月: 2011年8月
【TAROの日記】

2011/08/05(金) 08:51

オレのと違うな~

昨日、仕事上がりに、久しぶりにウダウダとスタッフとだべった。
“だべり”の内容は、自然に、「この国の行く末」ってところに向かっていって、
私は、叫んだ。
「ほんとうのところ、みんなはどう思ってるの?」

そして、今年の年末は、ここら辺について、みんなで自由に話そうということになったが・・。
そもそも、ほとんどの日本人は、何も考えていない・・のではないかい?
だから、「自由に話そう・・」と言っても、誰もが「別に・・」と言う可能性がある。

戦後、60%近かったエンゲル係数は、私が小学校6年生の時には、30%と半減した。
オイルショックを経験したけど、とても豊かになったのだ。

そして、真っ暗な雰囲気の今の日本は、21%(2005年)。←集計先によって若干違う
今は、さらに豊かなのだ。「別に・・」と思うのが当然である。
「食うために働く」という言葉があるけど、あれは、昔の言葉なのだ。

でも、日本の自殺者は先進国で一番。とても豊かな国には思えない。
エンゲル係数の低下の分、多くの日本人はどうしたか?

もちろん、遊んだ。アホになるほど遊んだ。
みんなで同じ日に同じようなところに行く画一的な遊びに興じた(全体としては)。
その前まで、遊ぶのなんて盆正月くらいだった人たちが遊びを享受した。

しかし、遊びすぎて自殺者が増えたわけではない。
では何か?

もちろん、家を建てるために、とんでもなく大きなリスクを取ったらからだ。
エンゲル係数の低下分は、レバレッジをかけることに使われた。
田中角栄のおかげとなるのだと思うけれど、フツーの人が大きくレバレッジをかけることができた時代は、ある面幸福だったのだろう。でも、同じ環境というのは続かない。
大きくリスクのポジションを取ったまま断層を超えた人たちには、何が起きたのかわからなかったかもしれない。

そんなことに頭を巡らしていたら、私は、今の日本の危機は、大変な危機だけど、「んー、ちょっと違うな~」と感じた。
TVドラマの『臨場』の倉石みたいに、「オレのと違うな~」って感覚が降ってきた。

おそらく、これは当たりだな・・。
後は、歴史の同じ場面を探すだけだ・・。

本日は、いつも以上に完全な一人言だったよーーん!!

【TAROの日記】

2011/08/04(木) 08:32

再び長男との会話

再び長男との会話。

中学野球をやっている長男が、
「今日は、先生に謝ることからだな~。練習になるんだろうか?」
と言うので、
「どうして?」
と聞くと、
「先生が、怒っている」
と言う。

「どうして?」
と再び聞くと、
「練習試合で、チームのミスが多発したんだよね。バントがサイン通りにできなかったり、暴走があったり、サインを見なかったり・・・・・・・・・」
と数々の失敗を上げたので、私は呆れて、
「あのさー、おまえの言うことおかしいぞ!」
・・・と言って、続けた。
「サインを見ない。これは、ミスであろうが、断罪もの」
「しかし、サインを見たけどできなかった・・というのは技術不足。サイン見逃しとは次元が違う」
「暴走は、本人が行けると思って走ったのなら、あくまでも、判断ミス。つまり、経験不足。もし、コーチの止まれ!を無視して走ったのなら、超断罪もの」

おまえは、これらを同次元で扱って話している。これはあり得ない。
でぇ、世の中も、お前みたいなのが多くて、そう言う奴に限って声が大きかったりする。
また、そう言う奴に限って、いい奴で、一生懸命だったりする。
『ジャイアント・キリング』のタッツミーみたいにならんといけないのよ!・・・・・・・・

朝から親父が息子とこんな会話をしているのは異様かな・・と思いつつ、中学2年生には、この会話はあまりよくわからなかったようなので、ちょっと安信。

【TAROの日記】

2011/08/03(水) 08:39

UFOと原発(放射能)

ユングは晩年に、UFO現象について書いた。

ユングのUFO解釈は一種の「投影」ということに、(一応)なる。
本人もそう触れているし、世間的にもそう解釈されている。

テレビや本を中心に、あまりにも多くのインチキ事件が、UFO文脈に挿入されてしまっている。それを知っている現代人には、当時のユングのUFOに対する真摯な態度には、おかしさを覚えてしまうところもあるけど、彼のUFO解釈は「あり」だと思う。
そして、最近、その気分が強くなっている。

その気分が強くなっている理由は、原発事故以後の放射能問題。
目に見えない恐怖に対する個人個人の態度には、それぞれの内的問題が表れる。
まさに、それは「投影」でしょ。

ユングが、その「投影」を人類の深い過去に根ざした元型からもたらされる・・としたように、そんな意味もあるのかもしれない。

今の問題を、私が興味深く見てしまうのは、そんな考えが底流にあるから。
そして、それは原発以後にはじまったことではなくて、原発前からはじまっていた。

毎度言っていますけど、3・11以前以後は、物事が増幅されているだけで、なーーんにもかわらないのだ!

テレビでウソを垂れ流す方が、放射能を垂れ流すよりナンボかマシのうえに、テレビのウソへの「投影」の方が、ウニ出しとしてはずっと良かった・・と今頃知ってしまった私たちは、ある面、不幸なのだよ・・。

【TAROの日記】

2011/08/02(火) 08:28

絶対悪はあるか?

息子が、アニメの影響か、学校の影響か知らないけれど、こんなことを聞いてきた。
「お父さん、悪とか善ってないんだよね」

私の回答は、もちろん、
「ある」

確かに、一定の範囲では、善悪は相対的なもの。
私も小学校6年生の時に、アニメ『トリトン』の最終回に驚愕したクチなので、この思想にかぶれている一人。

しかし、絶対悪はある。

その説明に、使った例は2つ。
一つは、ジュリアーノ以後のニューヨークの犯罪減少
もう一つが、日本で起きたストーカーによる女子大生殺人事件の手口

話が終わると、息子が、かなり厭世的な気分になってしまったようなので、
こうした例は、特別なもの。基本的には、人間は素晴らしい。
しかし、絶対的な悪はないという理想だけでは生きていけないのも事実・・・と補足。

さらに、無知な善意が、絶対的な悪になることもしばしばだから、私たちは用心が肝要。

そういえば、息子の話すことが、やたらと自分をどこかに置いた話(いわゆる抽象的な話)をするのが気になった。
例えば、食物連鎖は自然の摂理だけど、その連鎖の流れの中で、『私』が殺されたら・・と考えることの方が、ナンボも重要なのに、抽象的に、植物連鎖だから仕方がない・・と始末をするのが気にくわない。

今の子供ってこうなの?

そんなわけで、彼に一つの問いを出した。
「お父さんが、原発に勤めていたとする。でぇ、原発反対運動で失業したとする。どうする?」

「んーーーーーー」という彼に、
「こういう風に、問題は、いつも『「私』 を真ん中において考えること。そうじゃないと意味がない」
などと父らしいことを言ったのだった。

【TAROの日記】

2011/08/01(月) 08:24

フジロック帰還

朝からヘトヘトであります。
朝5時半に起きて帰ってきたのはいいけど、仕事できるとは思えん・・。

大雨の中のフジロックでしたが、今年も最高でありました。
今回は、たくさんで行ったらどうなるか?と考えて、
Dファクトリーのメンバー3人と珍道中。
みんな、バカな親父でした。
3日間、ほとんど音楽の話しかしてない・・というのは、至福過ぎます。

ところで、昨年も感じたことですが、
レジェンドってのはダメですね。もう終わってます(今年は、フェイセズに怒!!)。
やっぱり現役が一番。存在感が違います。

そんな中で、YMOの3人は、今も現役を感じさせてくれました。
レジェンドになるつもりなんて一切ないんでしょうね。
今回はフェスのせいか選曲は聴き手向けにされていましたが、アレンジはあいかわらずです。
コーネリアスのギターもはまっていました。
できたら、彼らのように生涯現役でいたいものです。

個人的備忘としてですが、
今年のベストは、『あら恋い』でした。
次点は、『バトルズ』と『ユア・ソング~』
この3つで決まりです。本当に素晴らしいステージでした。

特に、『ユア・ソング~』は知らなかったバンドなので、発見できてうれしいですね。
今年は、見たいバンドが目白押しで、発掘活動がほとんどできなかった中で、
3日目朝一番にウダウダとグリーン・ステージ奥で、転がっていたら、突然の素晴らしいパフォーマンス。参りました・・というか、一番奥から全速力でステージ一番前まで走り込み、踊りました・・。

さて、これにて、私たち音楽バカ親父のお正月はおしまいです。
気合い入れて、仕事に臨みましょう!!

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