【TAROの日記】
2013/02/26(火) 08:32
ハイレゾ混迷記
我が家も、ようやく、世の中の流れに乗って、ハイレゾ化が進行しはじめた。
「やりたい」と具体的に思ったのが2009年で、その実現が2013年だから、思い立ってから動くのに4年もかかるのだ・・と自分でもびっくりだ。
ただ4年かかったのは理由がある。
・なくても生きていける
・流れが早いので、早く手を出すとムダが多い
・体験してないことなので、「今のままでいいやー」の気分に負ける。
・同様に、体験していないので、そもそも本当に良いのか疑っている(変化に対する抵抗)
・・・などなどが理由だろう。
ところが、体験したら、とんでもない。
この音を聞いてしまうと、今までも不満だったi-phoneとカーステの音に不満が爆発。
そんなタイミングで、Wadiaが壊れてしまって、買い替えないといけないいけなくなったけれど、もし新品で買えば130万円。
しかし、「これから、俺は、CDを聞くのか?」という心の問に、????????が並ぶ。
ところが、CD機だってないわけにはいかない・・・・・・・・・・。
だいたい、これから、私は、音楽ソフトをどの媒体で買うのだろうか??????????
アナログ、ハイレゾ、CDと3つとも買っていたら、新譜の価格が1万円近くになってしまう。
でも、3つとも欲しいような気もするし、イッタイドウスレバイイノカ・・?
・・・・とハイレゾ体験後、現在、混迷の中にあるのだった。
まー、なるようにしかならない。
そして、地雷を踏んじゃったから、もう止まらない・・ということだろう。恐ろしいことだ・・。
【TAROの日記】
2013/02/25(月) 08:34
まだ雪
さすがに、もういらない・・・・・・・・。
東京で雪が降ると、春と思っているうえに、春一番の吹いたので、もう降らないと思っていたら、すごい雪である。
毎度言ってるが、別に家でじっとしてられるなら、雪は歓迎。
雪の降る日に、薪ストーブの前で酒を飲むのは楽しい。
しかし、仕事がある・・というか移動が必要だと、この状況は逆転する。
別に状況に合わせて生きていければ、こうしたことにはならないはずなのに、世の中とはままならぬものである。
我が家にもハイレゾを聞く環境が整い、昨日の夜はハイレゾのダウンロードで長起きをしてしましった。
今日は、そのハイレゾ君を聞いて過ごせれば最高なわけなんだが、現在、事務所で、真っ白な外を眺めながら、うらめしい気分でいる。
帰りも大変そうで今から滅入る。
ただし、この雪は、明日開催予定のオーディオの会で大音量を約束してくれるものでもある。
雪は、大音量を吸ってくれる。
だから、雪の多い時に音楽を聞くのは楽しい。
今、代替えで来ているプリは、どちらかというとシャキシャキ系に強いので、あっという間に書斎がクラブ化しそうである。
まー、そのために用意されて雪と考えよう。
そう考えると、地元の方々に「すいませんねー、ご迷惑おかけします」と思えてくるのが不思議だ・・
【TAROの日記】
2013/02/15(金) 08:52
仕事中が辛い
事務所で仕事の際には、iTunesで音楽を聞いている。
当社では、集中する仕事をする場合、各自音楽を聞くのが自由になっているけれど、実際に一日中聞いているのは私だけだったりする・・。
しかし、最近、その仕事中の音楽が辛い。
ここのところ、40周年だとか50周年だとか言って、いろいろと音質の良いものが出てきていて、その音を家で聞いてしまうと、MP3などの圧縮音源のチープさが腹立たしくなってくるのだった。
カラオケのmidi音源まではひどくはないけれど、気分としては、程度の低いmidiを聞いている感じがしてしまう。
今も、イヤホンから、Gilberto Gilが流れているけれど、んーーー、なんか違うのだ・・。
そんでもって、そんな不満を書いていると、人生なんてどれだけ残りがあるのかわからないのだから、できるだけ質の高い体験をしておきたいよな。
おそらく、飽和したネットの世界で、ボリュームゾーンとは真逆のところで、この「質の高い体験」というのがもっと立ち上がってくるんだろうな。
そっちの分野でいろいろやっている方々は、「こんなもんじゃない」と心得ておくといいと思うよ。
【TAROの日記】
2013/02/14(木) 08:26
ポスト・スマートフォン
ポスト・スマートフォンの議論が盛んだ。
もう「ポスト」が語られているのは、素人からは奇異に見えるけど、業界的にはそんなものなのだろう。
しかし、こういう話を聞いていると、私の脳裏には、反射的にアナログレコードが浮かぶ。
デジタルを究極まで追求するのは、それはそれでドーゾおやりください、と思うけれど、そんな先にあるのは、別の次元の希求だろう。
ビートルズの2009年リマスターでさえ、アナログにすると少し暖かい音になる。
元がデジタルだから、昔の英国初盤や東芝EMI盤の音は望んでも無理だけれど、アナログらしさは少しあって、聞いている方は安心をする。
2009年のビートルズのリマスターはよくできているけれど、やっぱり人工物だ。
そこには、作った人の意図が透けて見えてしまったりする。
必然性とか初期衝動というものが、これからのデジタルの世界でどう扱われるのか?
iPhoneがうまくいったのは、その初動に必然性があったから。
だから、これからのデジタル進化も必然性がないといけない。
しかし、いろいろな人のインタビューを読んでいると、その必然性があまり見えない。
ビックデータ周辺を自分のものにしようとする意図が透けて見えるのだ。
次の時代は、必然性からしか生まれない。
話は飛ぶけれど、アベノミックスがもし必然とするならば、国民国家の崩壊という必然を認めなくてはならない気がする。
だから、アベノミックスは、意図が透けたものと見たい。
しかしだよ、意図が透けても必然でも結果は同じか・・・・・・・・・・・。
インフレ率目標の先に透けて見える本当の目的を考えると、その透けて見える意図こそが必然性なのかもしれない・・。
【TAROの日記】
2013/02/04(月) 08:30
帰ってきたけど、明日からまたいない・・
最近書いていないぞ!のご指摘をいただきましたが、ここ4年ほどは、出張中は書いておりません。
ブログ黎明期には、「毎日書く」を標榜していましたが、そういうのは黎明期ならではの価値で、多く見積もっても2006年くらいでやめていないといけなかったのですが、慣性の法則が働いて、ずいぶん続けてしまいました。
そこで、さらに忙しくなった4年ほど前に、毎日書くのを放棄。今に至っています。
そして、正直なところ、今でも、「もう少し減らしたいなー」とは思っています。
そもそも、私のアイデンティティは、”つちのこ”です。たまに現れるけど、本当は発見されたくないというのが性分です。
そのため、facebookも登録はしていますが、あくまでも見聞のためで、メインの活動場は、Google+で、狭き所で、好きな事を言っています。
だいたい、”つながる”というのが嫌いですから、そこんところをどう折り合いをつけてやっていくかが私の課題。
まー、人生は、チューニングしながら生きざるを得ないものですから、「仕方がないねー」と思いながら、自分ながらの折り合い線をフラフラと綱渡りしているところです。
時々、「読んでるよ」などとお声をいただき、恥ずかしい思いもしていますが、止めてしまうと過去の自分を否定しているようで嫌なので、それなりに、一生懸命からは遠いところで書いていくつもりです(単なる慣性的なものでしかないかもしれません)。
そんなところでご容赦ください。
さて、明日は冨山、あさっては静岡・・・・・・と珍しく東京以外の出張が続く1週間。また、戻りは日曜日です。
そんなわけで、また帰りましたら書こうと思います。
ありがとうございます。
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