵なのか・・?
悲しくなった。
(追伸)
せっかく、極地探検に行ったのに、運が悪かった。
二郎さんの握りが食べられなかったのだ。
隣の人は食べているのにだよ。
外に出てからクレームを言った(店では言える雰囲気ではなかった・・)。
添乗員&食の解説者曰く。
「ミシュランを取ったのは、息子の寿司だ」
私は言った。
「冗談言ってるんじゃないよ。オイラは両方食べたことがあるんだい!」
ミシュランの舌がバカなのか。
二郎さんの腕がすでに落ちているのかはわからない。
私が最後に行った15年前は、まだミシュランはなかったからね。
ところで、原理主義。
私は、純粋な原理主義を体験した・・と思っている。
それを批判することはできない。
私が場違いなところに行っただけのお話。
まー、観光ではよく起こることである。
しかし、JCBの設定はダメだろう・・。
(追伸2)
3回目にして、やっと、あの有名なタコを食べれた。
目の前に現れた瞬間、凄い香り。
そして、いわゆるタコの味ではない。
昔なら、「おかわり!」って言えたのにね。
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